義母「私たちの部屋は?」同居を断ればローン払え!?⇒夫「そう言うなら…」最後に義両親が失ったモノ

私は夫と娘の3人で暮らしています。何度も間取りを考え、少しずつ貯金を増やし、ようやく完成した念願のマイホーム。将来もう1人子どもが増えてもいいように、空き部屋も1室設けました。
夫は次男です。義両親は義兄夫婦と同居していたため、次男夫婦の私たちへの干渉はほとんどありませんでした。新居のことも軽く話した程度でしたが、ちょうどそのころ、義兄夫婦が同居を解消して出ていってしまって――。
急に始まった新居チェック
義兄夫婦が同居を解消した理由は、義母が家事や育児にたびたび口を出し、それに疲れてしまったからでした。そのため、義両親は毎月入っていた生活費がなくなり、住宅ローンの返済もまだ数年残っていたことから、以前より家計が厳しくなっていたようです。
それまでわが家にほとんど関心を示さなかった義母から、頻繁に電話がかかってくるようになりました。
「新しいお家、広くて良いわね。何部屋あるの? 引っ越しはいつなの?」「子どもはまだ1人だから、一部屋くらい余るんでしょう?」
電話のたびに、新居のことを探るような質問をする義母。夫も何か感じたのか、「俺たちは同居するつもりはないからね」と釘を刺しました。しかし義母は、「やだ、そんな話してないじゃない!」と軽く笑ってごまかします。
嫌な予感は消えないまま、私たちは引っ越しの日を迎えました。段ボールに囲まれた新居のリビングで、新しい生活への期待に胸を膨らませていたとき、インターホンが鳴ったのです。
私たちの部屋はどこ?
モニターに映っていたのは義両親。しかも、足元にはキャリーケースまで置かれていました。玄関を開けると、義母は新居をのぞき込み、あいさつもそこそこに言ったのです。
「私たちの部屋はどこ?」
一瞬、意味がわかりませんでした。夫が用意できる部屋などないと伝えると、義母は、「でも、一部屋空いてるんでしょう? だったらそこを使えばいいじゃない」と当然のように返しました。
話を聞くうち、義両親は住宅ローンを払い続けるのが厳しく、このままでは実家を手放すことも考えなければならないため、その場合は私たちと同居するつもりだったことがわかりました。
ところが、夫が同居を断ると、義父は「一緒に住まないっていうなら、実家のローンくらい払ってくれてもいいだろ」と言い出したのです。同居を受け入れるか、それが嫌ならお金を出すか。あまりに一方的な要求に、頭の中が真っ白になりました。すると夫が口を開きました。
「悪いけど今日は泊められないよ。荷物も持って帰って。そこまで言うなら、こっちも今後のことを考えるから」
義両親は不満そうでしたが、夫が引かないとわかると、しぶしぶ帰っていきました。ただ、夫の最後の言葉を都合よく受け取ったのか、帰り際はどこか期待している様子でした。
夫が終わらせたこと
静まり返ったリビングで、私は夫と向かい合いました。「まさか、本当にローンの手伝いをするの?」と尋ねると、夫は首を横に振りました。
実は、私たち夫婦は、以前から夫の希望で義両親へ毎月数万円の仕送りをしていました。さらに、冷蔵庫や洗濯機などの大型家電が壊れた際など、急な出費のときにも何度か援助してきたのです。
「無理のない範囲なら」と私も了承していましたが、義両親にとっては、いつしかそれが当たり前になっていたようです。夫は「このまま援助を続けるのは違うと思う」と話しました。
数日後、夫は義両親と改めて話をすることにしました。そして、はっきりと伝えたのです。
「同居はしないし、実家のローンも出せない。俺たちもこれから自分の家のローンを払っていくことになるから、毎月の仕送りも今月分で終わりにするよ」
義父は「親を見捨てるのか!?」と声を荒らげましたが、夫の表情は変わりませんでした。
「兄さんたちが出ていった理由はわかってるだろ。俺たちの家や援助を当てにするんじゃなくて、これを機に自分たちの生活を見直してほしい」
義両親は、しばらく何も言い返せませんでした。
空き部屋は今……
夫は最後に、「本当に今のままローンを払っていくのが厳しいなら、一度不動産会社に相談して、家を手放すことも考えたほうがいいよ」と伝えました。すると義両親は、「お前たちも一緒に住ませてくれないのに、この家まで手放せっていうのか!?」と反発。長年暮らしてきた家だけに、簡単には手放したくなかったようです。
それでも長男夫婦が戻ることはなく、私たちからの援助も途絶えたまま。しばらくして、義両親もようやく不動産会社へ相談したそうです。家を売れば残りの住宅ローンを払い切れる見込みだとわかり、悩んだ末に売却を決めたとのことでした。
その後、義両親は以前よりコンパクトな住まいへ転居しました。私たちも夫婦で相談し、これを最後の援助として、引っ越し費用の一部だけを負担することに。それ以降は、必要以上に踏み込まない距離感で付き合っています。
ある日、荷ほどきが落ち着いたころ、義母から「私たちの部屋はどこ?」と言われた、あの一室をのぞきました。今では、家族で選んだ小さな家具や娘のおもちゃが並び、娘もそこで楽しそうに遊んでいます。この家は、私たち家族が暮らしていくための場所なのだと、改めて実感したのでした。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※一部にAI生成画像を使用しています。
新居への同居を当然のように求め、断られると住宅ローンの肩代わりまで要求してきた義両親。そんな身勝手な態度に、夫はこれまで続けていた仕送りを打ち切ることを決断しました。
親だからといって、子どもの住まいやお金を自分の都合であてにしたり、家庭の決定に踏み込んだりしていいわけではありません。義両親とは、お互いの生活や意思を尊重しながら適切な距離感で付き合っていきたいですね。
さて、次にご紹介するのは、嫁を「他人」と冷遇してきたにもかかわらず、突然金銭的な援助を求めてきた義母のお話です。義父が倒れたことをきっかけに、月15万円もの仕送りを要求してきた義母。しかし、妻は以前からある準備を進めていて……?
義母「月15万お願い!家族でしょ?」義父が倒れ、仕送り要求→散々「他人」といびられた私の大逆転劇

私は結婚を機に、義実家の近くに家を借りて、夫と2人で暮らしていました。そんな私ですが、義実家で「家族」として扱ってもらえません。義母からは「嫁は他人。家族になったと思わないで」と冷たく言われ……。
家族の外食や旅行には誘われず、夫のいとこの結婚式でさえ、私だけお留守番。いつになったら家族として認めてもらえるのか義母に問うと、「子どもを産んでからね」と一蹴されました。
義母自身も姑から厳しくされた過去があるそうですが、今は令和。家族と認めてくれなくてもいいので、せめて私を家政婦扱いするのはやめてほしいと思っていました。
自分たちが外出している間、広い義実家の掃除を私に押しつけ、「嫁は他人。ただの家政婦だから」と放った義母の言葉は、今でも胸に深く突き刺さっています。
都合のいいときだけ家族扱い?
あまりの理不尽な扱いに耐えかね、夫に不満をぶつけたこともありました。しかし、夫は面倒がって知らんぷり。
さらに厄介なことに、親戚の中には、私が親戚の集まりに参加しないことを「付き合いの悪い怠惰な嫁」と誤解している人もいました。義母に「参加してはいけないのなら、その理由を親戚にちゃんと説明してほしい」と伝えると、義母は鼻で笑うだけでした。
仲間外れにするくせに、都合よく家の雑用だけを押しつけられる日々。「他人」と言うなら、なぜ私に家のことをさせるのか……。納得がいかず、私の心の中には不満が蓄積していきました。
しかし、すぐに離婚に踏み切る勇気もなく、私は耐えるしかありませんでした。そんな生活が1年ほど続いたある日のことです。突然、義父が病気で倒れてしまいました。すると、義母から慌てた様子で連絡が来たのです。
「お父さんが倒れて、年金だけじゃ生活できないの……」
「ひとまず月15万でいいから」
「家族でしょ? お願い、助けてちょうだい」
義父が倒れたとたんに、手のひらを返したように家族認定。急に月15万円もの仕送りを要求されても、応じられるわけがありません。そもそも、応じる義理もないと思っていました。
着々と準備を進めていた私
「は? なぜ他人に?」
私はひと言だけ返しました。少し乱暴な言葉になってしまいましたが、常日頃から義母が私を「他人」「家族ではない」と扱ってきた以上、都合のいいときだけ頼られても応じる気にはなれませんでした。
義母は「あれは言葉のあやだった」と慌てて言い訳をしてきましたが、散々冷遇されてきた私が「はい、そうですか」と素直に仕送りを引き受けるはずがありません。それに、私は夫との離婚を決意していました。離婚すれば名実ともに完全な他人になります。
私の強い意思を知って、義母は「離婚なんてやめておきなさい」と引き留めてきました。都合よく使える家政婦がいなくなるのは、さぞ困るのでしょう。
実は私、いつかこんな日が来るかもしれないと考え、以前から資格取得に向けて勉強を続けていました。その努力が実り、少し前に専門職として正社員の採用内定をもらっていたのです。これで、私ひとりでも十分に自立して生きていけます。
「お父さんが大変なときに見捨てるなんて」と義母から非難されましたが、何を言われようと知ったことではありません。そもそも、義両親が金銭的に苦しいのは今に始まったことではありませんでした。
義父は以前、自営業を営んでいましたが、数年前に経営難で廃業。それ以来、義父は細々とアルバイトで収入を得ていました。しかし、それでは足りず、年金と貯金を切り崩す生活だったにもかかわらず、義母の浪費癖がひどく、生活費が底をつきかけていたようです。
本来なら、義母が頼るべきは実の子どもたち、夫や義妹であるはずです。なぜ、散々「他人」と蔑んできた私に助けを求めるのか、まったく理解できませんでした。
本当の味方は誰なのか
夫も離婚に同意したため、1カ月後には協議離婚が成立。新しい生活を始めていた私のところに、元義母から再び泣きすがるような電話がかかってきました。「もう頼れる人はあなたしかいないの……」と。
話を聞くと、元義母が元夫と元義妹に援助を求めたところ、2人とも理由をつけて断ったのだそうです。現在、元義母はたったひとりで元義父の介護とパート掛け持ちの生活に追われ、休む暇もないとのことでした。
元夫については、私と離婚した後、精神的なショックや生活の変化から仕事もうまくいかなくなり、会社を辞めて実家に引きこもっているそうです。元義母は「家族だったよしみで助けてほしい」と懇願してきました。
しかし、私には家族として温かく迎え入れてもらった記憶が一切ありません。私なりに家族になろうと努力したつもりでしたが、それを拒絶したのは元義母のほうです。もし本当の家族として絆を育めていたなら、私も決して見捨てたりはしなかったでしょう。
私は元義母の頼みをきっぱりと断り、連絡先を変えました。元義家族との関わりを断ち切った私は今、仕事に打ち込み、充実した毎日を過ごしています。つらい日々の中でも、自暴自棄にならず自立のために努力して本当に良かったと思います。
◇ ◇ ◇
日々の思いやりの積み重ねがあってこそ、いざというときに支え合える絆が生まれるのではないでしょうか。嫁を「他人」と冷遇し、都合のいいときだけ頼ろうとした義母の行動は、身勝手と言わざるを得ません。理不尽な扱いを受けたときは、自分を守るために、勇気を持って「距離を置く」という選択をしたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
どちらの体験談も、義両親が子ども夫婦の生活や経済状況を顧みず、自分たちの都合で金銭的な援助を求めてきたことがトラブルの発端でした。家族であれば困ったときに支え合うことも大切ですが、援助を受けることが当たり前になってしまっては、良好な関係を保つことは難しいですよね。
また、日ごろから相手を尊重し、信頼関係を築いておくことも欠かせません。たとえ家族からの頼みであっても、無理な要求にはきちんと線引きをし、自分たちの生活を守るためにできることを考えていきたいですね。