私だって働いていて、家事も育児もひとりでこなす毎日に余裕があったわけではありません。それでも「家族だから」と自分に言い聞かせながら、なんとか回していたのです。
家事をしない夫に募っていった不満
職場復帰をしたタイミングで、私は夫に家事の分担をお願いしました。ですが、夫ははっきり引き受けることもなく、結局これまで通り、家のことはほとんど私任せのままでした。
洗濯物を脱ぎっぱなしにされることも、食器を片付けないことも、一つひとつは小さなことかもしれません。しかし、それが毎日積み重なると私の負担も、気持ちの消耗も大きくなっていきました。
そんな様子を見ていた娘が、いつの頃からか、家事を手伝ってくれるようになりました。幼いながらに、見よう見まねで動いてくれる姿を見るたび、ありがたい反面、「本来なら親である夫が担うべきことなのに」と、私は複雑な気持ちになっていました。
娘が見つけた、小さな紙
ある日の夕食後も、夫は食べ終わると食器をそのままにして、ソファに寝転びながらテレビを見ていました。洗濯機の前には、また夫が脱ぎ散らかした服が置かれていて、私はため息をつきながらそれを拾い集めていました。
すると、そばにいた娘が夫のズボンを手に取り、ポケットから小さな紙を取り出しました。
「パパ、これなに?」
娘が取り出したのは、小さく折りたたまれた紙と、レシートでした。
何気なく受け取った私は、その内容を見て思わず息をのみました。レシートには、有名なハイブランドのバッグを購入した記録が印字されていました。
そして、もう一枚の紙には、女性の手書きでこう書かれていたのです。
「昨日はありがとう。バッグ、大事に使うね♡」
私が黙って夫を見ると、夫は慌てたように「会社の後輩の相談に乗っていただけだ」と言いました。ですが、その言葉を素直に信じることはできませんでした。
見て見ぬふりは、もうできない
最初は、私の考えすぎかもしれないとも思いました。けれど、その紙を見てからというもの、夫の帰宅時間や態度に不自然さを感じることが増え、私は見て見ぬふりを続けられなくなりました。
その後、私は状況を整理しながら確認を進めました。
クレジットカードの明細を確認すると、そのブランド店での買い物が何度も記録されていたのです。調べていくうちに、その相手が夫の会社の後輩であること、そして二人が個人的に会っていたことも分かりました。
このとき「もうこれ以上夫婦としてやっていくのは無理だ」と離婚を心に決めました。
家事も育児もほとんど私に任せきりで、家庭のことにはほとんど関心を示さないまま、それでも家のお金を別の女性のために使っていた――その事実を知ったとき、私の中で何かが決定的に崩れた気がしました。夫が守るべき家庭よりも、別の女性を優先していたのだと分かったからです。
娘が学校であった出来事を話しても、夫はスマホやテレビから目を離そうとせず、まともに相づちを打つこともありませんでした。そんな姿を見るたびに、私の中で何かが少しずつ冷えていったのです。
私が選んだ道
後日、私が離婚したいと伝えると、夫は慌てて「これからはちゃんとやる!」「家事も手伝う」と言いました。私は静かに首を振り「その言葉、今まで何度も聞いた」「そもそも"手伝う"ってなに? この期に及んでまだ家事は他人事だと思ってるんだね」と言うと、夫は何も言えませんでした。
さらに私は、あのレシートと手紙、そしてクレジットカードの明細をテーブルに並べて「これは全部、あなたが家庭のお金で買ったものよね」と言うと、夫は黙り込み、ソワソワし始めました。あらためて離婚の意思を伝え、ブランド店での多額の支払いについて、家庭のお金から出ていた分は夫に返してもらう形で整理することになりました。
家事も育児も、本来は夫婦で支え合っていくものです。それを怠ったうえに、家庭の外に気持ちを向けていたのだから、信頼関係が壊れてしまうのは当然だと思います。
当時はつらくてたまりませんでしたが、それでも私は、自分と娘の生活を守るために「離婚」という決断は必要だったと思っています。
離婚後、娘とふたり暮らしを始めてしばらく経ったころ、娘はぽつりと「ママ、最近おうち、きれいだね」と言いました。散らかし放題の夫が家からいなくなり、その表情はどこかほっとしたようにも見えて、私は胸が締めつけられる思いでした。
自分と子どもの人生を守るために、必要な一歩を踏み出すことも大切なのだと、今ははっきりと言えます。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
創作なんだから