「もう面倒見きれないわ」親戚たちの本音
両親の葬儀が終わるまでの数日間、僕は父の兄夫婦(伯父と伯母)の家でお世話になっていました。しかし、そこでの生活は針のむしろ。伯母は僕が食事をするたびに舌打ちをし、伯父や従兄弟は僕と目を合わせようともしません。
葬儀の翌日、親戚一同が集まった席で、ついに伯母が声を荒らげました。
「もう面倒見きれないわ! この数日だけで限界。誰か他にいないの?」
伯父も「うちには受験生の子もいるし、これ以上は無理だ」と、露骨に嫌な顔をして吐き捨てました。
目の前で「邪魔者」として扱われる屈辱に、僕は膝を抱えて震えることしかできませんでした。
親戚たちが僕の今後を押し付け合っている中、一人の女性がスッと立ち上がりました。
それは、母の妹で、遠方の商店街で小さな定食屋を営んでいる叔母でした。
「……うちに、おいで」
叔母は僕の肩を優しく抱き寄せ、親戚たちを鋭い目で見据えました。「この子は私が育てる。文句はないわね?」 親戚たちは厄介払いができたとばかりに、ホッとした表情で「それなら安心だ」と口を揃えました。こうして僕は、叔母に連れられて見知らぬ街へと向かうことになったのです。
叔母のボロ定食屋と「あの味」
叔母の店は、年季の入った「ボロ定食屋」でした。壁は油で煤け、カウンターも傷だらけ。立派な構えだった伯父たちの家とは大違いです。
「汚い店でごめんね。でも、ご飯だけはたっぷり食べさせてあげるから」
そう言って叔母が作ってくれたのは、焼きたての焼き魚、ふっくらしたご飯、そして湯気の立つお味噌汁。
一口食べて、僕は驚きました。
「この味……お母さんの……?」
叔母は少し照れくさそうに笑いました。
「お姉ちゃん(僕の母)と私は、母親……あなたのおばあちゃんから同じ味を教わったのよ。だから、あなたの家の味と同じはずよ」
「ご飯食べて、元気出しな」
その温かい言葉と、懐かしい家庭の味に、張り詰めていた僕の心は一気に解けました。伯父夫婦に邪魔者扱いされた悲しみも、孤独への恐怖も、美味しいご飯と一緒に飲み込んでいけるような気がしました。それから僕は、学校に通いながら叔母の店を手伝う、忙しくも温かい日々を過ごしました。
10年後、手のひらを返した親戚たちは……
月日は流れ、僕は叔母に支えられて大学を卒業し、大手企業へ就職しました。叔母の店も、その「どこか懐かしい味」が評判となり、今や行列の絶えない人気店になっていました。
すると、かつて僕を追い出した親戚たちが、突然連絡を寄越してきたのです。
「立派になったね。さすが身内だ。実はうちの息子が就職活動で苦戦していてね……君の会社にコネで入れてくれないか?」
あまりの身勝手な催促に呆れていると、店を訪ねてきた伯父夫婦に対し、叔母がビシッと言ってくれました。
「あんたたちが『邪魔者』扱いして捨てた子が、自分の力で掴んだ幸せよ。今さら親戚面してすり寄ってこないでくれる? 二度とこの店の敷居を跨がないで」
叔母の剣幕に圧倒された親戚たちは、逃げるように去っていきました。
僕は今、自分の給料で少しずつ、叔母の店のリフォームを計画しています。ボロくても温かかったこの店を、今度は僕が守っていく番です。あの時、僕の手を引いてくれた叔母には、感謝してもしきれません。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。