頼りになる夫だと思っていたのに…
「俺は毎日お前たちのために働いてるっていうのに、メシはこれだけ? 家も散らかってるし、1日中家にいるのに何してたんだよ!」
ある日、帰宅した夫は食卓を見るなり不満をぶつけてきました。
当時の私は、夜間の授乳で慢性的な睡眠不足。娘を抱えながら家事をするのも簡単ではなく、娘が眠った隙には、私もできるだけ体を休めるようにしていました。
ところが、夫にはそれが「怠けている」ように見えていたようです。
夫は、赤ちゃんはベッドに寝かせておけば眠り、多少放っておいても問題ないと思っていました。私が育児の大変さを説明しても、まともに聞こうとはしてくれません。
「少しでいいから、家事や育児を分担してほしい」と頼んだこともありました。
しかし夫から返ってきたのは、「お前、育児するために育休取ったんだろ? 何のための休みだよ。文句があるなら俺より稼いでから言えよ」という言葉でした。
結婚前の私は、はっきりものを言う夫を「男らしい人」「頼りになる人」だと思っていました。しかし一緒に生活してみると、夫は自分の考えを押し通そうとすることが多く、気に入らないことがあると声を荒らげることも……。
それでも私は、「子どもが生まれたら、父親としての自覚が芽生えるかもしれない」と期待していました。
残念ながら、その期待は裏切られてしまったのです。
ワンオペ育児と暴言の毎日
娘が生まれてからも、夫の態度はほとんど変わりませんでした。
私がおむつを替えていると、「汚いな。そんなの別の場所でやってくれよ」と嫌そうな顔をし、部屋に置いてある娘のおもちゃや育児用品まで「邪魔だ」と文句を言いました。
特にひどかったのが、娘が夜泣きをしたときのことです。
「うるさくて眠れない! 早く泣きやませろよ! 俺は明日も仕事なんだぞ!」
夫が大きな声を出すと、娘は一瞬驚いたように泣きやみましたが、その後さらに激しく泣きだしてしまいました。そのたびに私は娘を抱き上げ、夫を刺激しないよう別の部屋へ移動してあやしていたのです。
ある夜には、「こんなにうるさいなら、子どもなんていらなかったな」とまで言った夫。
その言葉を聞いた瞬間、私は何も言い返せませんでした。
家事と育児で毎日クタクタになっていた私の隣で、夫は帰宅するとソファに座ってスマホを眺めるばかり。
「2人の子どもなんだから、2人で育てるのが当たり前でしょう?」
とうとう我慢できなくなった私がそう言うと、夫は不機嫌そうに立ち上がり、大きな足音を立てて別の部屋へ行ってしまいました。
この人と、この先も家族としてやっていけるのだろうか――そんな不安を抱くようになった私は、それでも何とか夫に父親としての自覚を持ってもらいたいと思っていました。
ところが数日後、その気持ちを完全に打ち砕く出来事が起こったのです。
「俺にうつすなよ」私より自分の心配をする夫
その日は、朝からひどい倦怠感がありました。念のため体温を測ってみると、39度台。起き上がるのもつらく、とても普段どおり娘のお世話ができる状態ではありません。
生後3カ月の娘と2人きりで過ごすことにも不安を感じ、私は夫にこんなメッセージを送信しました。
『39度以上の熱があって起き上がれない。今日はできるだけ早く帰ってきて、娘のお世話をお願いしたい』
しばらくすると、夫から返信が届きました。
『風邪か? 俺にうつすなよ。うつされたくないから、しばらく外に泊まるわ。治ったら連絡して』
目を疑いました。
『じゃあ、娘はどうするの? 私ひとりじゃ無理だよ』と送ると、『俺に面倒見られるわけないだろ。それに娘にもうつってるかもしれないじゃん。だったら余計に帰れない』と返ってきたのです。
その後、何度連絡しても返信はありませんでした。
私は仕方なく実家に連絡。事情を聞いた母がすぐに駆けつけてくれ、娘の世話を引き受けてくれました。おかげで私は病院を受診し、その後は体を休めることができました。幸い、娘には目立った体調の変化もありませんでした。
布団の中で休みながら、私は何度も夫とのやり取りを読み返しました。
そして、ようやく気づいたのです。
夫が求めていたのは、家族として支え合う相手ではなく、自分の身の回りのことをしてくれる都合のいい存在だったのではないか、と。
夫婦としてやり直したいという気持ちは、そのとき完全になくなりました。
高熱の妻と娘を置いて逃げた夫を待っていたもの
数日後、私の熱は下がりました。しかし、夫には連絡しませんでした。
体調が落ち着いた私は娘を連れて実家へ身を寄せ、今後について両親に相談。これまで夫から言われたことや、されたことを振り返りながら、私は離婚も視野に入れて準備を始めました。
すると、しばらくして夫のほうから連絡が来たのです。
『そろそろ治っただろ? 家に帰ったらお前も娘もいないし、なんで連絡してこないんだよ』
そこにも、私の体調や娘を心配する言葉はありませんでした。
私がすぐに返信しないでいると、何度も着信がありました。あまりのしつこさに電話へ出ると、夫はいきなり怒鳴りつけてきたのです。
「いい加減にしろよ! 俺が外食ばっかりで体調崩したらお前のせいだからな!」
「俺が稼げなくなったら困るのはお前だろ? 治ったなら早く帰ってきて、ちゃんと家のことやれよ!」
その言葉を聞いて、迷いはなくなりました。
私は落ち着いて、「もうあなたの世話をするために帰るつもりはないよ。これからのことは、きちんと話し合いたい」とだけ伝え、電話を切りました。
その後、専門家にも相談しながら、離婚に向けた話し合いを進めた私。夫に言われた暴言や、これまでの出来事は日付とともに記録しており、一部のやり取りや発言も残していました。それらを整理し、必要な資料をそろえたのです。
夫は当初、私が本気で離婚を考えているとは思っていなかったようです。しかし私の意思は変わりませんでした。話し合いだけでは折り合いがつかなかったため、最終的には家庭裁判所での調停を経て離婚することになりました。
娘の親権は私が取り、私は娘との新しい生活をスタート。実家の両親のサポートを受けながら、慣れない育児に奮闘しています。
離婚後、共通の知人から聞いた話では、元夫の生活は悲惨なことになっているそう。私が家事をすべて担っていたためか、ひとりになってからは生活がかなり乱れているようです。
しかし、その惨状を聞いても、もう以前のように「私が何とかしなければ」とは思いませんでした。
夫の生活は夫自身が整えるものです。私が守るべきなのは、夫の暮らしではなく、娘との生活でした。
あのとき高熱を出したことは本当につらい経験でしたが、夫の言葉をきっかけに、それまで目をそらしていた夫婦関係と向き合うことができました。
今は娘が安心して過ごせる毎日を何より大切にしています。
◇ ◇ ◇
育休中は仕事を休んでいても、育児に追われ、十分に体を休められないこともあります。特に乳児期は、授乳やおむつ替え、寝かしつけなどが昼夜を問わず続き、体調を崩したときには周囲の助けが必要になることも。
どちらか一方だけに家事や育児の負担を押しつけるのではなく、夫婦がお互いの状況を理解し、困ったときには補い合いながら、家族として支え合うことが大切ですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。