毎週タカりに来る妹一家→限界!私たちだけで旅行に出た結果

私は2歳の子どもを育てるシングルマザーです。離婚したタイミングで、子どもと一緒に実家で暮らし始めました。
母とは家事を分担し、生活費もきちんと入れています。子どもの成長を一緒に見守りながら、穏やかな毎日を送っていました。
そんな生活が少しずつ崩れ始めたのは、妹一家が近所に引っ越してきて、頻繁に訪ねてくるようになってからです。
毎週「夕方タカリ」に来る妹一家
「実家が近いとやっぱ便利ね~!」
妹はそう言って、週末になると家族全員で現れました。しかも決まって夕方の時間帯です。
「今日の夕飯、なんですか?」義弟も、当然のように聞いてきます。
「おなかすいたー!」と、義妹の子どもたちは迷いなく食卓に座り、食事にありつこうとします。
「まだ準備中だよ」「これは私たちの分だから」と声をかけても、まるで聞こえていないかのように箸を伸ばし、食べ始めてしまうのです。
止めようとするこちらが気まずくなり、結局何も言えないまま、気づけば私たち家族のために用意していた料理はすべてなくなっていました。
その光景に、毎回小さな違和感を覚えながらも、「まぁ、家族だし」「子ども相手に強く言うのも」と、自分に言い聞かせてきました。
さらに「これ、もらっていい?」と洗剤やお米、日用品まで持ち帰るようになりました。義弟が失職してアルバイト中だと聞き、大変なのは分かります。でも、感謝の言葉は一度もなく、私と母の我慢も少しずつ限界に近づいていました。
妹一家の突撃に耐えかねて、計画したこと
そこで私と母は話し合い、「一度距離を置くことも必要ね」という意見で同意。私たちは妹一家には知らせずに、旅行へ行くことにしました。
いつものように妹一家が夕方にやってきたその日。私たちはスーツケースを引いて玄関を出るところでした。
「私たちは旅行に行くから」
そう伝えると、妹は目を丸くしました。
「え? じゃあ、私たちの夕食は?」
「そんなの知らないよ。自分たちで、どうにかしてね」とだけ言って、私たちはそのまま家を出ました。少し胸が痛まなかったと言えば嘘になります。けれど同時に、「これは私たちの生活だ」という線を、初めて引けた気もしていました。
旅行先では久しぶりに、子どもと母と3人でゆっくり過ごしリフレッシュできました。妹一家に気を使うこともなく、「今日の夕飯どうする?」と相談しながら食事を決める。そんな当たり前の時間が、こんなにも心を軽くするのだと実感しました。
やっと気づいた距離感
旅行から戻ってしばらくの間、妹一家が突然訪ねてくることはありませんでした。
来るときは必ず事前に連絡があり、「今日はこれだけ持ってきたよ」と、食事も一部用意してくれるように。
ある日、妹が小さな声で言いました。
「…あのときは、ごめん。甘えすぎてたと思う」
「これからは、自分たちでできることはするから」
母は妹夫婦に「助け合いと、甘えは違うのよ」と静かに言いました。妹たちも納得してくれた様子です。
今は、以前のような静かな日常が戻ってきました。すべてを分かり合えなくてもいい。
けれど、「親しき中にも礼儀あり」という言葉のとおり、踏み込んでいい場所と、そうでない場所があることを、私たちはお互いに学べたのだと思います。
◇ ◇ ◇
困ったときは、お互い助け合える適度な距離感で、付き合いを続けています。この心地よい距離を、大切にしながら、私は今日も、母と子どもと穏やかな時間を過ごしています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、実家に頼ることがいつの間にか当たり前になり、食事や日用品まで当然のように求める妹一家の姿が描かれていました。最初は小さな違和感でも、その遠慮のなさが積み重なるほど、周囲の負担は大きくなっていきます。
しかし、次のエピソードで見えてくるのは、また違った形の図々しさです。 今度は生活を支えてもらっている立場でありながら、家事や負担を押しつけるだけでなく、相手を見下すような態度まで見せてしまいます。頼ることと、相手を軽んじることは本来まったく別のもの。その線引きがなくなったとき、関係は一気にゆがんでいくのかもしれません。
出戻りシンママの私が邪魔な義妹→あなたもね?反論した結果

生まれたばかりの子どもを連れて離婚し、実家で暮らすことになった私。実家には、数年前から「家業を手伝う」という名目で押しかけ、強引に両親と同居を始めた弟夫婦がいます。
しかし、弟は家業を疎かにするばかりかお金にもだらしなく、義妹は、気の弱い私の母に家事を丸投げして、毎日のように遊び歩いていて……。
弟夫婦の傲慢な態度に、私は見かねて注意をするのですが、義妹は反省するどころか口ごたえばかり。「子連れで出戻った寄生虫」と私を馬鹿にするのです。
自分たちも両親の収入に頼る居候の身でありながら、弟夫婦は私を厄介者扱い。特に義妹は私のことが気に入らないようで、赤ちゃんの夜泣きがうるさくて眠れないと毎日のように文句を言ってきます。隣の部屋で毎晩、いびきをかいて寝ているのに……。そんなわがまま放題の義妹には、私だけでなく両親も頭を抱えていました。
私を追い出したい義妹
私が実家に戻って1カ月が過ぎたころ、義妹の態度は初めのころよりさらにエスカレートしていました。何度注意しても「うるさい小姑」と聞き流され、最近では「お義母さんの負担を減らしたいなら、お義姉さんが全部やれば?」と、私に自分たちの食事の用意や洗濯、部屋の掃除まで、すべての家事を押しつけてくるように……。
そしてある日、小言を言う私を疎ましく思ったのか、義妹はついに私を家から追い出そうと画策してきました。
「お義姉さん邪魔なんだけど?」
「シンママで大変とか甘え! 実家に寄生しないで自立したら?」
勝ち誇ったような顔で言い放つ義妹。しかし、私の我慢も限界でした。
「あなたがね?」
「は?」
実は、私がこのタイミングで実家に戻ってきたのには理由があります。事あるごとに弟夫婦からお金を無心され、精神的に参っていた両親から「助けてほしい」と相談を受けていたのです。私は、この事態を打開するために戻ってきたのでした。
突然の別れにパニック!?
私は、すぐに準備していた計画を実行に移しました。両親と一緒に、マンションへ引っ越すことにしたのです。私が実家に出戻ったこの約1カ月間は、新居へ引っ越すまでの準備期間。弟も義妹も遊びに出かけていた日に、両親と一緒にさっと引っ越しを済ませました。
すると、衣食住のすべてをタダで提供してくれていた両親が突然いなくなり、弟夫婦はパニックに。追い打ちをかけるように、私はある事実を告げました。「うちの実家は借家だから、住み続けたいなら、来月からは自分たちで家賃を払ってね」実は、父が経営していた会社は数年前に叔父に譲っており、この家も会社の持ち物。今までは父の功績を考慮して安く借りられていたのですが、父が退去するとなれば話は別です。
私たちの引っ越し先がグレードの高いマンションだと知ると、義妹は「ずるい! 私たちもそこに住む!」と騒ぎ出しました。義妹は、「お義姉さんだけいい思いするなんてずるい!」と、私が両親が老後のために貯めた資金を使い込んだと勘違いしているようですが、それは大きな間違い。
「私が自分で買ったマンションよ」
私は独身時代からコツコツと資産運用を続けており、それなりの資産を築いていました。離婚前も不自由のない暮らしをしていましたが、それもすべて私の収入で成り立っていました。真実を知った弟夫婦は、あまりの衝撃に言葉を失っていました。
改めるチャンスを自ら捨てた弟夫婦
それ以来、弟夫婦からは「今までのことは悪かった」「同居させてほしい」としつこく連絡が来るようになりました。義妹は、「子どもの面倒を私が見るから」「家事は私が全部やるから」と懇願してきましたが、夜泣きに文句を言っていた人に、大切なわが子を任せられるはずがありません。
「お義母さんも高齢だし、家事が大変でしょう?」と心配するふりをしますが、今まで散々家事を押しつけてきたのは誰でしょうか。母も「もうこれ以上、あなたたちの面倒は見られない」と、きっぱりと拒否しました。
弟夫婦は2人で「心を入れ替える」と謝罪してきましたが、私も両親も、もう関わらないと決めています。私が実家にいた1カ月間、弟夫婦には自分たちの振る舞いを改めるチャンスが何度もあったはずです。それを「小言」と切り捨て、自ら家族を捨てるようなひどい言動を繰り返してきたのは自分自身。もう一緒に暮らしたいとは思えません。
ゼロからのスタートになりますが、もし本当に反省しているのであれば、自分たちの力で生活を立て直してほしいと思います。一方、私は両親の手を借りながら育児を楽しみつつ、両親に苦労させないよう仕事にも励んで、充実した毎日を送っています。
◇ ◇ ◇
身近な人のやさしさに甘え続け、それが当たり前だと思い込んでしまうと、信頼を失い、いつしかその大切な存在そのものを失いかねません。失ってからその大切さやありがたさに気づいても手遅れです。どんなに親しい間柄であっても、相手への敬意と感謝を忘れてはいけません。家族や環境に甘えるばかりでなく、自立したひとりの大人として誠実に家族と向き合いたいですね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回の2つのエピソードに共通していたのは、支えてもらっている立場であることを忘れ、遠慮のなさが行き過ぎてしまった点です。実家に頼ることも、身内に助けてもらうことも悪いことではありません。けれど、そこに感謝や配慮がなくなった瞬間、関係は少しずつ崩れていってしまいます。
印象的だったのは、どちらのエピソードでも、相手の負担の上に成り立つ身勝手さが、最後にはそのまま人間関係のほころびとして返ってきたことです。身内だからこそ甘えてしまうことはあっても、その近さを当然のものと思ってしまえば、支えてくれる人の気持ちは離れていくのでしょう。
助けてもらうことと、当然のように求めることは違うもの。 その境界を見失わないことが、近しい関係を壊さないために大切なのかもしれません。