「君の得意料理は?」と婚約者の父親に聞かれ、「母が教えてくれたハンバーグです!」と答えた私。すると、婚約者の父親はプッと噴き出したのです。
「すまん……悪くはないが、ずいぶんと庶民的だ。うちに嫁に来るなら、それなりの腕じゃないと」と父親。それにうなずいた母親は、「私は結婚してすぐに、有名シェフに料理を習い始めたの。よかったら、あなたも通ってみない? 息子にまっとうなものを食べさせてほしいし……」と言ってきたのです。それにうんうんとうなずく婚約者。
私は戸惑いつつも、「……仕事もありますし、ちょっと考えさせてください……」と答えたのですが……。
母子家庭を見下す婚約者の両親
「息子から聞いているかもしれんが、うちは代々医者の家系でね。まわりの目も厳しいから、それなりに花嫁修業してもらわないと」「君のご両親は離婚して、君は母親に引き取られたと聞いたが……母親はまともに働いてもなかったんだろう? 早くうちのやり方に慣れてもらわないと、お里が知れるぞ」と婚約者の父親。
「たしかに、うちは母子家庭です……でも、母は私のためにキャリアを諦めたんです。仕事よりも私と過ごす時間を大切にしたいと言って、働き方を工夫してくれていたんです」と言い返すと、「はぁ……これだから。キャリアを積めなかった言い訳に子どもを使うなんてね……君もかわいそうに」と婚約者の父親は憐みの視線を私に向けてきたのです。
重々しくなった空気を換えるように、婚約者の母親は「お料理だけじゃなく、ほかの習いごとについても私の先生を紹介できるから。ぜひ前向きに考えてみてね」と言ってきました。私は曖昧に笑って、目の前のデザートを急いで平らげました。高級レストランのデザート、楽しみにしていたのに……まったく味がしませんでした。
婚約者のご両親と別れ、私は駅まで婚約者に送ってもらうことに。その道すがら、「今日、私、大丈夫だったかな……お父さまとお母さま、私たちの結婚に反対なのかな」と婚約者に問いかけました。
「まぁ……庶民なのも、母子家庭育ちなのもあらかじめ俺から話してたけど……結婚に反対するつもりはないんじゃないかな?」「その生まれで大学では主席だったし、実際優秀だし……俺はお前と結婚したいと思ってるよ。……まぁ、結婚後はお義母さんと距離を置いてもらうことになると思うけど」
婚約者の言葉の端々から、母を見下しているのを感じ取ってしまった私。何も言い返せず、黙ってうつむきました。
「なにも絶縁しろとは言ってないし、お前は玉の輿にのれるし、ウィンウィンだろ? な?」と言いながら、私の顔を覗き込んできた婚約者。私はその視線から思わず顔を背けました。
母親の席を用意しなかった婚約者側
それからというもの、私はさんざん婚約者とこのまま結婚していいものかと悩みました。しかし、婚約者の両親は思ったよりも私を気に入ったらしく、結婚を急かしてきました。婚約者も乗り気で、日取りはあっという間に決まってしまったのです。
何度も母に相談しようと思いました。しかし、結婚を伝えたときの母のうれしそうな声や、婚約者を挨拶に連れて行った後に「本当にいい人を見つけたんだね。よかったね、幸せになってね」と言ってくれた母の笑顔を思い出すと、どうしても言えなくなってしまったのでした。
そして、結婚式当日――。
「結婚式直前にごめんね、私の席がないみたいなの……」と、母から電話がかかってきたのです。
「スタッフさんにも聞いたんだけど、やっぱり用意されていないって……」「あわててたら、私の名前を確認してきた女性がいてね。『あの子はうちの嫁になったんです。あなたとはもう関係ありません。お帰りください』って言われたの……。向こうのお母さんかしら、留袖着てたし……」
「そんな! 今すぐ席を用意させるから、お願いだから帰らないで! お母さんに一番に祝ってほしいの」と私が半泣きで止めると、意外にも母は元気な声でこう言ってきたのです。
「私のこと、庶民だとか低学歴だとか馬鹿にして……」
「新婦の母親なのに、席が用意されてないなんてびっくりだわ」
「ごめんなさい、お母さん……」
「謝らないで。それよりも、あなたをあんなところに嫁がせたくないわ」
続けて、「本当にあの人、私のこと知らなかったみたいよ」と言ってフフッと笑った母。私は母に控室の場所を教え、すぐに来てもらったのでした。
見下されていた母親の正体
20分後――。
母に手伝ってもらってウエディングドレスを脱ぎ、普段着に着替えた私。スタッフさんに新郎の居場所を聞いたところ、新郎家族控室で両親と一緒に過ごしているとのことだったので、そこへ母とともに向かうことに。
母を外で待たせ、私はひとり、新郎家族控室へ入りました。
「おい……ドレスは? さっき着替えが終わったってスタッフから聞いたぞ?」と言ってきた婚約者。
「……私のお母さんの席を用意しなかったのは、わざと?」と聞くと、「……あぁ、そんなことか」とあきれたように返してきたのです。
「結婚式には親族や親父の知り合いもたくさん来てるんだ、そんなところにお前の母親がいたら場違いだろ? うちの両親と相談して、お前が恥をかかないように配慮してやったんだ」と言われ、私はグッと拳を握りしめました。
「母が誰かわかってないのね」「まあ……もういいわ。結婚式は、中止にしましょう」と声を絞り出すと、婚約者の父親から「何を言っているんだ!」と怒鳴られました。
「お前の母親の席がないくらいで、結婚式を中止するだと? 自分勝手も甚だしい!」
鼻息荒くまくしたてる婚約者の父親に、言い返したのは私ではなく……母でした。
「えぇ、こんな結婚式、今すぐ中止よ。私も娘も帰りますから」
留袖姿で現れた私の母を見て、婚約者の父親は口をあんぐり開けたまま固まってしまいました。
「……大学病院でご一緒して以来かしら? お久しぶりですね」と母が挨拶すると、「さっきお帰りくださいって言ったのに……」とブツブツ言っていた婚約者の母親が口を閉じました。婚約者は私たちと自分の両親にせわしなく視線を動かしています。
実は、私の母親も医者なのです。私が幼いころは、私との時間を作るために非常勤で働いていたのでした。婚約者の父親に指導する立場だったこともあったため、母はよくよくその人を知っていたのです。
「ま、まさか、あなたが……彼女の母親だったなんて……! その節はお世話になりました!」と手もみしながら母に近づいてきた婚約者の父親。それを見て、今度は婚約者とその母親が固まっていました。
「まさか、先生がお母さまだったとは知らず……大変な勘違いをしてしまい、申し訳ありません! すぐにお席を用意しますので、さあ、式場にお戻りください!」と言ってきた婚約者の父親にし、母は「結構です」といきっぱり言いました。
「あなたたちのところに嫁いで、娘が幸せになれるとは思えません。この結婚は白紙です。これ以上話し合う余地もありません」
「そ、そんな……これはただの誤解だったんです! 先生! お願いですからお嬢さんとうちの息子との結婚を!」と床に額を擦りつけんばかりの勢いで言ってくる婚約者の父親には目もくれず、母は私に手を差し出して「帰りましょう」と言ってくれたのでした。
その後――。
私と婚約者の結婚は、正式に白紙となりました。結婚式のキャンセル費用などでもっともめると思っていましたが、元婚約者の家族のほうが体裁を気にしたらしく、全額払ってくれました。
元婚約者の父親とうちの母は、ときどき学会などで顔を合わせるそうです。「明らかにバツの悪そうな顔をして、視線をそらすのよ」と母は言っていました。
今、私は母と一緒に暮らしています。私を育て上げるのに十分なお金を稼ぎつつも、私との時間を大切にしてくれた母。やっぱり、うちの母は世界一素敵な母親です!
【取材時期:2025年5月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。