夫「跡継ぎは他で作るから離婚しろ」妻「もう離婚済み」生まれた子の性別を知り、豹変した夫たちの末路

私は38歳、現在妊娠中で、つわりの真っただ中です。32歳の夫は、老舗料亭の4代目として厨房に立っており、私は年上の妻として、若女将の立場でお店をサポートしてきました。
料理の味だけでなく格式やしきたりも大切にする家だったため、嫁としてのプレッシャーは常に感じていました。
跡継ぎプレッシャーと義母の冷たい言葉
義母は厳しい性格の人で、妊娠を伝えたときも「女将がつわりで寝込むなんて聞いたことないわよ」と言われ、休むこともままならず……。私はつらい気持ちをぐっと飲み込みながら、「赤ちゃんが生まれたら、少しは認めてもらえるかもしれない」と思っていました。
ところが、ある日の健診でおなかの子が「女の子かもしれない」と言われたとたん、義母の態度はさらに冷たくなりました。
「女の子じゃ家は継げないわね……」
「あなたの年齢を考えると、次の子を望むのも難しいでしょうし」
私なりに「最近は女性でも料亭を継いでいるところもあります」と説明しても、聞き入れてもらえませんでした。
出産後、夫の心ない言葉に絶望
追い打ちをかけるように、夫まで「あーガッカリ。もっと若い嫁さんをもらえばよかったわ! 年増の役立たずは出て行ってくれ」などと言い出しました。心身ともに限界を感じた私は、出産に備えて実家へ里帰りすることにしました。
実家で無事に出産を終え、夫に連絡すると、返ってきたのは「ふーん、で?」というそっけない返事。
さらに数日後、「実家にプレゼントを送った」と言われ、届いたのはなんと記入済みの離婚届でした。
さすがに怒りがこみ上げ、私は夫との関係を見直す決意をしました。
跡継ぎは他で作る!?衝撃の発言
退院して数週間後、私は赤ちゃんを抱いて一度自宅へ戻りました。直接顔を見て、私の口から伝えたいことがあったからです。そんな私に、夫は開口一番こう言いました。
「なんで戻ってきたの? 離婚届、送っただろ?」
「100万円やるから離婚してくれよ。跡継ぎは他で作るつもりだからさ!」
赤ちゃんを腕に抱いたまま、私は夫の顔をしばらく見つめていました。その場には義両親もいましたが、もう私や孫には興味がない様子で黙ったまま。
怒りも悲しみも通り越して、ただただあきれてしまって――その場でこう告げました。
「そうなんだ……じゃあ一つだけ、伝えておくね。生まれたの、男の子だったよ。エコーでは女の子かもって言われてたけど、実際は男の子だったの」
手のひら返しにあきれる私
その瞬間、夫と義両親の表情が固まりました。
「えっ……ちょっと、それ本当なの?」
「男の子……!?」
「それなら話は別だな」
「離婚はいったん保留にしようか」
「やっぱり血を継ぐ子じゃないとね!」
さっきまで私たちを“いらない存在”のように扱っていた3人が、まるでスイッチを切り替えたように態度を変えてきたのです。
私は赤ちゃんを見つめたまま、静かに言いました。
「……そんな人たちと一緒に暮らすつもりは、もうないよ」
夫と義母が戸惑った表情を浮かべるのを見届けてから、私はゆっくりと最後の一言を放ちました。
最後に告げた“本当の別れ”
「離婚届? ……あれ、もう提出したから。とっくにね」
夫と義両親は一瞬凍りつき、そのあとで一斉に怒鳴り出しました。
「ふざけるな! 勝手なことして!」
「跡継ぎを奪う気!?」
私は一歩も引かず、静かに言いました。
「今日のお話、すべて録音しています。100万円払うから離婚してくれって言いましたよね? 弁護士に相談済みですので、今後の連絡は弁護士を通してください」
夫と義両親は顔面蒼白で固まり、それ以上何も言ってこなかったので、私は息子とともに、その場をあとにしました。
その後、弁護士を通して慰謝料と養育費をきっちり支払ってもらいました。私は実家で息子と穏やかな日々を過ごしながら、命の大切さと、周囲に振り回されない強さを少しずつ取り戻しています。性別にとらわれず、赤ちゃんの誕生を心から祝福できるような大人でありたいものですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
続いては、無事に男の子を出産し、これから夫婦で子育てをしていくはずが……突然、夫から家を締め出されてしまった妻の体験談です。優秀な遺伝子を持つ「跡継ぎ」さえ産めば『お前はもう不要』と言い放ち、あわよくば子どもだけを奪おうとする最低な夫。
そんな夫に対し、妻がとっさに放った「嘘」と、突きつけた容赦のない反撃とは?
夫「跡継ぎあざす!お前はもう不要!」産後すぐ追い出された私「あなたの子じゃないけど?」告げると?

結婚を機に、義両親との同居を始めた私。私も夫も医者で毎日忙しくしているので、一見同居は助かるようにも思えましたが……。しかし、義母から同居を提案されたときは、正直迷いました。
夫の実家は、代々医師の家系です。それを重んじる義母は、学歴至上主義で家柄重視。偏見が強く、はじめは父子家庭育ちの私との結婚も懸念したほどです。
母を早くに亡くし、教師をする父に男手ひとつで育ててもらった私。顔合わせの際、私が片親で、父が医師でないと知ったとき、義母は顔をしかめました。あのときの義母の表情は、今でも忘れられないくらいショックでした。私の職業と、亡くなった母の実家が会社を経営していたことで、なんとか結婚を認めてもらえたのです。
結婚から半年ほどがたち、私の妊娠が発覚すると、義母は有頂天。どんな名前にするか、夢中で考え、連日いろいろな名前候補を提案されます。しかし、子どもの名前は夫婦2人で決めたいと思っていたので、私は困惑。夫は「自分が何とかするから心配ない」と言いますが、夫は義母に甘いので、私の不安はなかなか払拭されず……。
意見が二転三転する夫
妊娠前から、何となくおかしいとは思っていたのですが、夫が、だんだんと家に帰らなくなりました。私も同じ医師なので、職業柄、残業や急な泊まりが発生することも理解はしていますが、それにしてもここ最近は頻度が多すぎる……違和感を覚えずにはいられませんでした。
それから数カ月後、無事に男の子を出産した私。夫が話をつけてくれたようで、義母による命名はなんとか免れました。しかし、夫は私の入院中、1度しかお見舞いに来てくれませんでした。夫が唯一、産院に来たのは生まれたと報告したときだけ。忙しいのはわかるのですが、さすがにそれだけというのは……。
身の回りのことは義母がやってくれたので、問題なかったはずだと夫は言いますが、跡継ぎが生まれると、大張り切りの義母の相手をするのは、正直なところ、とても大変でした。出産の前後は自分のことで精いっぱいなのに、そんなときに義母に気を使うのはつらかったです。夫には、そこをフォローしてほしかったのですが……。
そう伝えると、夫は私の気持ちを考えてくれようともせず、今は産後直後で体がつらいから気持ちも沈むのだと決めつけ、「退院後は子どもの世話は、すべてを母さんに任せればいい」と言ってきました。
私は、わが子にはできることはすべて自分でしてやりたいと思っていたので、それでは納得がいきません。また、子どものお世話を手伝ってもらうことで、義母に実権を握られそうなのも嫌です。
包み隠さず胸の内を夫に話すと、「近いうちに同居を解消しよう」と言ってくれました。これからは私を自由にするからとも言ってくれましたが、何だかその言葉に違和感を覚えた私。
今までは何でも義母の言いなりで、私の気持ちを汲んではくれなかった夫が、急に頼もしくなって、一体どんな気持ちの変化があったのだろうと不思議でした。お見舞いにも全然来てくれなかったものの、「息子は大事な跡継ぎだから何よりも大事にしたい」という夫。
先ほどまでは、子どもの世話は義母に任せればいいと言っていたのに、今度は急に「育児にも積極的に参加する、しっかり育てる」と言い出したのです。私の心はざわつく一方でした。
突然、家から締め出された私
それから数週間後のある日、夫に勧められ、久しぶりに外出した私。気分転換に近所のスーパーで買い物をして、帰ってくると、玄関が開きません。鍵を持たずに出かけたので、家にいる夫にドアを開けてほしいとお願いしましたが……。
「跡継ぎ産んでくれてサンキュ!お前はもう不要!」
「出てっていいぞ!笑」
閉まったドアの向こうから、夫の声が。ドアを開けてはくれないのです。そして夫は、「だって、母さんとの同居が無理なら、離婚するしかないだろ? 自由にしてやる」と言います。
そのまま実家に帰ったらいいと言われました。私が、「だったら息子を一緒に連れて帰る」と告げると、夫はそれを拒否。
そして夫は、優秀な遺伝子を持つ子どもがほしかっただけで私と結婚したと言ったのです。医師として腕の良かった私に、後継を産ませたかったそうで、無事に息子を産んだ私にはもう用がないとのこと。
強引に息子を取り返そうとしたら病院をクビにするとまで言って、脅してきました。今は産休中ですが、私が勤める病院は義実家が代々親戚経営している病院。私をクビにすることなんて簡単なことなのでしょう。
夫も息子を手放したくないようですが、それは私だって同じ。夫との離婚は受け入れられますが、息子を取られることはどうしても承諾できない私。とっさに嘘をついてしまいました。
「あなたの子じゃないけど?」
こんなその場しのぎのハッタリ、すぐにバレてしまう……そう思っていると、夫は意外な反応を見せました。
「へ?」
嘘をつくなと怒鳴られるかと思いましたが、夫が一瞬ひるんだため、私は畳みかけました。「それでもその子が欲しいなら、DNA鑑定でも何でもしなさいよ! ただし、そのときは、あなたが付き合ってる彼女のことも、全部お義母さまに話させてもらうから!」
衝撃の真実と夫のその後
突然私を追い出し、子どもだけ奪おうとした夫。実は、出産直後の夫の言葉に違和感を覚えた私は、探偵に夫の調査を依頼していました。すると、わずか2週間ほどの調査で、夫には長年付き合っている女性がいたことがわかったのです。
その女性は、私とはまったく違うタイプ。もちろん医師でもなければ、派手な見た目で、家庭環境も素行も良くないだろうと、義母が嫌悪するような女性。夫は、優秀な遺伝子を持つ跡継ぎさえいれば、義母も彼女のことを許してくれるかもしれないと期待し、私と結婚したのでした。
不倫の証拠を突きつけ、私が「さっきの言葉はとっさについてしまった嘘で、その子はあなたの子で間違いないけど、私からその子を奪うと言うならお義母さんにすべて話す」と告げると、夫は凍り付きました。彼女との関係が義母にバレることを、夫は何よりも恐れていたのです。
結局、夫は「わかった、子どもは返す。慰謝料でもなんでも払う! だから彼女のことは母さんに黙っていてくれ」と懇願。息子を私に返し、慰謝料と養育費を一括で支払うとその場で約束してくれました。彼女との関係が義母にバレ、仲を引き裂かれることを何よりも恐れた夫は、あっさり息子を返してくれたのです。
その後、私は弁護士に依頼し、夫と離婚。慰謝料と養育費はすべて一括で支払われました。元夫と彼女との関係については、約束通り元義母には何も知らせず、私は病院も辞め、義家族との縁を完全に切りました。
それからしばらくして、元同僚の医師から、結局元夫は彼女との関係が元義母にバレてしまい、職を辞して彼女と駆け落ちしたと聞きました。今となってはもう、元義母や元夫がどんな生活を送っているかはわかりません。私は実家に戻り、近所の病院に転職し、今は父の手を借りつつ、育児と仕事を両立しながら日々、楽しく生活しています。
◇ ◇ ◇
いかなる事情があれど、人を傷つけた上に成り立つ幸せなど、ないのかもしれませんね。その事情が個人的な利益に通じることであれば、なおさらです。存在そのものを踏みにじられ、どれほど傷ついたことでしょうか。お父さまと息子さんと3人、この先ずっと幸せに暮らしていけることを願うばかりです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
「跡継ぎ」=「男の子」という価値観や自己中心的な理由で、妻というひとりの人間の尊厳を踏みにじった夫たちは、自らの行動によってすべてを失う結果となりました。自分の一番近くにいる家族を「道具」のように扱う人が、本当の幸せをつかむことは、難しいのではないでしょうか。
理不尽な状況に置かれたとき、絶望するだけでなく、わが子と自分の未来を守るため、冷静に証拠を集め、反撃に出た妻たちの強さには胸がすく思いです。相手の身勝手な都合で自分を犠牲にするのではなく、いざというときには自分の人生を守り抜く「したたかさ」と「決断力」を持てる人間でありたいですね。