忘れ物を取りに家に帰ろうとした私。駅から引き返すと、そこには私たちの暮らすタワマンに入っていく親友の姿があったのです。何か怪しいと直感的に感じた私は、別のエレベーターを使って親友のあとをつけてみました。すると、親友は私たちの部屋へ入っていったのです……。
浮気を追求してみると
2人がいる家に入って直接話し合う勇気は出ず、忘れ物もどうでもよくなった私は、一旦タワマンの外に出て近くのベンチに腰かけました。そして、彼に電話をかけてみることに。
「お家デート、楽しんでる?」
そう言うと、「え?」と驚く彼。「何言ってるんだ?」としらばっくれようとする彼に「家でデート中でしょ? まさか私の親友を連れ込むとはね」と言うと「ちょ、ちょっと待て……なんでお前がそれを知ってるんだよ」とうろたえ始めました。
私が、親友が家に入っていくところを見たと伝えると、「うそだろ……」と彼。しかし、動揺していたかと思ったのも束の間、開き直って「お前の親友が誘ってきたんだよ!」と堂々と浮気を認めたのです。「浮気されるようなお前が悪いんだ」とまで言い放ちました。
「バレたらなら、もうお別れだな。話し合いとか面倒だし。このままさよならってことで」
「こんな人だったなんて……」と、私は彼の思いもよらぬ反応に、呆然とするしかありませんでした。
3時間後ー。
私は彼に「そうね、別れましょう」とメッセージを入れました。一瞬頭が真っ白になったものの、ふと冷静になったとき、「結婚前に彼の本性がわかってよかった」そう思えたのです。
そんなとき、親友から「大丈夫~?」と電話がかかってきました。彼から話を聞いたのでしょう。
私が「は? 大丈夫なわけないでしょ……っていうか、あなたから誘ったって聞いたわよ?」と問い詰めると、「そうよ。だって将来有望なエリートだし、タワマンの高層階に住んでるなんて、いい男だと思ったの! 既婚者はダメだけど、婚約者ならギリセーフでしょ」とわけのわからないことを言う親友。
「もういいわ。私が出て行くから。実家に戻ることにしたから。明日にでも荷物を取りに行く」「勝手に2人で仲良くすれば?」と伝えて電話を切りました。裏切られたショックと怒りで、私の声は震えていたと思います。
3カ月後、親友からまた連絡がありました。
「ねぇ、聞いてよ! 最近会社のお局様が私に対してひどすぎるの~!」「私に超素敵な彼氏ができたのをどこかで聞いたみたいでね。悔しいからって八つ当たりばっかりしてくるのぉ~!」
まるで何ごともなかったかのようなテンションに、私はあきれるばかりでした。
「ちょっとしたことですぐ怒ってくるんだよね」「10分くらい遅れただけで、めちゃくちゃ怒られたの」と言われ、思わず「遅刻する方がわるいでしょ! そんなくだらないことで連絡しないで」と返した私。
「私だって、遅刻しないように毎日がんばってるもん!」「……でも、どうしてもエレベーター待ちで時間がかかっちゃうの~!」「タワマンも高層階すぎると、こういう問題も起きるんだねぇ?」
どうやら親友は、高層階の暮らしぶりを自慢したいようです。
「遅刻を怒られたから、正直に理由を話したんだけど、そしたらお局様ったら余計にブチギレちゃってさ」「若くてかわいい後輩が、タワマン高層階で彼氏と同棲中なのが悔しいみたい……」「タワマン生活って思っていた以上に大変で疲れちゃうのに……彼に引っ越しをお願いしても『成功者の証だから』って言い出してぇ……そんなところも素敵だけど」
私は大きくため息をつきました。
「こういうのって、タワマン経験者じゃないとわからないじゃない?」「親友のあんたなら、私の大変さを理解してくれるかなって……あ、でももうタワマン暮らしじゃないから無理か~」
どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのでしょう。親友はさらに続けました。
「タワマンって、何気に通勤が大変なのよね~♡エレベーター待ちでさ」
「1階に降りるのに時間がかかっちゃうのよ♡いやんなっちゃうw」
タワマン高層階自慢が止まらない親友に、私は言い返しました。
「……3階なのに?」
親友は「え?」と驚いていましたが、私は知っていたのです。本当は高層階に彼らが住み続けていないことを。
プライドが高い元婚約者
「そんなにエレベーターを待つのが大変なら、もういっそ階段でも使ったら? 3階ならそのほうが確実に早いでしょ」と言うと、「ちょ、ちょっと待ってよ!」と親友。
「あ、あの、どうして3階に引っ越したこと知ってるの」「そ、そのことは、誰にも言ってないのに!」とかなりの焦りよう。
親友は高層階の住民のフリをして、私にマウントを取っていたのです。真実を知っている私からすると、ちゃんちゃらおかしい話にすぎませんでした。
「い、いや……それは……」と口ごもる親友に、「変に言い訳せず、もう少し早く起きて遅刻しないようにがんばりなさいよ!」と言っておきました。
その1時間後――。
今度は元婚約者から「おい! お前が前の高層階の部屋に住んでるって本当なのか!?」と電話がかかってきました。
「えぇ、そうよ……あなたと暮らしていた部屋っていうのは少し複雑だけど、ハウスクリーニングもしっかりやってもらったし」「なにより家賃が月10万っていうのが魅力的よね」
「はぁぁぁぁ!? 俺が住んでたときより安いって、どういうことだよ!」「お前と別れてすぐ、更新の連絡が来たんだよ。更新後は、家賃15万が、45万になるって話だったぞ!」
私たちが同棲していた高層階の部屋は、実はキャンペーン物件だったと彼は語り始めました。高層階の一部を短期契約向けに割引価格で出していたようで、家賃は通常の3分の1。高層階の空き部屋を埋めるための施策だったようですが、彼はそれに当選し、高層階に引っ越していたのです。ただ、更新時に通常家賃に戻すという条件を見逃していたのだそう。
更新のお知らせが届き、家賃が3倍の正規価格に戻されると知った彼は、慌てて空き部屋を確認し、家賃がぐんと下がる3階に引っ越したのだそう。一部始終を私に説明したあと、彼はハッとして「そんなことより、なんでお前が家賃10万であの部屋に住んでるんだよ!」と食ってかかってきました。
「別に。たまたま空きが出たときに、即入居できる人限定の短期キャンペーン枠が出てたのよ。知り合いが教えてくれて、すぐ申し込んだの」
「……は? なにそれ……そんなの俺、聞いてないんだけど……」
「そりゃそうじゃない? 前にそのキャンペーンで住んでたでしょ? 再適用の対象外だったんじゃない? キャンペーン価格で住めるのは1回限りのはずよ」
電話の向こうで、ぴたりと声が止まりました。しばらく沈黙が続いたあと、力のない声が返ってきました。
「なあ……そのキャンペーン、今も別の高層階でやってないかな……。オーナーに、お前から聞いてみてくれないか……? 別の部屋に住めば、適用になるかもしれないし……」
……まさかのお願いに、私は思わず笑いそうになりました。
「自分で頼みなさいよ。私があなたのなんなの? もう他人でしょ?」
「頼むよ! 3階に住んでるって社内にバレたら、終わりなんだよ……ずっと高層階にいるってことで通してきたんだぞ……。写真とかも、あのとき撮ってた夜景を使い回してSNSにアップしちゃってるし……」
自分で言ってて情けなくならないのかしらと、私はため息をつきました。
「住みたければ自分で確認すればいいでしょ。どうせ『安物キャンペーンに問い合わせてきた』って思われるのが恥ずかしくて、動けないんでしょ?」「恥ずかしなら、自分でネットで探して、正規の家賃で借りなさいよ」と言うと、「いくらなんでも、月45万の家賃は厳しいんだよ……! 俺むしろ、最近ちょっとカツカツで……だから仕方なく3階に引っ越したんだよ……」と声を荒らげました。
「じゃあ、他のマンションに引っ越せばよかったじゃない。なんでそこまでタワマンにこだわるの?」と突っ込むと、「……今さら、タワマンを出る……? それは、ないだろ……」と彼。どうやら彼の高いプライドが、タワマン以外の選択肢を消去していたようです。
「調子に乗らないでくれる? 私から親友に乗り換えた男のお願いなんて、聞くわけないじゃない」「自分でオーナーさんに頼みなさい」と言って、私は電話を切りました。
その後――。
追い詰められる元婚約者
親友から驚く話が舞い込んできました。「ちょっと聞いてよ〜、この前ね……」と、またしても私に悪びれもせず電話をかけてきたのです。
親友によると、彼は本当にオーナーさんのところまで足を運んだらしいのです。一度は「キャンペーンってもうやってませんか?」と軽く聞いてみたらしいけれど、あっさり「終了しました」と言われたんだとか。
それで終わればよかったのに、彼は「なんとかならないでしょうか」と、ついには直談判までしたのだそう。親友までついて行き、「せめて以前と同じ条件で」と頼み込んだそうです。あのプライドの高い彼が、そこまで頭を下げるなんて。どれだけ追い詰められていたのか、想像に難くありません。
当然ながら、「あれは1回限りですから」と、オーナーさんには軽くいなされたそう。
親友は「最近、彼、全然奢ってくれなくなっちゃって」と怒り気味にこぼし始めました。話を聞くと、どうやら彼は見栄の代償で、かなり生活が苦しくなっているらしいことがわかりました。
3階でも家賃は月25万円。けして安くはありません。それなのに、SNSには、過去にキャンペーンで住んでいたときに高層階で撮った夜景写真を、あたかも今も住んでいると見せるように加工して投稿。「いいね」やフォロワー数が増えることに大喜びし、さらには、“高級ワイン”だの“新調したソファ”だの演出はエスカレート。見栄のための消費がやめられず、今は生活がカツカツなのだとか。
そこまでして、成功者アピールを続けるのも、彼のプライドなのでしょう。現実が追いついていないというのに、いったい誰に向けて成功者を演じているのか、彼自身すらわからなくなっていたのかもしれません。
そんな彼に、ついに親友も愛想を尽かしたようで、「肩書だけだったわ! 中身なさすぎ!」と吐いていました。どうやら、すっかり冷めた親友は、別れて地元に戻ることにしたよう。私はため息すら出ませんでした。そしてそのとき、彼女からの連絡には、もう二度と返事をしないと決めたのです。これから先、何を聞かれても、どんなふうに泣きつかれても。だって、私の信頼を裏切ったのは彼女自身なのだから。
厄介な2人がいなくなってから、暮らしはずっと静かになりました。今はオーナーさんのご厚意に甘えて、この部屋でのんびり過ごしています。でももちろん、キャンペーンの間にしっかり貯金して、身の丈に合った場所で、また新しい暮らしを始めるつもりです。少しずつ、自分の暮らしを整えていけたらと思っています。
【取材時期:2025年3月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。