社長から任された社員旅行
僕が入社して間もないころ、会社では新しく女性社長が就任しました。彼女は社員同士の交流を大切にする人で、社内イベントにも積極的でした。
以前、僕は創立記念イベントの幹事を担当し、無事に成功させたことがあります。そのとき社長から「次も君にお願いしたい」と言っていただき、数カ月後、社員旅行の幹事も任されることになりました。
僕が考えたのは、業界でも有名なメーカーの工場見学を中心にしたプランです。駅から離れた場所だったため、移動しやすく社員同士も交流できる貸切バスを手配しました。社長も「いい企画だね」と賛成してくれ、準備は順調に進んでいったのです。
バス旅行に反対する同期
ところが、同期のA男だけは不満そうでした。
「バス旅行なんてセンスなさすぎw」
「新幹線で行ったほうが絶対ラクだって」
僕は「工場は駅から離れているし、この方法が一番効率がいいんだ」と説明しましたが、A男は不満そうな表情を浮かべるだけでした。
その後、旅行の数週間前になって、社長から「どうしても外せない出張が入ってしまった」と連絡がありました。
「本当は参加したかったんだけど……今回はみんなを頼むね」
社長は申し訳なさそうにそう話し、僕は「わかりました。当日は任せてください」と答えたのですが……。
当日、バス停にいたのは…
旅行当日の朝、家を出ようとした僕に社長から電話がかかってきました。
「さっき先方から連絡があってね。出張がなくなったから、予定どおり参加できそうなの」
突然の知らせに驚きましたが、とてもうれしく思いました。急な変更だったため社員へ連絡する時間はなく、そのまま僕は集合場所へ向かいました。
ところが、バス停にいたのは僕と社長だけ。貸切バスは待機しているのに、社員は誰一人やって来ません。
嫌な予感がしてA男へ電話をかけると、「俺たち?もう新幹線に乗るところだけど」という信じられない返事が返ってきたのです。A男の話では、社員たちはすでに全員新幹線乗り場へ集まっているとのことでした。
さらに、「バス旅行なんて付き合ってられないって。お前は一人で工場見学でも楽しんでw」と言い放ち、電話は一方的に切られてしまいました。
僕はあまりの出来事に言葉を失いました。事情を説明すると、社長も驚いた表情を浮かべます。
「ここまで準備してくれたんだから、予定どおり行こう」
その言葉に背中を押され、僕たちは貸切バスを出発させることにしました。
夕方、社員たちと合流すると…
工場見学はとても充実した内容でした。社長も「参加できてよかった」と笑顔で話してくださり、僕も少しだけ気持ちが落ち着きました。
その日の夕方、宿泊先のホテルで他の社員たちと合流しました。社長の姿を見るなり、社員たちは「えっ!? 社長も来ていたんですか!?」と驚いた様子。
話を聞くと、新幹線で向かった先では予定していた観光施設が臨時休館で、急きょ別の行き先を探すことになったそうです。
「やっぱり最初の予定のほうが良かったよ」。社員たちからは、そんな声も上がっていました。
社長が事情を尋ねると、社員たちは口をそろえて言いました。
「数日前に、A男さんから『幹事から頼まれて予定変更を連絡しています』と個別にメッセージが届いたんです」
その話を聞き、僕は初めて、A男が僕の名前を使って社員たちへ連絡していたことを知りました。
自業自得の末路
社長はA男の前まで歩み寄り、静かな口調で尋ねました。
「A男くん、どういうことか説明してくれる?」
その瞬間、A男は初めて社長が参加していたことに気づいたようで、顔色が変わりました。しばらく黙り込んだあと、観念したように口を開いたのです。
「僕の企画のほうが絶対いいって思ってたんです」
「コイツばっかり評価されるのが、正直面白くなくて……」
僕への対抗心から、勝手に予定を変え、社員たちを自分の計画へ誘導していたのでした。
社長は静かに言いました。
「自信を持つことは悪いことではありません。でも、人の仕事を壊してまで得ようとした評価に、本当の価値はありません」
今回の件は社内でも問題となり、A男は厳重注意を受け、周囲からの信頼も失うことになりました。一方、社長は僕に「今回も最後まで責任を持って準備してくれてありがとう」と声をかけてくださいました。
誰もいないバス停に立ったときは、本当に頭が真っ白になりました。でも、人を蹴落として得る評価は長続きしません。誠実に積み重ねた努力こそが、最後には信頼につながる――そう実感した出来事です。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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