ささやかで温かい、描いていた未来の生活
私には、交際して3年になる婚約者がいました。彼女は明るく社交的な性格で、少し派手なものを好む傾向はありましたが、私の地味で堅実な生活に彩りを与えてくれる大切な存在だったのです。
しかし、その穏やかな日常は予期せぬ形で突然崩れ去ってしまいました。原因は、私の同期である一人の男性同僚。
彼は私とは正反対で、口が非常に上手く、要領よく立ち回るタイプです。面倒な実務は後輩に押し付けがちでしたが、社内の一部からは「次期エース候補」ともてはやされていました。
ある日、その同僚が「新規の海外事業部長に大抜擢された!」と社内で大々的に言いふらし始めたのです。彼は得意げな顔で、「これからはグローバルな舞台で勝負する」「海外でのセレブな駐在生活が待っている」と豪語し、周囲の注目を一身に集めていました。
時を同じくして、婚約者の態度が急激に冷たくなっていきます。返信は遅くなり、週末のデートの約束も「友達と出かけるから」「ちょっと疲れているから」と何かと理由をつけて断られるようになりました。胸騒ぎがした私は、ある夜、テーブルに置かれた彼女のスマホの画面が光ったのを偶然目にしてしまったのです。そこには、あろうことかあの同僚からの、明らかに一線を越えた親しげなメッセージが表示されていました。
頭が真っ白になりながらも彼女を問い詰めると、彼女は悪びれる様子など微塵も見せず、冷めきった瞳で私を見据えて言い放ちました。
「ごめんね。私、海外赴任する本命の彼について行くわ♡」
彼女は、同僚の華やかな肩書きと「海外でのセレブ生活」という言葉に目がくらみ、あっさりと私との未来を捨てたのです。
さらに翌日、社内の廊下で私を待ち伏せしていた同僚は、周囲に人がいないことを確認すると、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべてこう言い捨てました。
「悪いな。お前の彼女、俺が責任持って幸せにするから。彼女は俺に任せろ」
信じていたパートナーの残酷な裏切りと、同期からのあからさまなマウント。激しい怒りと情けなさ、そしてすべてを失った喪失感で、私は数日間、食事も喉を通らないほどの絶望の淵に立たされました。
悔しさを抑え、選んだ前への一歩
怒りに任せて同僚を殴り飛ばしてやりたい、会社中に彼らの裏切りを暴露してやりたいという衝動に何度も駆られました。しかし、そんなことをして職場で騒ぎ立てれば、結局は自分自身が惨めな思いをするだけ。
ただ同棲していた部屋から彼女の荷物をすべて運び出させた日は、心の中にぽっかりと大きな穴が空いたようでした。それでも、余計なことを考える隙を作らないように、私はひたすら目の前の仕事に打ち込むことにしたのです。
それから数週間後、同僚と元婚約者がいよいよ出国する日が近づいていました。
社内では同僚の送別会が開かれ、彼は終始勝ち誇ったような顔で「向こうでのプロジェクトを数年で大成功させて、いずれは役員として凱旋帰国するよ」と豪語していました。
元婚約者も、彼に買ってもらったであろう高級ブランドのバッグを見せびらかしながら、私の友人たちにまで海外での優雅な暮らしぶりを自慢して回っていたそうです。私は個人的な感情を一旦脇に置き、黙って彼らの様子をやり過ごしていました。
暴かれた「栄転」の真実
そして出発の数日前。私がオフィスの廊下で資料の整理をしていると、通りかかった社長に声をかけられました。普段は一般社員と直接話すことなど滅多にない、厳格な女性社長です。
社長は、遠くで後輩たちに偉そうに海外赴任の講釈を垂れている同僚の後ろ姿を見つめながら、私に向かって静かに言いました。
「彼の海外赴任について、あなたには本当のことを教えておくわ」
私が戸惑っていると、社長はそのまま私を社長室へと招き入れました。そして、静かに、しかし毅然とした態度で語り始めたのです。
実は会社は以前から、同僚が後輩に対して日常的に高圧的な態度をとっていたことや、経費を個人的な飲食代に不正利用していたことを把握し、調査を進めていたそうです。
本来であれば厳しい処分を受けてもおかしくありません。しかし、今回の赴任先は人間関係が難しく、これまで派遣された社員が現地との調整に苦労してきた地域でした。
そこで会社は、口が達者で物おじせず、良くも悪くも図々しく人の懐に入っていける彼なら、現地で関係を築ける可能性があると判断したのです。海外赴任は華やかな栄転ではなく、彼に残された最後のチャンスでもありました。
「あなたの誰よりも誠実で地道な仕事ぶりは、会社としてずっと評価してきました。一方で、彼には今回の赴任先で結果を出してもらわなければなりません。これが、彼に与えられた最後の機会です」
社長からの思いがけない言葉に、その瞬間、すべてが腑に落ちました。自分が信じて続けてきた真面目な努力は、決して無駄ではなかったのだと。深い絶望の中にいた私は、その言葉にどれほど救われたかわかりません。
見栄と嘘の果てにある地獄、そして新たな一歩
数カ月後、風の噂で二人の現状が耳に入ってきました。
新しい土地で華々しく活躍するつもりだった同僚ですが、赴任先に部下はおらず、現地の人たちも簡単には彼を受け入れてくれなかったそうです。自慢の話術も通用せず、思うような成果を上げられないまま、今では毎日、地道なデータ整理に追われているとのことでした。
週末は高級レストランでディナー、休日はショッピングを楽しむと豪語していた元婚約者も、思い描いていた優雅な生活とはほど遠い現実に不満を募らせていたそうです。
「こんなはずじゃなかった! 日本に帰りたい!」
元婚約者は毎日のように同僚を責め立てているようですが、同僚は赴任先で思うような成績を残せず、評価も給料も大幅にダウン。一時帰国するための費用すら簡単には捻出できず、二人の関係もすっかり冷え切っているとのことでした。
一方、私はというと、これまでの地道な仕事ぶりが社長に高く評価され、国内の最重要プロジェクトのリーダーに抜擢されることになりました。現在は、そのプロジェクトを通じて知り合った、同じ価値観を持つ誠実な女性とお付き合いを始めています。肩書きや見栄えではなく、中身をしっかりと見てくれる彼女となら、今度こそ嘘のない、本当の意味での幸せを築いていけそうです。
◇ ◇ ◇
人の価値や幸せは、決して「肩書き」や「目に見える華やかさ」だけで測れるものではありませんね。一時的な見栄や欲に目がくらみ、大切な人を裏切るような真似をすれば、最終的には必ず自分自身にそのツケが回ってくるものです。
理不尽な思いをしたり、正直者が馬鹿を見るように感じて悔しい思いをすることもあるかもしれません。しかし、真面目に誠実に積み重ねてきた努力は、必ずどこかで誰かが見てくれているはずです。表面的な魅力に惑わされることなく、人としての「誠実さ」を一番に大切にして、前を向いて歩んでいきたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。