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「やはり来てほしくない」義母を見送った私に夫が放った言葉。献身の末に気付いた不平等な夫婦の形

義両親を続けて見送る中で、私は嫁としてできる限りのことをしてきました。けれど、その過程で気付いてしまったのは、夫は決して私と同じようには、私の大切なものを大切にしないという現実でした。

 

続いた別れと役割

義両親は、私の両親よりも高齢でした。3年前に義父が亡くなり、そして今年、義母も亡くなりました。続く別れの中で、私は自然と動き、できる限りのことをしてきました。

 

義両親のことが好きでしたし、この家の嫁として、やるべきことだと思っていたからです。気付けば、親戚対応や細かな段取りも担い、家の中での立ち位置が変わっていくのを感じていました。

 

嫁ぎ先の家が世代交代を迎え、これからは私が前に立つ番なのだと、否応なく突き付けられた気がしました。

 

拒まれ続けた実家

一方で、夫と私の両親の関係は、長年うまくいっていません。夫は何年も私の実家に帰っておらず、顔を合わせることもなくなりました。私の両親は、いつでも和解する気持ちはあるけれど、無理強いはしないという姿勢を貫いています。

 

私はその間で、ずっと苦しい思いをしてきました。それでも家庭を守るため、夫と共に生きる選択をしてきたのです。

 

義母が亡くなったことを両親に伝えると、お通夜とお葬式の日程を教えてほしいと連絡がありました。義父のときは、参列を拒否されたものの、今回は、これが最後の和解の機会かもしれないと思ってしまいました。

 

 

どうして私だけ

私は夫に、両親に日程を伝えてもよいかと尋ねました。夫は渋い顔をしたまま、答えませんでした。そして夜中、眠っている私に「やはり来てほしくない」と告げたのです。

 

義母を亡くした直後であることはわかっています。夫なりの事情や感情があることも、理解しているつもりです。

 

それでも、私は思ってしまいました。どうして私だけが、相手を尊重し続けなければならないのか。私は義両親を大切にしてきました。では、私の両親はどうなるのでしょうか。

 

まとめ

私は、この家を守る立場になろうとしています。それなのに、私の大切なものは、最初から切り捨てられている。その不平等さに、目をつぶることはできませんでした。

 

夫婦とは、相手の人生ごと受け止め合う関係ではないのでしょうか。今回、義母を見送る中で気付いたのは、一方的な献身だけでは、本当の意味で「家を守る」ことはできないということです。今、私はその問いを、自分自身に、そして夫に突き付けています。

 

 

※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。

 

著者:山本真由子/30代女性・主婦

イラスト:おみき

 

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年2月)

 

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