部長から突然の呼び出しが
ある日、僕はA子さんと一緒に、部長のB田から呼び出されました。A子さんは調理補助を担当している先輩です。元ヤンといううわさもありますが、さっぱりした性格で面倒見がよく、現場で頼りにされていました。
B田は僕たちを見て、「君たちが関わっている案件は、いったんストップする。売り上げにつながりにくい仕事だからな」と告げました。「えっ!?」と驚く僕の隣で、A子さんも「そんな……」と声を漏らします。
するとB田は、「学歴も経歴も十分とは言えない君たちに、会社はチャンスを与えてきたつもりだ。でも、世の中は甘くない。今後の君たちの業務については社長と相談して決める」と言ったのです。
その言い方に、僕は強い悔しさを覚えました。以前から、自分の力を生かせていないと感じていたこともあり、思い切って「それなら、僕はこの会社を辞めます」と告げました。
A子さんも思うところがあったのか、「……私も辞めます」と続きました。B田は「そうか」とニヤニヤするだけです。
僕たちは後日、正式に退職の手続きを進めました。
キッチンカーに挑戦
退職後、僕はA子さんに「一緒にキッチンカーをやりませんか」と提案しました。A子さんは「ふたりで!?」と驚きながらも、長年の夢を打ち明けてくれました。
「実は、働きながら調理師免許を取ったんだ。メニュー開発に携わりたくて、会社でもずっと異動希望を出してたんだけど、なかなか許可が降りなくて……」と話すA子さんに、僕は「それなら、ぜひ僕たちの店のメニューを作ってくださいよ!」と答えました。
僕が出店計画や資金繰りを考え、A子さんがメニュー開発と調理を担当する。そう役割を決めると、A子さんは「やりたい! ずっとこういう仕事がしたかったんだ」と、力強くうなずいてくれました。
それから出店準備を進め、数カ月後に初出店の日を迎えました。A子さんの料理は予想以上に好評で、用意した分はほとんど完売。順調な滑り出しとなったのです。
行列ができる店に
その夏、僕たちのキッチンカーはフードフェスに参加することに。A子さんの料理は見た目が華やかで、「SNS映えする」と評判に。もちろん味も絶品です。A子さんの明るい接客もあって、店の前には行列ができました。
「昔、料理アニメに夢中だったんだよね。食べた人が思わず笑顔になるような料理って、いいなって思ってさ」と話すA子さんに、僕は「そのときの感動をずっと大切にしているから、素晴らしい料理が作れるんだと思います」と称賛しました。
フードフェスをきっかけに、僕たちの料理はSNSでシェアされ、多くの人に広まりました。そして、大型イベントへの出店依頼が入ったのです。それからは出店準備に追われる日々が始まりました。
一方で、以前の会社は売り上げを優先するあまり、現場から不満の声が出て、客足も落ちていると元同僚から聞きました。さらにB田は、社員を見下すような発言が問題視され、社内で厳しく注意を受けたそうです。
これからも一緒に
そして迎えた、大型イベント当日。僕たちの店の前には多くのお客様が並び、想定していたよりも早く料理は完売となりました。A子さんは「今までで最高額じゃない!?」と目を丸くし、僕も「経費を差し引いても、次の準備に回せそうです」と胸をなで下ろしました。
前職を辞めた直後は、B田の言葉を思い出して落ち込むこともありました。けれど今は、学歴や経歴だけで仕事の良し悪しが決まるわけではないと、心から思えます。退職を機に始めたキッチンカーが多くの人に支持されるようになったことは、僕にとって大きな自信です。
最近では、常連のお客様に「おふたり、お似合いですね」とからかわれることもあります。恥ずかしい気持ちもありますが……いやな気分はしません。
これからもA子さんと一緒に、おいしい料理でたくさんの人を笑顔にしていきたいです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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