「こんな安いスーパーで?」同僚がマウント
ある日の帰り道、同僚Aと同僚Bに、近所の某会員制スーパーの前でばったり会いました。
同僚たちは「おいおい、こんな安いスーパーでいつも買い物してるの?」と笑いながら言い、まるで私が“みすぼらしい選択”をしているかのような口ぶりでした。私は反論できず、曖昧に笑うことしかできませんでした。
そこにたまたま現れたのが、部長です。会社帰りに寄ることがあるそうで……。部長は「このスーパーはね、安いし、おいしいものも多いし、まとめ買いもできて便利なのよ」と言い、さらに私のほうを向いて「忙しいのにちゃんと自炊もして、あなたなかなかできるわね」と声をかけてくれました。
その瞬間、同僚Aと同僚Bの顔色が変わりました。2人は手のひらを返したように「素晴らしいお店ですよね!」と媚びるように言い出し、私は内心うんざり。それでも同時に、部長が私を“守ってくれた”ように感じたのです。
部長の存在がくれた、成長のきっかけ
翌日、出勤すると部長は私に言いました。「あなた、昨日あの2人に言われっぱなしになってたわね」。私が「でも、言い返せる資格なんて……」と答えると、部長は「働きぶりに不満はない。でもね、今のままだと今後に関わるの」と続けました。
そして部長は、私の弱点をはっきり指摘しました。「提案はいいのに、押しが足りない」と。思い当たる節ばかりでした。私はいつも「間違ったらどうしよう」「嫌われたくない」と考え、最後のひと押しができない。その結果、同僚に横から口を挟まれたり、成果を“持っていかれたり”することもありました。
転機が訪れたのは、新規事業の提案会議。部長が同席している場で、私が計画案を説明することになりました。質問が飛んできたとき、一瞬言葉に詰まりましたが、部長が小さくうなずいてくれた気がして、深呼吸して言い切りました。
終わったあと、部長は笑って言いました。「やればできるじゃない。これからは自信を持って」私は初めて、“成功体験”というものを手に入れた気がしました。ところが、私が少し前に進み始めたタイミングで、同僚Aが露骨に不満を口にするようになり……。
同僚からの嫉妬―そんなとき、大事な資料が…
さらに、過去の案件で小さなクレームが入ったと聞かされたときも、同僚Aは必要以上に私を責め立てました。私はそのたびに落ち込みそうになりましたが、部長の言葉が頭に残っていました。
――ミスを恐れて弱気でいるだけでは、何も伝わらない。私は少しずつ、言い訳ではなく「次にどうするか」を口にするようになっていきました。
そんな矢先、大きな相談案件の資料が忽然と消えました。データを復元できるかを今、確認しています。「相談まであと3時間しかない……」社内は一気に凍りつき、私は血の気が引きました。今まで積み上げてきたものが、たったひとつのミスで崩れる――そんな恐怖が押し寄せたのです。
同僚Aが時間調整の連絡をして、なんとか場をつないでくれましたが……私は胸が痛みました。私の案件なのに、また迷惑をかけている。そう感じたからです。
「あれ…?」ひとつのシールから露見した真実
みんなで印刷した資料を探しているとき、同僚Aが「見つけた……!」と声をあげました。ところが、次のひと言で空気が一変します。「……あれ?」同僚のひとりが、ファイルの端を指さして首を傾げました。「そのイルカのシール、Bちゃんがこの前『Aさんと水族館行った』って自慢してたやつじゃない? “期間限定でレアなんだよね〜”って」
静かだった社内が、別の意味で凍りつきました。Bの顔から血の気が引き、Aの表情も一瞬で固まります。AとBが「一緒に水族館へ行くほど親密な関係」であることが周囲に知られ、その後……。
私たちは印刷されていた資料をもとに改めてデータを作り直し、商談は無事に終了。そして今回の件は「資料紛失の経緯があまりにも不自然だ」として、部長が私と同僚A、Bから事情を聞くことになりました。
同僚AとB、そして私―それぞれのその後
するとどうやら、「同僚Bがデータを消して印刷物を隠す→Aが“見つける”→Aが救世主になる」という流れを仕組んでいたようでした。そうすれば、Aの評価は上がり、私の評価は下がる――2人はそんな企みをしていたのです。
結果、同僚AとBは周囲の信用を失い、居場所をなくして退職しました。人を見下し、都合よく利用していたツケは、思っている以上に早く回ってくるものなのだと思います。
一方の私は、以前より熱が入りすぎて「説明が細かすぎる」と注意されることもありましたが、それでも前よりずっと“自分の言葉”で仕事ができるようになりました。そして、自分を卑下する癖だけは、もう手放そう――そう心に決めたのです。
◇ ◇ ◇
人を見下したり、誰かを引きずり下ろしたりすることで、自分の立場を守ろうとする人は少なくありません。でも、そうした振る舞いは長い目で見れば、必ず自分自身に返ってきますよね。誰かをおとしめるのではなく、自分の足で前に進む——その選択こそが、本当の成長なのかもしれません。
【取材時期:2026年1月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。