ある日、私たち夫婦は思い出の浜辺でデートをしていました。初めて手を繋いだのも、告白も、プロポーズも、すべてがこの場所でした。「僕はこの思い出を一生忘れない。死ぬまで君を愛し続ける」と夫は言います。
しかし、私は結婚している自分の周りの友人たちから「順調なのは結婚3年目まで」「子どもができたら愛が冷める」「家庭に入ったら女として見られなくなった」などという愚痴をよく聞いていました。私の夫に限って……とは思いつつも、未来でも夫の気持ちが変わっていないか確かめたくて、私は夫に『未来の私たちに今の気持ちを記して手紙を送ろう』と提案しました。
そして私たちは、『タイムカプセル郵便』というサービスを利用することに。思い出の浜辺近くのカフェで、それぞれ未来の自分へ、用意していたレターセットで手紙を書きました。お互いに何を書いたかは、3年後のお楽しみにして、幸せな今を手紙に閉じ込めた私たち。
後日、もしかしたら3年後は違う場所に住んでいるかもしれないと考え、お互い実家の住所へ、それぞれのタイムカプセル郵便を申し込みました。
突然の事故で記憶を失った最愛の夫
浜辺で手紙を書いてから、1年後のことでした。夫と義父は交通事故に巻き込まれ、義父は急逝。夫は一命を取りとめたものの、記憶を失ってしまったのです。昏睡状態から目を覚ました夫は、私の顔を見て「君は誰?」と……。
愛する夫が私のことを覚えていない。その事実に涙が止まりませんでしたが、それでも夫を支えようと決め、毎日病室に通い続けた私。医師からは「記憶喪失は一時的なものかもしれない。何かのきっかけで戻るかもしれないし、このまま戻らないかもしれない。何とも言えない」と言われましたが、私は夫の記憶は戻ると信じていました。
しかし、夫が目を覚まして数日が過ぎても、夫は私を「さん」付けで呼び、敬語で話します。その姿を見るのは本当に切ないものでした。そんなある日、夫は申し訳なさそうに私を見て「君のことは思い出せない。でも、自分が君を好きになった理由はわかる気がします」と言ったのです。
私にとってその言葉が、どれほどうれしかったことか……記憶がなくても、夫のやさしさは変わりません。私はそんな夫を、もう一度好きになりました。そのとき、私はふと「記憶がなくたっていいじゃない。これからまた2人で新しい思い出を作っていけばいい」そう思いました。
そうして新たな一歩を踏み出そうとした矢先、夫と絶縁していたはずの義母が突然現れ、私たちの仲を引き裂いたのです……。
記憶喪失を利用して私と離婚させた義母
そもそも義母と夫は、私たちが入籍する前に絶縁していました。原因は、義母の不倫とギャンブルによる多額の借金。息子の母親だからと我慢を重ねていた義父が、私との結婚を機に、私たちへ迷惑がかからぬようにと離婚という形でけじめをつけてくれたのです。
そんな義母が、義父の遺産が記憶のない夫に渡ると知るや、夫の前に現れました。私のいない隙を見計らっては夫の病室を訪れ、甲斐甲斐しく世話を焼きながら、夫に私の悪口を吹き込んでいったのです。
身勝手な振る舞いに耐えかね、私は義母を病室から追い出しました。しかし、夫にこれまでの経緯を必死に説明しても、記憶のない夫にはピンときません。それどころか、夫は「母を悪く言わないで……」と義母をかばうのです。
義母が会いに来るようになってしばらく経ったころ、「君がやさしい人だということも、僕がそんな君を好きだったこともわかります。でも、母を無下にすることはできません。それに、記憶が戻らないかもしれない僕なんかといることで君を不幸にしてしまう。僕と別れてください」と、夫が私に離婚を切り出してきました。
私がどれだけ夫を愛しているか伝えても、夫はただ悲しそうに「君に申し訳ないんだ。今までの経緯を知らない今の僕に母を見捨てることはできないんだ。ごめん」と謝るばかり。私は夫の困る顔を見ていられなくなり、泣きながら離婚を受け入れたのです。
離婚後は、塞ぎ込む私を心配した兄が、食事や気晴らしによく誘ってくれました。兄のおかげで少しずつ前を向けましたが、ふとした瞬間に夫を思い出しては悲しみに暮れる私。一緒に行こうと話した店や、一緒に買い物に行った場所……私の日常には夫との思い出が溢れていて、幸せだった記憶が前に進もうとする私の足を引っぱりました。
そんな日々を過ごして数カ月、街で偶然、夫と再会した私。隣には義母がぴったりと寄り添っていました。夫はまだ、私のことを思い出せてはいませんでした。義母に「この人とはもう関わらないで」と釘を刺されると、夫は何も言えず、ただうつむくだけ。
私も義母から「息子が苦しむから、あなたも私たち親子にはもう関わらないで」と言われ、夫に最後の別れを告げて、その場から去りました。
私たちを救った3年前の手紙
離婚してから1年以上が経過し、私は兄や家族に支えられ、何とか未来に向かって歩み始めていました。そんなある日、実家のポストに届いたタイムカプセル郵便。3年前、自分宛てに書いた手紙には、夫への気持ちと妄想した幸せな未来が綴られていました。夫と義父、そして子どもと、幸せに暮らすはずだったのに……胸が締め付けられ、途方もない悲しみに襲われました。
きっと夫にも過去の自分から手紙が届いたはず。しかし、義母と生活している今、義母によって手紙は破棄されてしまったかもしれない。そう思い、私は夫への気持ちを断ち切る決意をしました。
決意を胸に、最後に思い出の浜辺に向かった私。「もう過去を振り返るのはこれで終わり!」泣いたあと、海に向かって誓いました。そのとき、なんと夫が走ってやって来たのです。そして夫は私の腕を掴み「記憶は戻らないけど、君のことが頭から離れないんだ。君が好きだ」と、突然告白してきたのです。
「手紙を読んで確信した。僕は今も昔もずっと誰よりも君が大切だ」そう言われ、私は言葉が出ないほど感動しました。退院して義母と生活するようになって、義母の本性がわかったと話す夫。実家で義父の日記を見つけ、過去の事実も知ったと言います。私との未来のためにもう一度義母と絶縁すると約束してくれたのです。
その後、夫と義母は何度も衝突して、なんとかして縁を切りました。そして私たちは再婚。義父が残してくれた家に戻り、2人で仲良く暮らし始めました。今は2人の子どもにも恵まれ、家族4人で毎日幸せに暮らしています。
◇ ◇ ◇
ときを超えて届いた言葉が、記憶を失っても変わらない愛を証明してくれました。幸せな瞬間の想いを形にしておくことは、未来の2人を支えるお守りになるのかもしれませんね。大切な人への想いは「言葉」にして真っ直ぐ伝えていけるといいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。