家族で支える高い技術力を持つ町工場
私は大学卒業後、実家の町工場で広報と営業を担当しています。うちの町工場は、祖父が一代で築いた会社です。現在は父が社長を務めていますが、会長となった祖父も現役の職人として工場に立っています。
兄も職人として加工を担当し、姉は製品のデザインや設計を手掛けています。母は経理事務、祖母は家事を担いながら会社を支えてくれています。そして大学生の弟も、卒業後は入社する予定です。
小さな町工場ではありますが、うちには高精度の加工技術があります。その技術を生かし、精密部品や精密機器を扱う大手専門商社のA社が企画・販売する製品に使われる部品を製造していました。
両社は「日本のものづくりを世界へ広める」という目標を掲げ、長年にわたって協力してきました。うちの町工場が部品の製造を担い、A社が完成した製品を販売することで、互いの会社を成長させてきたのです。
しかし、ある日、A社の社長が急逝しました。長年の付き合いがあった私たち家族は大きな悲しみに包まれます。同時に、今後も取引を続けられるのかという不安も感じていました。
そんな私たちのもとを訪れた先代社長に長年仕えてきた秘書は、私たちに向かって「これまでと変わらぬ付き合いを続けるよう、生前の社長から言われています」と説明しました。その言葉を聞き、私たちはひとまず胸をなで下ろしたのです。
町工場を見下す新社長からの無茶な要求
先代社長の四十九日を終えたころ、1台の高級車が工場の前に止まりました。車から降りてきたのは、先代社長の息子であり、新社長に就任したB男でした。
工場に入ってきたB男は、開口一番、「油くさい」「古くさい」「ただのごみだめだ」と言い放ちました。遅れて駆け付けた秘書が、慌てて「こちらの町工場は、わが社の製品を支える大切な取引先です!」とたしなめますが、B男は聞く耳を持ちません。
「これからは俺が社長だ。俺は親父のやり方とは違うぞ!」
「次回の発注分から、納入単価を半額にしろ。応じられないなら、今後の契約は終了だ」
あまりにも一方的な要求に、私たち家族は言葉を失いました。現在の価格でも、材料費や人件費を考えれば、決して余裕があるわけではありません。半額にすれば、品質を保ちながら製品を作り続けることは不可能でした。
私が「十分な協議もないまま、卸価格を半額にするという条件には応じられません」ときっぱり断ると、B男は得意げに笑いました。
「だったら契約終了だ。うちとの取引がなくなったら、こんな町工場はすぐにつぶれるだろ」
しかし、私は動じることなく答えました。
「わかりました。その条件でなければ取引を続けられないということでしたら、契約終了で構いません」
すると、隣にいた母が小さく笑い、「何も知らないようだね」と、B男には聞こえない声で私に耳打ちしました。
実は、うちが作る部品は、A社が扱う主力製品の一つに使われ、その性能を左右する重要なものでした。特殊な技術が必要で、同じ品質の部品を安定して作れる工場はほとんどありません。そのため、長年にわたり製造を担っていたのは、ほぼうちだけだったのです。
先代社長や秘書、A社の担当部署は、その重要性を十分に理解していました。しかし、B男の言動を見る限り、うちの部品がA社にとってどれほど重要なのか、理解していないようでした。
父も「その条件では取引を続けられない」と、はっきり伝えました。それでもB男は考えを変えず、一方的に契約終了を通告して工場を後にしました。
後から秘書に聞いた話では、A社の購買担当者や品質管理部門は、代わりの工場がすぐには見つからないとして、契約終了に反対していたそうです。それでもB男は「社長の決定だ」と押し切り、契約書に定められた手続きを進めました。
数日後、A社から契約書の定めに基づく正式な解約通知が届きました。父は顧問弁護士に契約内容を確認してもらい、すでに受注していた製品は予定どおり納品した上で、それ以降の新規受注には応じないことにしたのです。
契約終了をきっかけに依頼が相次ぐ
うちには独自に開発した製造技術に関する特許がありました。しかし、特許技術だけで製品が完成するわけではありません。熟練した職人による細かな調整や、図面には表せない加工上の工夫も、品質を保つために欠かせないものでした。A社との契約には、契約期間中、この技術を使った製品をA社以外には販売しないという独占販売条項がありました。
契約終了の知らせが業界に広まると、複数の企業から次々と問い合わせが入りました。中には、従来よりも好条件で取引したいと申し出る企業もありました。さらに、宇宙関連機器を扱う企業から、うちの極小部品を使った試作品を作れないかという相談まで寄せられました。
それから数カ月後、業界内の知人から、A社が別の工場に代替部品の製造を依頼したものの、必要な精度や耐久性を満たせず、納品後の不具合が相次いでいると聞きました。販売先からは、返品や再製作、納期遅延への対応を求められているとのことでした。
その話を耳にして間もなく、顔を青くしたB男が工場へ乗り込んできました。
「他の工場じゃ、同じ品質の部品を作れないんだ! 今まで通り、うちに製品を卸せ!」
その身勝手な要求に、祖父と父は激怒しました。
「職人を何だと思っているんだ。こちらを見下しておいて、困ったときだけ頼るつもりか!」
責任を問われた新社長と成長を続ける町工場
するとB男は急に態度を変えて、「親父の代から付き合いがあったんだろ? 俺のことも助けてくれよ!」と協力を求めてきました。しかし、私はきっぱりと断りました。
「契約を終了させたのは、あなた自身です。自分の言葉と判断には責任を持ってください」
その後、A社では商品の供給の遅れが長引き、販売先から契約の見直しや取引停止を申し出られるようになったそうです。その後、A社の取締役会で経営判断の責任を問われ、代表取締役を解職されたと聞きました。
うちの町工場には、以前より多くの依頼が寄せられるようになりました。家族と従業員は力を合わせ、新たな取引先の要望にも一つひとつ応えています。一方、B男は、先代社長が長年かけて築いた取引関係を、自らの判断で失うことになったのでした。
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会社の規模だけで、そこで培われてきた技術の価値を測ることはできません。今回、B男は取引先への理解を深めないまま、一方的な条件を突き付けたことで、先代社長が長年かけて築いた信頼関係まで失うことになりました。会社を支えていたのは社長という肩書きではなく、職人の技術と、互いを尊重しながら積み重ねてきた協力関係だったのでしょう。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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