約束したはずの母の手伝い
妹が戻ってきた当初、私は少しだけ安心していました。私は仕事が忙しく、帰宅が遅くなる日もあります。母は上半身を動かせるものの、食事の準備や入浴、家の中での移動には手助けが必要な場面がありました。母は「妹にも自分の生活があるから」と遠慮していましたが、ひとりになる時間には不安を感じているようでした。
そこで私は妹に、「仕事が決まるまでの間でいいから、俺が帰るまで母さんの様子を気にかけてほしい」と頼みました。妹も最初は「わかった」と言っていたのです。ところが、実際には夕方から夜遅くまで外出し、朝になって帰ってくる日が続きました。母の食事が用意されていないこともあり、私が帰宅後に慌てて準備することも少なくありません。
「約束したよな。せめて俺の帰りが遅い日は、夕食の準備だけでも頼めないか」
そう言うと、妹は悪びれる様子もなく答えました。
「私だって忙しいの。家にいるからって、全部押し付けないでよ」
私は言葉を失いました。母の介護をすべて任せるつもりはありませんでした。ただ、同じ家で暮らしている家族として、最低限のことは協力してほしかったのです。
出張中に届いた母の転倒の知らせ
そんなある日、私に2週間にわたる海外出張の話が持ち上がりました。大きなプロジェクトで、ここで成果を出せば昇給も見込めるという内容でした。母のために住環境を整えたいと考えていた私にとって、大きなチャンスでもありました。
もちろん、母のことが心配でした。そこで私は出張前にケアマネジャーへ相談し、訪問介護の回数を増やすとともに、出張中は一時的にデイサービスも利用することにしました。
その上で妹には、デイサービスから母が帰宅してから夕方のヘルパーさんが来るまでの間、母の様子を見ていてほしいと頼みました。外出する場合は、事前に私かヘルパーさんへ連絡することも約束しました。
「出張中、ヘルパーさんがいない時間は母さんの様子を気にかけてほしい。外出するときは事前に連絡して、何かあったらすぐ俺かヘルパーさんに知らせてくれ」
妹は面倒くさそうにしながらも、「はいはい、わかった」と答えました。
しかし出張から1週間ほどたったころ、ヘルパーさんから連絡が入りました。母が自宅で車椅子から転倒し、救急搬送されたという連絡でした。
その日、妹は事前の連絡もなく、母を家に残して外出していました。夕方に訪問したヘルパーさんが、床に倒れている母を見つけ、すぐに救急車を呼んでくれたとのことでした。幸い、大事には至りませんでしたが、一歩間違えれば取り返しのつかないことになっていたかもしれません。妹には何度連絡してもつながらず、家にも戻っていないとのことでした。
私はすぐに妹へ「母さんが救急車で運ばれた。どこにいるんだ」と連絡しました。しばらくして返ってきたのは、信じられないような言葉でした。
「私、もう家を出るから。仕事も決まりそうだし、これ以上家のことに縛られたくない」
妹も仕事を辞め、精神的に余裕がなかったのかもしれません。それでも、母をひとりにするなら、せめて事前に連絡してほしかったのです。
この返信を読んで、私は妹に頼ることをやめようと決めました。妹はその後、身の回りの物をほとんど持って実家を出ていきました。わずかに残っていた荷物も、後日、妹のもとへ送りました。
実家を出た妹と、母との新生活
私は急きょ仕事を調整し、帰国しました。出張を最後まで続けることはできませんでしたが、母の安全には代えられませんでした。ただ、現地で進めていた業務はすでにある程度形になっており、会社も私の事情を理解してくれました。
後日、上司から「途中で戻ることにはなったが、現地での対応は十分評価している」と声をかけられました。その後、当初より時期は遅れたものの、昇給が決まりました。母を守るために帰国した判断が、仕事の面でも否定されなかったことに、私は心から救われました。
帰国後、私はケアマネジャーと相談し、母の介護体制を見直しました。訪問介護やデイサービスの利用回数を見直し、私ひとりで抱え込まない体制に変えたのです。
同時に、以前から検討していた住み替えについても本格的に動き始めました。実家は古く、段差も多いため、母が暮らすには危険に感じる場所が少なくありませんでした。母も「もっと安全に暮らせる家に移りたい」と望んでおり、売却を進めることにしました。幸い、立地の関係で土地としての需要があり、売却の話がまとまりました。
私の貯金と住宅ローンを合わせ、広さや立地は少し妥協しながらも、母が暮らしやすいバリアフリー対応の住まいへ移ることができました。
妹には、こちらから引っ越し先を知らせることはしませんでした。もちろん、家族だからといって感情が簡単に切れるわけではありません。けれど、母が救急搬送された後でさえ自分の都合を優先した妹に、これ以上振り回されたくはありませんでした。
数カ月後、妹から届いた連絡
それから数カ月後、妹から突然連絡がありました。
「実家に戻ったら、家がなくなっていたんだけど。どこに引っ越したの?」
私は淡々と「実家は売った。母さんは今、新しい家で落ち着いて暮らしている」と答えました。すると妹は、急に声の調子を変え「そんなの聞いてない。私、今ちょっと困ってるの。仕事も結局うまくいかなくて、お金もない。しばらく泊めてよ」と言いました。
数カ月前、母を置いて出ていったときの妹の態度が頭をよぎりました。私は深呼吸をしてから、できるだけ冷静に伝えました。
「母さんが困っていたとき、約束を破って家を出ていったのはお前だよ。今後は、自分の生活は自分で立て直してほしい」
そう伝えて、私は電話を切りました。家族として心配する気持ちがまったくないわけではありません。それでも、妹に何度も期待し、そのたびに裏切られた結果、母まで危険な目に遭わせることになってしまいました。だからこそ、これ以上は情だけで受け入れてはいけないと思ったのです。
介護は家族だけで抱え込むものではないと、今回のことで痛感しました。今は介護の専門職の方の力を借りながら、母が安心して暮らせる環境を整えています。これからは、母と私の穏やかな生活を守ることを第一に考えていきたいと思っています。
--------------
家族だからといって、どんなときでも無条件に頼れるとは限らないのかもしれません。特に介護は、気持ちだけで抱え込むと、支える側も支えられる側も負担が大きくなってしまうことがあります。
今回の主人公は、妹に期待し続けるのではなく、介護サービスを見直し、母が安心して暮らせる環境を整える道を選びました。身近な家族との関係に線を引くのは簡単なことではありません。それでも、大切な人との暮らしを守るために、冷静に判断しようとした主人公の姿が印象に残るエピソードです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています
ウーマンカレンダー編集室ではアンチエイジングやダイエットなどオトナ女子の心と体の不調を解決する記事を配信中。ぜひチェックしてハッピーな毎日になりますように!