私から見た義母は、完璧な専業主婦でした。夫とともに義実家に遊びに行くときはいつも、パンを焼いて出してくれるのです。そして帰りには必ず、パンと一緒に家庭菜園で作ったという野菜をたくさん持たせてくれるのでした。
だからこそ、私は不安でした。夫は仕事を頑張ってちゃんと養ってくれる、と言っていましたが、私はすぐに義母のようにはなれないと思っていました。夫は「すぐに母さんみたいな専業主婦になれとは言わない、お前のペースで頑張ってくれたらいいよ」と言っていたので、私なりにちゃんと家庭を支えられるようになろうと思っていたのですが……?
作ったごはんに箸をつけようともしない夫
結婚から半年後――。
私は夫の希望通り、毎日あたたかい夕ごはんを作って夫を待っているようにしていました。そのころ、ちょうど夫の仕事が忙しくなったこともあり、夫は家でもイライラしているようでした。
「今日の煮物、ちょっと味が濃いかな」
「栄養バランス、ちゃんと考えてくれてる?」
だんだんと私の作る夕食に、いろいろと言うようになってきた夫。最初のうちは「帰ってきてすぐ、あたたかいごはんが待っているだけでうれしい」と言ってくれていたのに……。
そして、夫はついに、テーブルに並べられたごはんに箸をつけなくなったのでした。
「仕事で疲れて食欲がないの? でもちょっとは食べないと……」と言うと、「これ見て、食欲がわくと思う?」とため息まじりで言ってきた夫。
その日の夕食は、夫の好きな唐揚げでした。ほかには白ごはん、サラダ、お味噌汁……夫が「食欲がわかない」と言った意味がわからず、私は戸惑うばかり。
「俺の好物を作ったらOKだと思ってる? 仕事で疲れてるときに、揚げ物はきついって」「母さんだったらもう1品……いや、あと2品くらいは作って並べてくれてるぞ。もうちょっと母さんを見習ったら?」
たしかに、義母にはまだまだ敵わないでしょう。でも、私は私なりに頑張っていたのに……。私が何も言えずにいると、「俺、今日は外でさっぱりしたもの食べてくるから」と言って、夫は家を出て行ってしまったのでした。
夕食を見た夫がため息をついた理由
1カ月後――。
その日もまた、夫は夕食を見るなりため息をつきました。彩りも品数も、栄養バランスもしっかり考えて作ったのに……。
すでに、毎日の夕食作りが精神的なストレスとなっていた私。夕食のメニューを考えるだけでも頭痛がしたり、おいしく作れても自分の食欲がまったくわかなかったり……頑張って作ったものに手をつけてもらえないのは、とても悲しいことでした。
「今日のごはんは、何がいけないの……? 品数が足りない? もう1品作ったほうがいい?」と私がおそるおそる聞くと、「この肉じゃがだよ」と指さした夫。
「この肉じゃが、昨日の残りだろ? 具が一緒だ」
昨日、夫の好物である肉じゃがを鍋いっぱいに作った私。夫の言う通り、一晩冷蔵庫で置いておいたものを温め直して出しました。
「仕事で疲れて帰ってきてる俺に、残り物を出すっていうのがなぁ……」「俺の母さんだったら、絶対にこんなことしないぞ。夕食は常にできたてだし、同じメニューが続くなんてこともなかった」「まぁ……お前には、無理か」
すぐに義母と比較する夫。夫の理想とするレベルに達していないことは、私自身が一番よくわかっていました。
「いいか! 夕飯に残り物を出すなんて主婦失格だからな!」
「二度と出すなよ。ゴミ箱に捨てたからな」
今までは私なりに頑張ってきましたが、夫は満足してくれませんでした。そこで、私は夫の理想とする専業主婦に近づくために、ある人に教えを乞うことにしたのでした。
完璧な専業主婦の実態と夫の後悔
その翌日――。
「おい、どこにいるんだよ!? これはどういうことか説明しろ!」と仕事から帰ってきたらしい夫から電話がかかってきました。
「どうして俺が帰ってきたのに、家にいないんだ! テーブルの上には冷めた料理が置いてあるだけだし……昨日、ちゃんとするって言ったばかりじゃないか」と夫。
「できたてが食べたいっていうから、最後にあたためるだけで完成する料理を置いておいたんだけど……」「残り物は一切ないし、安心して食べてね」と言うと、「そういうことじゃないだろ!」「ふ、ふざけるな! そもそも、仕事で疲れて帰ってきた旦那に、わざわざ最後の仕上げをさせるなんてもってのほかだろ!」と夫はさらにヒートアップ。それに専業主婦がこんな時間に出かけてるってどういうことだよ!」「俺の帰宅に合わせて風呂を沸かせて、俺を笑顔で出迎えて、できたての食事を用意する。それが専業主婦だろうが!」と続けます。
「あなたは母親である私のこともそう思ってたの?」と見かねて口を挟んできたのは義母。
私がいるのは義実家でした。もともと義母との関係も良好で、事あるごとにいろいろ相談に乗ってもらっていた私。今回は、完璧な専業主婦に近づこうと思い、私は義母にいろいろ教えてほしいと頼み込んだのです。
「な、なんで母さんが!? まさかお前、うちの実家にいるのか!?」と驚いていた夫。私に代わり、義母は「そうよ、私に料理を教えてほしいって言って来てくれたの」と答えてくれました。
「そうか! なんだそういうことだったのか……。母さんが教えてくれるなら安心だ。しっかり母さんのもとで励めよ」と喜んだ夫を、「何を言っているの?」と制した義母。
「だ、だって、母さんはパンもいつも手作りだし、おかずも豊富で彩りも栄養バランスもばっちりだし……」と夫。
「私ね、元パン屋勤めだったからパン作りはもともと得意だったの。パンだけはね」「でも、パン以外はほぼほぼ壊滅的。パンをいつもたくさん作って、近所の人たちが作ったおかずと交換してもらっていたの」「私の作るパンは朝食にぴったりみたいで喜んでもらえるし、わが家の食卓にはいろいろなものが並ぶし……最高だったのよね」
はぁ、とため息をついた義母は「こんなに料理じょうずな奥さんがいるのに……あなたは文句ばっかり言っていたなんてね……」「カボチャの煮物、春菊のおひたしとか、どれもおいしくいただいたわ」と続けました。
私は改善点を教えてもらうために、いくつか料理を作って保存容器に詰め、義実家に持参していました。義両親は私の作ったものを食べて、「おいしい!」と言ってくれたのです。
久々に料理を褒められて、涙目になってしまった私。今にも泣き出しそうな私を見て、焦ったのは義両親。どうしたのかと聞かれたので、「私もお義母さんのように完璧な専業主婦になりたくて」「今のままだと夫が料理を食べてくれないかもしれない」と話したのでした。
「私が料理を教わりたいくらいよ! 毎日食べたいくらいおいしいんだもの」と夫に言ってくれた義母。そして「あなた……彼女に主婦失格って言って、残り物をゴミ箱に捨てたこともあるそうじゃない」「あなたのお父さんは一度だってそんなことしたことがないわ」と続けました。
「それは……おれが教育しなきゃと思って。彼女のために厳しくしてたんだよ」と夫。
義母は「いったい何様のつもり?」「まったく……彼女はしばらくうちで預かるから。こっちの生活の方が彼女にとって気楽でいいでしょう? ストレスで体調不良が起きてるんだから」と言ってくれました。
「は? ちょ……ちょっと、俺の飯は? うちの家事はどうなるんだよ? っていうか体調不良なんて聞いてないし」と焦り出した夫。義母は「身勝手ねぇ。彼女はあなたの家政婦じゃないのよ? あなたの夕ごはんは……そうね、彼女にうちで作ってもらって、お父さんに届けてもらいましょうか」と言いました。「いやでも……普通に考えて、嫁は同居なんて嫌がるものだろ」と夫。「彼女なら喜んでるけど? 自分の体調のことを真っ先に心配してくれないような夫と暮らすよりいいんじゃない?」と義母は返しました。
「じゃ、それでいいわね? あなたは一人でごはんを食べて、自分のしてきたことと向き合いなさい」と私に確認を取るように言った義母。私は力強くうなずきました。義両親との同居生活に不安がまったくなかったわけではありませんが、夫と距離が置けることにホッとしていました。
それから1週間――。
思ったよりもはるかに、義実家での同居は穏やかなものでした。だんだんと苦痛になっていた家事が、義実家ではとても楽しいものになったのです。義母と一緒にパンをこねたり、昆布や鰹節からだしを取ってお味噌汁を作ったり……料理のたびに感じていた不調もなくなりました。
私は義母の家庭菜園も手伝うようになりました。通りかかったご近所さんから「あら! いいお嫁さんねぇ~」と言われて、義母と顔を見合わせて笑ったことも。
一方、夫はというと、義父が毎日料理を届けてくれていたのですが、ひとりの食卓は予想よりもさみしいものだったようです。
「あ、あのさ……今まで、本当にごめん」「父さんにごはんを届けてもらってるけど、ひとりで食べるごはんはおいしくなくて……」「俺、どれだけお前に支えられてきたか、よくわかったよ。これからはきちんと感謝の言葉も伝える。だから帰ってきてくれ、もう一度夫婦としてやり直していこう」
夫は夫なりに、今までの言動を見つめ直して、反省したようでした。私の心はとても揺らいでいました。
「……お義母さんね、今まで嫌なことを我慢せずに生きてきたんだって。お義父さんも、お義母さんのことをよくわかっていたし、できないことを無理に要求したりはしなかったそうよ」「あなたのご両親は本当に仲が良いわね。夫婦円満の秘訣は、お互いにストレスなく過ごすことだって、おふたりがが言ってた」「あなたのご両親と暮らしてみて……私が今までいかに我慢していたか、ようやく自覚したの」
義両親との同居生活で、「我慢しない」生活を送りたいと思うようになった私。夫が反省した態度を出してきたら、これまでの情もあるのできっと心は揺らいでしまうだろうと思っていましたし、案の定そうでした。しかし、夫の次の言葉で私の決心は固まりました。
「いやでも……世間体だってあるし……。夫婦が別居っておかしいだろ? 会社の人にも言えなくて、一緒に暮らしてるふりしてるんだ」
夫は世間体を気にしているのです。私は今後の私を幸せにするために、夫との生活に終止符を打つことを改めて決意しました。
「おふたりを見ているとね、こんなに仲のいい夫婦になりたかったなって思うの。でも、あなたと私は、あのおふたりのようにはなれそうもない」「だから、もう終わりにしましょう」
「なれるよ! 俺が変わるから!」と言う夫に「それなら最初から変わってよっていう話だよね」「お義母さんのように我慢しないで自分らしく生きることに決めたから」「離婚届は、お義父さんに届けてもらうおうかな」と返した私。
「そんな! 俺はただ、あたたかい家庭を作りたかっただけなのに……」と夫は言っていましたが、私はそれに答えず、やり取りを終えました。
その後――。
離婚したいと告げたときも、義両親は「あなたが決めたことだから」と言い、反対することはありませんでした。夫は相当渋っていましたが、義両親の説得もあり、なんとか離婚に同意してもらうことができました。
離婚後、元夫は元義実家に戻ろうとしたようですが、元義母に「まずは自分で自分のごはんを作れるようになりなさい」と言われて追い出されたそうです。
共通の友人によると、元夫のSNS投稿は冷食やレトルトの写真ばかり。「手作りのごはんを食べたい」「冷食飽きた」という投稿もあったそうです。
元義実家を出た私はすぐに仕事を始め、今は小さなアパートの一室を借りて暮らしています。休日は元義実家の家に遊びに行って元お義母さんとパンを焼いたりしながら、のんびり過ごしています。体調がすっかり良くなって、改めてストレスをため過ぎていたことを実感しました。つくづく我慢は体によくないと感じています。休日に好きなことをしながら、毎日を楽しく過ごそうと思っています。
【取材時期:2025年4月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。