上司からの話とは?
上司からの話は、こう始まりました。「△△食品は知っているな?」
健康食品などを主に扱う△△食品はわが社の大口取引先で、業界でも有名な企業。「実は、そこの社長と私の父が友人で。娘さんがいるんだがご縁に恵まれず、誰かいい人を……と頼まれたんだよ。で、君、どうかね?」
ぼんやり聞いていた私は仰天。「え? 私が△△食品の社長令嬢と、お見合いですか?」
上司いわく、私は浮いたウワサもなく勤務態度も真面目だからだとか。他に社内に適当な独身男性がいないからというのも透けて見えましたが。微妙な表情の私に、上司は見合い写真を撮りだしました。
「こちらが令嬢だ」。そこには厚化粧に瓶底眼鏡の、作り笑いの女性が写っていたのです。お世辞にも「美人」とは形容しがたい感じ……。私がテンションを下げたのを見て、上司も察した様子でした。
「この写真はまあアレだが、自社の開発部門で活躍している有能なお嬢さんらしいぞ」
うーん。実際会ってみたら写真とは印象が違うのかも? それに、私が選べる立場か……? こうして、嫌なら後から断ればいい、と言ってくれた上司の顔を立てるためにも、私は社長令嬢とお見合いをすることになったのです。
お見合い当日
私は指定された高級料亭の個室に通され、緊張の面持ちで待機。しばらくすると、ふすまがスッと開いて和服姿の女性が姿を現しました。
「初めまして」と言って顔を上げた女性。やはり、厚化粧に瓶底眼鏡で写真通りだったのです。人の好みはそれぞれですが、これは何とも……。
しかし彼女は気さくに話始めました。「今日は無理矢理ごめんなさい。私、昔から恋愛や結婚にまったく興味がなくて。両親が心配して、次々お見合い話を持ってくるんですが……。正直、今日も仕方なく来たんです。付き合わせてしまってすみません」と言って、ニコッと笑ったのです。
正直私は、「あれ? 意外と笑顔はかわいいな」と、思いました。
「でも、このお店、料理は絶品です。お食事だけでも楽しんでいってください」
こうして、おいしい料理とお酒のおかげで私と彼女はすっかり気分が良くなり、取りとめのない会話を交わし始めました。
ある計画を実行
聞けば彼女は、仕事と趣味の時間を大切にしていて、オシャレや化粧も好きではなく、普段していないため慣れていないのだとか。
そこで私は、「あなたは結婚する気がないのに、何度もお見合いをする必要があるんでしょうか?」と核心をついてみました。
「両親には言ったんだけど……。心配らしくて、いつも次の人の話を持ってくるのよ」と答える彼女。
それなら、とひらめいた私は「ご両親を説得できるまで俺とうまくいっていることにしませんか? そうしたら、しばらくはお見合いなんてしなくて済むでしょう?」と提案することに。
「え!? ご迷惑じゃ……」と驚いた社長令嬢に、酒の勢いもあったのか、私は気軽に請け負いました。「大丈夫ですよ! 俺には恋人もいないし、付き合っているフリくらい簡単ですよ。実際に俺と会う必要はありません。落ち着いたら、改めて破談にしちゃいましょう。今日の料理のお礼です」
こうして、恐縮していた彼女を押し切って、私たちは口裏を合わせることに。ひっそりとお見合いを終えたのです。
数週間後…
数週間後、私は再び上司に呼ばれました。「実はこの前の君の企画なんだけど、△△食品と共同開発をすることになった。そこで担当を任せたいんだよ」と言うのです。これにはビックリ。「実は、社長さんがあの企画を気に入ってくれてね。企画者である君をご指名なんだ」と説明されました。
娘さんとお見合い後、恋人のふりまでした私。父親である社長をだましたという引け目を感じ、ドキドキしながら打ち合わせ日を迎えました。△△食品へと足を運んだ私が会議室の扉を開けると……。
そこには社長令嬢の姿がありました。しかも、見合い日には派手な着物と似合わないひょっとこみたいな化粧だった彼女が、今日はナチュラルメイクでシンプルな服に身を包み、まるで別人でした。
「実は私、今回の件は私が開発担当なんです。よろしくお願いします」
実は彼女、あの後ちゃんと両親と話をし、まだ結婚には興味がないことをわかってもらえたのだとか。
「でも、御社からすばらしい企画が舞い込んできて。企画者はあなただと聞いてビックリでしたが、ぜひ一緒にお仕事をしたいと思ったんです」
こうして私たちは、一緒に新商品の開発を進めることになりました。令嬢との仕事は刺激的で楽しく、毎日があっという間に経過。彼女は、出自におごらず、頭脳明晰(めいせき)で周りからの信頼も厚く、明るいすてきな人柄で、一緒に働くには最高のパートナーだったのです。
プロジェクトの終わりに
私たちが開発した新商品は、ダイエットサポート食品。自らも実験台になろうと話し合い、2人でダイエット計画を実行したのです。そうして数カ月後。食事やランニング、エクササイズを一緒に頑張ったことで、私たちはすっかり健康的に。見た目もすっきりして、肌ツヤも良くなりました。
「ありがとうございます。おかげで最高の商品ができました!」。そう言って頬笑んだ彼女を見て、私の胸はドキドキ……。何より、商品が完成したらもう今までみたいには会えなくなる……と、なぜか胸が痛んだのです。
これまで彼女と四苦八苦しながらアイデアを出し合い、商品開発とその効果の実証に向けて過ごした時間が走馬灯のように脳内を駆け巡りました。気が付くと、私は思いを言葉にしていました。
こうして私たちは正式にお付き合いを始め、翌年には結婚を果たしました。お見合い写真だけで断らずに本当によかった。これからも2人で、楽しく健康に過ごしていきたいと思います。
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見た目や第一印象だけで決めなかったのは大正解でしたね。仕事を通してお互いの人柄に触れ、惹かれ合ったのでしょう。自らの選択で迎えたハッピーエンド、まさに大団円ではないでしょうか。
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