その口コミは、「揚げパンに虫が入っていた」「店が汚い」など、嘘ばかり。家族は嘘だと分かっているものの、お客さんが減り続けたため、両親はお店を畳むことを検討し始めました。
お店の前に、10円を握りしめた少女が
このパン屋には、たくさんの人と繋がった思い出が詰まっています。
私が学校終わりにパン屋の手伝いをしていた、12年前のある日のこと。お店の外からか細くて服が汚れた女の子がじっと中の様子を見てくることに気づきました。
私がそっと声をかけてみると、「これで……この10円で、あのパンの耳だけを売ってくれませんか?」と10円玉を差し出してきたのです。
母の声が響いて
パンの耳は本来50円。私は少女を不憫に思い、10円をもらってこっそりパンの耳を渡そうとしました。すると後ろから見ていた母に見つかってしまったのです。
母は「ふざけんじゃないよ! 金はいらないから、いくらでも持って行ったら良いんだ!」と山盛りのパンを大きな紙袋に入れて女の子に持たせました。
女の子は最初戸惑っていましたが、母のやさしさに触れて目を輝かせています。そして、笑顔で大量のパンを持って帰りました。
母は女の子の後ろ姿を見ながら「美味しいものを食べるとね、お腹だけじゃなくて心も満たされるんだ」と呟いていました。私はこんな素敵なお店が閉店することが、悔しくて仕方がありません。
閉店感謝セールに来た不穏な客
私たちは、にぎやかな思い出で終われるように、感謝セールを実施することに。SNSで告知をしたり、チラシを配ったりして、やれることは何でもやりました。
そして閉店当日、お店の前には長蛇の列が!
しかし、たくさんの常連さんに交じって、ガラの悪そうなお客さんが1人やってきました。高圧的な態度で「俺が前に買った揚げパンには虫が入ってたんだぜ?」「今日で店を畳むなら、この土地売ってくれ!」と周囲のお客さんに聞こえるように言い始めたのです。
店を守ってくれた女性は
すると、1人の女性が「ここのパン屋さん、昔から揚げパンはないですよ?」と助け舟を出してくれました。この女性の発言がきっかけになって、常連さんが「このお店はいつも清潔!」「虫なんて入っていたことないわよ!」と守ってくれたのです。
実はこの迷惑な男性は、悪徳不動産の従業員で、土地を狙っていたよう。常連客に詰め寄られ、男は逃げるように店を出て行きました。
少女の夢が動き出し
そして、助け舟を出してくれた女性は、12年前に母からパンをたくさんもらった女の子だったのです……! あれから遠くへ引っ越してしまったものの、SNSで閉店のことを知り、来てくれたとのこと。
母に出会ってから、パン屋さんになりたいと強く思った女の子は、現在製菓専門学校に通って、パン作りを学んでいるといいます。ひとつの出会いが、女の子の人生を大きく変えたのでした。
地域に愛されるパン屋に
お客さんに感謝を伝えるための閉店セールだったのですが、お客さんから口々に「閉めないで」と懇願されたことで、両親はお店を続けることを決意。そして悪質な口コミは嘘だったということもネットで広がり、今では客足が途絶えない人気店になりました。
誠実に生きていると、誰かがどこかで必ず見てくれているものですね。これからも地域に愛される両親のパン屋を、私なりに支えていこうと思っています。
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