思い出の店で元恋人と再会
その日、私は経営企画を担当するA子さんと一緒に、高級レストランを訪れていました。取引先企業の担当者・C川さんとの会食が予定されており、少し早めに店の前に到着していたのです。
実はその店は、私にとって少し苦い思い出のある場所でした。社会人になりたてのころ、当時付き合っていたB美さんから別れを告げられた店だったからです。
当時の私はまだ将来の見通しも立たず、必死に働きながら生活していました。それでも、B美さんが「一度でいいから行ってみたい」と言っていたこの店にどうしても連れて行きたくて、少しずつお金を貯めて予約しました。
背伸びをして予約したその日。食事の終わりに、B美さんから「あなたといても先が見えない。別れてほしい」と告げられました。私は何も言い返せないまま、別れを受け入れるしかありませんでした。
今では会社を経営し、事業も少しずつ広がっています。それでも、その場所に来ると、当時の悔しさがふとよみがえりました。
元恋人からの心ない言葉
入口で受付を済ませ、席へ案内されるのを待っていると、近くから聞き覚えのある声がしました。振り向くと、そこにいたのはB美さんでした。どうやら彼女も同じ店を予約しているようで、誰かと待ち合わせをしている様子でした。目が合った瞬間、B美さんは少し驚いた顔をした後、昔と変わらない調子で笑いました。
「久しぶり。まさか、またこのお店で会うとはね。また背伸びしてここに来たの?」
最初は、ただのあいさつのつもりなのかと思いました。けれど、B美さんは私の隣にいたA子さんを恋人と勘違いしたのか、「あなた、彼女さん? この人と一緒にいても、将来性なんてないわよ」と、声を落とすこともなく言い放ちました。
私が「いや、彼女は……」と答えようとすると、A子さんが落ち着いた声で返しました。
「私は仕事で同行している者です。彼は今、ホテル・イベント事業を手がける会社を……」
しかしB美さんは、最後まで聞く前に、肩をすくめました。
「へえ、そうなんだ。うまくいっているならいいけど」
その言い方には、小バカにするような響きがありました。私は一瞬、言葉に詰まりましたが、感情的になる必要はないと思い、静かに受け流しました。
取引先の言葉で変わった空気
そのとき、店の入口にC川さんが別の担当者とともに姿を見せました。私たちに気付くと、すぐに歩み寄ってきました。
「社長、お待たせしました。先日はどうもありがとうございました」
C川さんはそう言って、丁寧に会釈してくださいました。
私はA子さんと共にあいさつを返し、「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます。今回ご一緒できることを、私どもも楽しみにしています」とあいさつをしました。
そのやりとりを聞いていたB美さんは、驚いたように「社長……あなたが?」と小さな声で言いました。先ほどまでの余裕のある表情は消え、私とC川さんを交互に見ていました。
私は責めるつもりも、過去のことを持ち出すつもりもありませんでした。ただ、今の私を仕事相手として信頼してくれる人が目の前にいる。それだけで十分だと思えました。
そのとき、スタッフの方がやって来て、私たちはそのまま席へ案内されました。振り返ると、B美さんは驚いたような表情のまま、こちらを見ていました。
その後、C川さんの会社とのプロジェクトは正式に進むことになりました。もちろん、それはB美さんに何かを証明するための仕事ではありません。これまで積み重ねてきた提案や信頼関係が、少しずつ形になった結果だと思っています。
まとめ
当時の私は、「先が見えない」と言われたことに深く傷つきました。けれど今は、悔しかった過去よりも、目の前の仕事に向き合い続けてきた時間のほうが、自分を支えてくれていると感じます。
B美さんに再会して、当時の悔しさがよみがえったのも事実です。それでも、あのころの自分を否定し続ける必要はもうないのだと思えました。
これからも、支えてくれる仲間や取引先との信頼を大切にしながら、自分たちらしい事業を育てていきたいと思っています。言い返すのではなく、目の前の仕事を積み重ねてきたことが、今の私なりの答えになっているのだと感じました。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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