義母に押し切られて義実家同居がスタート
妊娠がわかり、19歳で授かり婚をした私。それまでの私は、義実家とは車で40分ほど離れた土地でひとり暮らしをしていたのですが、おなかの子が男の子だとわかった途端、義母が「一緒に住もう」と言ってきました。
当時、義家族とはそれほど親しくなってはおらず、当然私は戸惑いました。でも、義母に「何かあったときのため!」と言われてしまうと、何も言い返せません。結局、渋々ながら同居を了承しました。
義実家同居が始まってからは、トラブル続きでした。私はつわりがひどく、ごはんを食べるのもやっとな状態で、車に乗っての長距離移動もダメ。それなのに義家族は、私を車であちこち連れ回すのです! もちろん、つわりのことは義母に伝えてあります。だけど義母から返ってきたのは「大丈夫だから!」とのひと言。
「義母の誘いを断って今後の義家族との関係が悪化したら……」と考えてしまった私はきっぱり断れず、行く先々で気をつかいながら義家族に隠れて嘔吐することも。休憩しながらお出かけに付き合いました。
後日、義姉家族や義母と一緒に出かけることになった際は、夫が仕事で同行できないにもかかわらず、海遊びに連れて行かれました。誰も私の体調を気づかってはくれず、つわりがひどい中での遠出は、本当に大変でした。
ごはんのときも、寝るときも気をつかう義家族との生活。ずっと家にいるのがイヤになった私は、せめて平日だけでも家を出ようと仕事を始めました。ところが職場でもいろいろあって……。
緊急入院が決まり…
そんな中、通院した際に羊水が減っておなかの子の成長がよくないと診断され、その年の11月末に緊急入院を余儀なくされてしまいました。
約1カ月の入院生活を経て、クリスマスイブの日に帝王切開で息子を出産。ただ、出産予定日よりも早く小さく生まれたため、赤ちゃんはすぐにNICU入り、退院するまで1カ月以上かかりました。
義父から衝撃的なひと言!
年が明けた2月ごろ、私たち夫婦はお互いの両親へ退院のあいさつに行くことに。そのとき義父が言ったひと言が今でも忘れられません。
義父は、私たちの息子を見て、「ま〜た子どもが増えた。増えるだけ増える。これじゃ誰が誰だかわからないな」と言ってきたのです! 夫は5人兄弟の4番目。当時、義父にとってはすでに5人の孫がいたとはいえ、小さな体で懸命に生き、ようやく退院できた孫に対して、あまりの言い草です。
このとき以来、私は、冷たいことを平気で言える義父の存在がトラウマになってしまいました。
骨と皮だけの小さな体に管をいっぱいつけられていた息子も、すくすくと成長して今は3歳に。ほかのお子さんと同じように、元気よく走り回る姿を見るだけで涙が出てきます。
義実家同居や出産、義家族との付き合いの中で、私はしみじみと思いました。気をつかいすぎてストレスを溜め、わが子を危険にさらすくらいなら、義家族であっても遠慮なく意見すべきだと――。そう思ってからは、私は義家族に対して自分の意見をはっきり伝えるようになりました。私が言動を変えたことで、初めは義家族と衝突していろいろ大変でしたが、今ではそこそこいい関係が築けています。
文/義家族 つらみさん
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