私のこと忘れちゃったの?
「Aさん、消しゴム落ちたよ」
「…」
僕の隣の席に座っているのは、3カ月前にうちのクラスに転校してきたAさんです。長い黒髪が似合う美人で、男女問わずすぐに打ち解けていました。ところが、そんな彼女はなぜか僕にだけ塩対応。
転校してきた日、僕の隣に座った彼女に 「よろしく。前はどこに住んでたの?」と声をかけたときのこと。Aさんは驚いた表情をして、「わからないの?」と不思議なことを言いました。
僕が「初めて会ったから、わからないよ」と戸惑いながら返すと、Aさんは「教えない」と不機嫌そうに答えました。しかし、その直後に他のクラスメイトが同じ質問をしたときには「仙台だよ!」と笑顔で答えていたのです。
その瞬間から、なぜか僕だけに冷たい態度を取る日々が始まりました。
見覚えのある傷
ある日、僕とAさんが日直になったときのこと。
プリントを整理する作業を2人でしていたとき、Aさんが僕を見つめて言いました。
「まだ私のこと思い出さない?」
僕は何のことだか見当も付かず、返答に困っているとAさんが「じゃあ、私のこと思い出させてあげる」と言って靴下を脱ぎ始めました。Aさんの突飛な行動に「何してるの!?」と慌てる僕を見てもAさんは止まりません。
「この傷に、見覚えない?」
そういってAさんが指さした足の傷を見て、僕はようやく彼女のことを思い出しました。
「昔、僕の近所の公園でけがをした…Aちゃんだ」
10年前、僕たちはよく近所の公園で遊んでいました。その日、僕に合わせて木登りをしていたAちゃんは無理をしたのか木から落下。Aちゃんは足に大きなけがをしてしまったのです。責任を感じた僕は、「僕が責任をとるから。Aちゃんに何かあったら、僕が守るから!」と言ったのでした。
思い出した責任
「ごめん、全然気づかなかった…」と謝る僕に、彼女は少しさみしそうに笑いました。
「私にとっては一生忘れられないことでも、あなたにとっては些細な出来事だったんだね」
忘れていたことは事実ですが、約束したことは守りたいと思った僕は「あのとき、けがをさせてしまった責任はとりたい」と伝えました。すると彼女は、「なるべく私と時間を一緒に過ごしてほしい」と言ってきたのです。僕は「そんな簡単なことでいいのか…」と思いましたが、Aさんが望むのならそうすることにしました。
それから僕たちは一緒に登校するようになりました。そんな僕たちを見て、クラスメイトは「あの2人って付き合っているのかな」と噂をするように。僕は、「恋人でも友だちでも幼なじみでもない。今の僕たちはどんな関係なんだろう」と悩んでいました。
近づく2人の距離
テストが近づいてきた日、Aさんが「勉強を教えてほしい」というので、Aさんの家で勉強をすることになりました。
「甘えてもいい?」と言って寄りかかってくるAさんを抱きしめたい衝動にかられましたが、「けがをさせた僕にそんなことをする権利はない」と思いこらえていると……
「誰か来てるの?」と、Aさんの母親が部屋に入ってきました。Aさんの母は僕の顔を見るなり、「Aにけがを負わせた子じゃない!」と怒って出て行ってしまって……。
「確かに、娘にけがを負わせた人が隣にいたらお母さんも怖いと思うよ」
僕はAさんとの関係もこれで終わりにしたほうが良いのではないかと思い、Aさんに伝えました。するとAさんは「ごめんなさい。責任をとってもらうという建前であなたのやさしさに甘えていた。私は、あなたのことがずっと好き」と言いました。
Aさんの思いもよらなかった発言に、僕も「罪悪感とか関係なく、Aさんのことを好きになってた。お母さんに謝って、認めてもらいたい」と伝えました。
乗り越えた壁とこれから
翌日、僕は改めてAさんの家を訪ねました。
「本当にあのときはすみませんでした!」僕が謝ると、Aさんの母は、「顔をあげて」
と言いました。
「Aから詳しい話を聞いたの。あなたが木登りを強要したわけではなくて、自ら登ってけがをしたことも…」
Aさんの母は、「娘がけがをして動揺してしまったの。女の子なのに、傷を残してしまうことを悔やんでいたからあなたのせいだと責任転嫁してしまって…情けないわ」と続けました。それから僕のほうを見て、「これからも、Aのことをよろしくお願いします」と言いました。こうして僕たちは晴れてお付き合いをすることになりました。
その後、僕たちは大学進学を機に、お互い家を出て近くで暮らすように。僕がAさんに「好きだよ」と言うと、彼女は照れくさそうにほほ笑んでくれます。これからも、Aさんのことを大切にしたいと思っています!
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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