感謝を伝えられないままに…
担当の先生は60代ぐらいの男性医師で、患者の私から見ても、とにかく忙しそうでした。主な診療は先生がほぼ1人でおこない、外来休診時間や休診日にも採卵や移植等の治療がおこなわれている状況。さらには外来診察以外に学会への参加もこなしており、休んでいる日はないのではないかと思うほど。
「身を粉にして」という言葉がピッタリなほどに働き、赤ちゃんを望む夫婦に寄り添ってくれていました。同じクリニックに通う知人とも「いつ休んでいるのかな?」と話題になったことを覚えています。
一方で私は、先生似直接感謝を伝えられなかったことを気にしつつも、妊娠期間を乗り越えて無事に出産。第1子の育児やその後の復職で、毎日慌ただしく暮らしていました。
そんなときに同じクリニックに通っていた知人から、先生が急逝されたと知らされたのです。
「患者のために頑張りすぎたのではないか?」「過労だったのでは?」「まだ感謝を伝えられていない!」とさまざまな思いが頭の中を巡りました。「たくさんの赤ちゃんの命をつないでくれた先生の命が消えてしまった」と感じ、とても落ち込んだことを覚えています。
けれど、落ち込んでいても何も変わりません。私は居ても立っても居られず、感謝の気持ちをつづった手紙をクリニックに送りました。自己満足かもしれませんが、「先生のおかげで救われた患者がここにいる」ということを、先生のご家族やクリニックの方に知ってほしかったのです。
先生の死は、地域の医療においても、私たち患者にとっても大きな損失でした。先生のおかげで生まれてきた命が数多くあり、私の長男もその中の1人です。先生の思いが紡いだ命に向き合い、大切に育てることが、今の私にできることなのだと思います。そして、感謝の気持ちは伝えられるときにすぐに伝えようと改めて感じた出来事でした。
著者:やまぐち さな/30代女性。2020年生まれの男の子と2023年生まれの女の子の母。夫との4人暮らし。社会福祉士の資格を持ち役所で働いていたが、地元への引っ越しを機に退職。現在は田舎での子育てを楽しみながら、「自宅で働く」暮らしを模索中。日々の活力は、子どもたちの笑顔と、こっそり味わうチョコレート。
イラスト:ななぎ
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2025年6月)