繰り返される無心に…夫婦で出した答え
これまでにも何度も似たようなことがあり、そのたびに私は「お金の使い方を見直してください」と伝えてきました。けれど義母は、いつもはぐらかすばかり。今回も「贅沢したわけじゃない」「いろいろ入り用なの」と曖昧な言い方をするだけで、反省している様子はありませんでした。
さすがにこれ以上は応じられないと感じた私は夫に相談し、きっぱりと断りました。母への援助は、夫が独身のころから長く続いていましたが、これ以上無心に応じ続けるのはお互いのためにならないという結論に至っていました。
すると、義母から私に連絡があり……「嫁のくせに生意気」「息子をたぶらかした」などと、怒りをあらわにしました。けれど夫は以前から、義母への仕送りをやめたいと思っていたそうです。もう搾取されるのは限界だと、はっきり口にしていました。
「十分尽くした」夫が語った母との過去
夫は両親が離婚したあと、義母に引き取られたそうです。けれど、養育費が自分のために使われていた実感はなく、お菓子すらろくに買ってもらえなかったといいます。高校生になると、自分の進学費用を貯めるためにアルバイトを始めましたが、そのお金さえ生活費を理由に取られたことがあったそうです。
さらに、靴底に穴が開いても買い替えるお金をもらえなかった一方で、義母は自分の遊びにお金を使っていた——そんな話まで聞かされ、私は言葉を失いました。
義母は「年老いた親を支えるのが息子の役目」と主張していましたが、夫はもう十分すぎるほど役目を果たしてきたのだと思います。だからこそ私たちは、これ以上の援助はしないと決めたのでした。
夫の死後、義母から連絡…その発言に絶句
その後、私たちは引っ越し、義母からの連絡も断つことにしました。それから5年後、夫は病気でこの世を去り……。進行の早い病気で、私自身も現実を受け止めきれないまま、義母へ連絡を入れました。最低限の報告だけはすべきだと思ったからです。
けれど義母の口から出たのは、息子の死を悼む言葉ではありませんでした。「母親を大事にしないから罰が当たった」「いい気味だ」とまで言い放ったのです。
さらに数日後、今度は遺産のことで義母から連絡がありました。義母は「昔、息子に遺言書を書かせた。遺産は全部もらう」と得意げに言ってきましたが、私たちは夫の病気がわかった時点で、公証人を通じて正式な遺言書を作成していました。
夫は堅実な一方で投資の才覚もあり、若いころから着実に資産を増やしていました。義母がそのことを知っているかはわかりませんが……今後、不自由なく暮らしていけるだけの財産を築いてくれていたのです。法的に効力があるのはこちらの遺言書であり、義母が持っていたものはただの紙切れ同然だったのです。
1カ月後、また連絡が…義母の要求とは
その事実を知った義母は取り乱しましたが、私はもう動じませんでした。そして最後に、夫の遺産は私ひとりのものではないことも伝えました。実は、私たちには子どもが生まれていたのです。夫の遺産は、その子のために使っていく——それが夫の望みでもありました。
1カ月後、義母からまた連絡が来ました。今度は「仲直りしたい」「お金を貸してほしい」という内容でした。遺産が入るものと思い込んで散財し、家賃が払えないというのです。反省している、謝りたいとも言っていましたが、私にはもう信じられませんでした。
そして、私はきっぱりと断りました。夫との最後の約束である「もう義母には1円も渡さない」を守ると決めていたからです。義母は最後まで自分本位な態度を崩さず、逆ギレして罵声を浴びせてきましたが、私の気持ちは変わりませんでした。
後日、義母は家賃滞納で住まいを失ったと聞きました。すべては、自分のしてきたことが積み重なった結果なのだと思います。私は今、子どもを育てながら静かに暮らしています。夫を恋しく思う日はありますが、わが子の存在が私の支えです。そして同時に、子どもに依存するような生き方だけは絶対にしない——そう心に決めています。
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家族だからといって、一方的にお金や気持ちを差し出し続ける関係は健全とはいえません。ひとりで抱え込まず、早い段階でパートナーや信頼できる相手に相談することが大切です。無理な要求にはきっぱり線を引き、自分自身の人生や大切な家族を守る選択をしていきたいですね。
【取材時期:2026年3月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています