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義父が亡くなり「使えない嫁は出ていけ!」義母が豹変→迎えにきた私の母を見て…義母が青ざめたワケ!

マイホーム貯金のために夫と住んでいたアパートを引き払い、義実家に引っ越すことになりました。しかし一緒に暮らし始めてすぐに、義父が突然倒れてそのまま帰らぬ人に……。

悲しみに明け暮れていたのもつかの間、義父が亡くなったとたん、義母は人が変わったように身勝手な行動をするようになったのです。

 

義父の急死と義母の豹変

義父は、非常に厳格な人で、義母は常に義父の顔色をうかがいながら完璧に家事をこなしていました。しかし義父が亡くなり、義父の目を気にする必要がなくなった反動なのか、義母は家事を一切やらなくなってしまったのです。それだけでなく、すべての負担を私に押しつけるようになりました。

 

同時に嫌がらせも始まりました。ある日、私が掃除機をかけたばかりだというのに、義母はソファに寝転んで、わざとクッキーのかすが落ちるように食べ、食べ終えた手をパンパンとその場ではたきました。再度、掃除機をかけようとすると、「今テレビを見ているんだから後にして!」と、応じてくれず……。

 

ほかにも、自分の食べた食器すら下げず、脱いだ服も放置したまま。私が片付けなければ、家はあっという間にゴミ屋敷になってしまいそうでした。

 

そんな生活が数カ月続き、私のストレスは日に日に大きくなっていきました。夫は私からの相談を受け、状況は把握していましたが、仕事が忙しく、なかなか義母と話す時間を作れず、すぐに改善することができずにいました。

 

 

夫の事故と「出ていけ」発言

そんな生活を送っていたある日、私に夫の会社から電話が入りました。夫が通勤中に交通事故に巻き込まれ、病院に運ばれたというのです。私は血の気が引き、慌てて義母に伝えて一緒に病院に向かおうとしました。

 

しかし、義母は面倒くさそうな顔をして「私は着替えるのが面倒だから行かないわ」と言い放ったのです。自分の息子の緊急事態だというのに、信じられない態度でした。

 

幸い夫は、命に別状はありませんでしたが、けがの治療や検査などで、しばらく入院することになりました。その日から、仕事が終わってから病院にお見舞いに行き、帰宅してからは休む間もなく義母にこき使われる日々が始まりました。

 

夫が入院したことで家を留守にする時間が増えた私に対し、義母は心配するどころか「夕飯の時間が遅い」「もっと早く帰ってきて家のことをしろ」「そんなに毎日行く必要があるのか?」「うるさいから掃除も洗濯も夜はするな」と文句ばかり。

 

疲れ果てていた私は、ついに義母に「自分の身の回りのことくらいは自分でしてください」と反論しました。すると義母は逆ギレし、「使えない嫁は出ていけ!」と私に向けて怒鳴ったのです。

 

それ以上何かを言い返す気になれなかった私は「わかりました」とだけ告げ、実家の母に電話をして助けを求めました。

 

てっきり私が義実家でうまくやっていると思っていた母は、事情を聞いて絶句し、その後「許さない」と静かに怒りをにじませました。そして翌日、母はとんでもない行動力を見せたのです。

 

 

迎えにきた母の姿が……

インターホンが鳴り、義母が出ると、そこには、なぜか着物を着た私の母が立っていました。母の後ろには、叔父、さらにいとこの男性たちが数人。男性陣は皆、スーツ姿で無表情に並んでいました。

 

「あら? お母さん……え? 後ろの方たちは……?」と言葉をつまらせながら、物々しい雰囲気に青ざめる義母に対し、母は冷静に言い放ちました。

 

「娘に『出ていけ』とおっしゃったそうですね。お望み通り、今日限りで娘を連れて帰ります。◯◯くん(夫)の了承も得ています。彼の身の回りのことも今後はこちらで支えます。今後のあなたの生活費や家事についてはご自身でどうにかしてくださいね」

 

義父が亡くなった後、働いていない義母には生活費に充てられるような収入や預貯金がほとんどありませんでした。そのため、義母の生活費は私たち夫婦の収入から捻出されていました。母は事前にその事実を私から聞いており、私たちが家を出れば義母が金銭的にも生活面でも立ち行かなくなることを見越していたのです。

 

突然のことにあぜんとする義母をよそに、母は連れてきた男性陣に「お願い」とひと言。すると、スーツ姿の叔父やいとこたちが「はいっ」と一斉に返事をしました。まるで任侠ドラマのワンシーンのような光景に、私も思わずあぜんとしてしまいました。そして、私と夫の荷物はあっという間に運び出され、私は実家に帰ることに。

 

実家に帰る車の中で、母に着物を着ていた理由を聞くと、そのときちょうど任侠ドラマにハマっていたそうで、亡くなった祖母の着物を引っ張り出して気合いを入れるために着たと言っていました。叔父やいとこの男性陣を集めたのは、急だったため引っ越し業者の予約が取れなかったから。どうせならと思い、スーツ着用をお願いしたそうです。みんな笑って母に付き合ってくれて、冗談で私のことを「お嬢」と呼んだりして楽しく実家に帰りました。

 

その後、退院した夫と話し合い、私たちは二度と義実家には戻らないことを決意しました。夫も義母の態度に見切りをつけ、最低限の生活費の援助だけをして距離を置いています。私は今、新たに借りたアパートで夫と穏やかな生活を送っています。

 

◇ ◇ ◇

 

家族であっても、お互いを尊重し合う関係が築けないのであれば、物理的な距離を置くことも自分を守るための大切な選択です。ひとりで抱え込まずに信頼できる人に助けを求め、自分の心と穏やかな生活を守りたいですね。

 

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

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ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

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