父が起業を支援してくれたのだから、たまには顔を見せてあげたらと伝えると、夫は少し間を置いてから口を開きました。
「仕事で結果を出すのが一番の恩返しだ。この感覚は男同士にしかわからない」
父もいつまで元気でいるかはわからないと伝えても、夫の態度は変わりませんでした。そして最後には、そんなに帰りたいなら一人で帰れと言い放ったのです。
私は夫婦で一緒に実家に顔を見せに行きたかったのに……。夫婦の時間がまったくないという寂しさを打ち明けると、夫は「子どもじゃないんだからわがままを言うな」と鼻で笑います。
心がヒヤリと冷たくなったのを覚えています。
ひとりの帰省
1週間後、結局私は一人で実家へ戻りました。夫が出張で家を空けるというので、それなら……と思い、ひとりでの帰省を決めたのです。
父の顔を見ると、以前より少し老けたように感じます。高血圧の薬を飲み始め、食生活を改めたと言っていました。
母も膝の調子が良くないよう。直接会わなければ気付けないことが、たしかにありました。
その後、姉の新居に顔を出した私。甥は年長になり、ずいぶん大きくなっていました。姉の夫は父の会社で中枢を担っており、家族全体に温かな空気が流れていました。
その夜、夫に電話でそんな話を伝えようとしましたが、話が長いと途中で打ち切られてしまったのでした。
公園でバッタリ!
翌日の午後、姉が急に体調を崩しました。その日は甥の通う幼稚園の親子遠足。保護者が同行できないと、子どもも欠席しなくてはならないそう。
姉の夫は外せない会議、母は病院の予約が入っていたので、たまたま帰省していた私が代わりに一緒に遠足に出かけることになりました。
行き先は、アスレチックもある大きな公園です。そこで私は目を疑う光景を目にしました。公園には、見覚えのある男性がいたのです。
最初は気のせいだと思いました。出張中のはずの夫が、ここにいるはずがありません。しかし目を凝らしてみると、それは間違いなく夫でした。隣には知らない女性と小さな子どもがいて、彼らは親しそうにお弁当を食べていたのです。
夫は私がいることなど一切気付いていなかったようで、女性と手をつなぎ、夫の車に乗って帰って行きました。幸い私は、姉から借りた一眼レフカメラがあったので、夫や女性をしっかりと写真や動画に収めることに成功したのです。
実家に戻って夫に連絡を入れると、今どこにいるかという問いに対し、夫はすぐに言い返してきました「出張先に決まってるだろ」
「〇〇公園に来ていたよね? 奥さんと子どもと……。まるで家族ね」と告げると、電話の向こうで息をのむ気配が……。夫は「尾行したのか?」と逆ギレしてきましたが、本当に偶然遭遇しただけです。
なかなか認めてくれないので「証拠がある」と伝えると、それ以上言葉が続きませんでした。
父の判断
その夜、私は父にすべてを話し、撮影した動画も見せました。父は黙って画面を見つめた後、「どうしたいんだ?」と私に聞きます。私は包み隠さず今の気持ちを吐露しました。
しばらくすると、夫の取引先が相次いで取引打ち切りを申し出てきたと夫がぼやきました。その多くが、父の紹介でつながった会社です。
父曰く「夫の会社との取引と自分との関係は切り離して考えてほしい」と伝えただけだそう。契約を切られたのは、夫の力不足に他ならないでしょう。
続けて私は夫に離婚の意思を伝えました。加えて、起業の際に父から借りたお金の返済を求める方針であること、不倫相手への慰謝料を請求するつもりでいることも伝えています。
長い沈黙の後、夫はようやく口を開きました。
「彼女はシングルマザーで生活が苦しいんだ……慰謝料は勘弁してくれ」
夫の口から出る言葉は、不倫相手を庇う内容ばかり……。
すべてを聞き終えた私は、静かに告げました。「離婚します。慰謝料も請求します。父への借金と合わせて、きちんと用意しておいてください」
ひとりぼっち
その後私は、弁護士に相談し離婚協議と慰謝料請求の手続きを進めました。同時に、取引先から契約を切られ、新たなクライアントを見つけることができなかった夫の会社は倒産寸前のようです。
夫は何度も連絡を入れてきました。最後に聞こえてきたのは、力のない声。「頼む、会社だけは……。もう一度お義父さんの力を借りられないか?」と言いますが、それに応じる理由はありませんでした。
私はというと、後日、弁護士同席の元不倫相手と話し合いの場を持ちました。慰謝料の額を提示すると、相手は子どもを養えなくなると涙ながらに訴えます。私は条件を提示しました。夫との関係を完全に断ち、連絡も取らないこと。それを守るなら、金額の調整に応じると——。
相手はその条件を受け入れ、しばらくして遠方へ転居していきました。夫がそのことに気づいたころには、すでに音信不通になっていたようです。結局夫はひとりになりました。
私は実家に戻り、少しずつ日常を取り戻していきました。週末には甥が遊びに来てくれることもあり、少しずつ前を向くことができそうです。
◇ ◇ ◇
多大な援助や人脈を自分の実力だと勘違いし、一番身近で支えてくれた家族をないがしろにした元夫。周囲への感謝と謙虚さを忘れた結果、会社も信用もすべてを失ったのは当然の報いと言えますね。
「自分一人の力ではない」「おかげさま」という謙虚な心を失えば、手にした成功は足元からあっけなく崩れ去ってしまうでしょう。人間関係もビジネスも、周囲への誠実さと謙虚さこそが、すべてを支える一番の土台になるのかもしれません。
【取材時期:2026年4月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。