忘れたくても忘れられない18年前――。
私は夫と小学3年生の息子と、3人で平凡ながらも幸せな家庭を築いていました。少なくとも、私自身はそう信じていました。
その日、親友が私を訪ねてくるまでは……。
悪夢の始まり
「突然だけど……あんたの夫、私がもらうね」
開口一番、彼女が放った言葉に、私は耳を疑いました。一瞬、何の冗談かわからず固まっていると、親友は勝ち誇ったような笑みを浮かべて続けます。
「前から思ってたんだよね。なんで彼があんたなんかと結婚したんだろうって。イケメンで仕事もできて高収入で……平凡なあんたにはもったいないのよ」「悪いとは思ってるのよ? でも、彼に本当にふさわしいのは私なの」
長年の友情が一瞬で崩れ去る音がしました。怒りと悲しみで体が震えます。
「……最低! 親友だと思ってたのに」と私が声を絞り出すと、「自分だけ幸せな人生を送ろうったってそうはいかないわよ! もう十分楽しんだでしょ。今度は私の番よ!」
まさか、そんな身勝手な嫉妬で私から夫を奪おうとしているなんて……。あっけに取られている間に、親友は悪びれる様子もなく「じゃ、そういうことで離婚よろしくね!」と言い放つと、私の前から去っていきました。
その夜――。
帰宅した夫に問いただすと、彼は「あ〜……バレちゃったか〜」とあっさりと事実を認めました。
「どういうつもりなの? よりによって、妻の親友と浮気なんて……」と言うと、「だってお前、最近、全然俺のこと見てなかったろ? 毎日、子どものことばっかりで。でも彼女は俺が疲れて帰るとさ、料理とかサッと作って出してくれるし、癒されるっていうか」と夫。
つまり、家庭から逃げ、安易な関係に流れた、ただそれだけのことでした。彼は「お前が先に女を捨てたのが悪い」「女としての魅力を感じなくなった」と、すべての責任を私に押し付けたのです。
怒りを押し殺しながら子どものことを聞くと、「お前に任せるよ。俺たちは新しい生活を楽しみたいし」と夫。自分たちの新生活しか考えていないこの男に、もはや情けも未練もありません。
「わかったわ。とっとと離婚しましょう。親権は私がもらう。もう顔も見たくないから、養育費は一括で払ってもらうから」
私の気迫に押された夫は「わかった、払う」と口先だけで約束しました。
離婚の席で、これからの養育費もぜんぶ込みで、まとまった金額を一度に支払うという約束をさせました。ところが期日になっても入金はありません。私は内容証明で催促し、弁護士にも相談して家庭裁判所に調停を申し立てました。
けれど、彼は出頭をくり返し欠席。勤務先への照会も個人情報を理由に回答を得られず、在籍の確認すら取れませんでした。実家にも連絡をしましたが、取り次ぎを拒まれ、携帯も音信不通に。
もう、支払の見込みはない――そう悟りました。
私はもう二度と元夫を頼らず、この手で息子を立派に育て上げようと心に決めました。
18年ぶりの連絡と新たな疑惑
それから18年――。
私は女手一つで息子を育てるため、がむしゃらに働きました。幸いにも息子はまっすぐに育ってくれ、医学部に進学。幼いころからの夢を叶えて、今は研修医として立派に働いています。
そんなある日、私のスマホに見知らぬ番号から着信がありました。それは、18年間一度も連絡をよこさなかった元夫からでした。今さら何の用だろうと警戒する私に、彼は興奮した様子でまくし立てました。
「人づてに聞いたんだよ! 息子が医学部に入って今は研修医をやってるって! すごいじゃん! お前、シングルなのに息子を医学部に入れるなんて。ちょっと尊敬したわ」 「でさ、医学部ってぶっちゃけどれだけ大変だった? いくらくらいかかった? 奨学金か何かか?」
なぜそんなことを聞くんだろう……不審に思っていると、元夫は慌てたように言いました。
「ほら、参考までに? うちの子も受験近いからさ。バツイチのお前でなんとかなったなら……」
そこで私は、衝撃の事実を知ることになったのです。元夫と元親友の息子は、なんと高校3年生。不倫が発覚したのは18年前。当時、元親友は彼の子を妊娠していたのです。今思えば、元親友が私に離婚を迫ったのは妊娠したためだったのでしょう。
私が問い詰めると、元夫は最初はバツが悪そうにしていたものの、すぐに開き直って白状しました。彼は「もう時効だろ?」と笑い、なおも学費のことをどうやって捻出したのかと、しつこく聞いてきます。彼の焦った様子に私は違和感をおぼえたのでした。
その冬、今度は元親友から連絡がきました。
「いきなりだけどさ、ちょっと聞いてくれる!? うちの子、私立の医学部に合格したのよ〜!!」
彼女の得意満面な顔が目に浮かぶようでした。
「やっぱり遺伝子よね! さすが私と彼の子どもだわ〜。それに比べて、あんたのところは大変なんでしょう? 彼がね、あなたのところは、大学も出ずにバイトしてるって言ってたわ」
彼女の口ぶりで、元夫が話をねじ曲げていると察しました。自分の無職や養育費の未払いから目をそらさせ、彼女の優越感を保たせるためでしょう。
彼女は、私を憐れむような口調で続けました。
「女手一つで子どもを育てるって、やっぱり限界があるものねぇ。あなたとは、もう住む世界が違うのよね」
私と息子への直接的な暴言はありません。しかし、その言葉の端々からは、私たちを見下し、自分の幸せを誇示したいという醜い感情が透けて見えました。
「うちの子が医学部で悔しいでしょ! 私は夫と息子に恵まれて本当に幸せ♡」
「18年前、あなたから彼を奪ってよかったー」
そう言って私を煽ってくる親友に私はひと言返しました。
「これからが地獄だね……」
「は?」と驚く親友に私は説明しました。
自業自得の2人の末路
「私はこれからのことについて『地獄だね』って言ったの」
「だって、私立の医学部はお金がかかるじゃない? 6年間でざっと3,000万円は平気で超えるんじゃないかな」
そう言うと、
「そんなの平気よ。彼が稼いでいるもの。あなたのところと違うから」と彼女。私は息子がすでに国立医学部を卒業して研修医として頑張っていることを話しました。
「はあ!? あんたの息子が……医者ですって!?」「う、うちだって……! そ、そうよ、うちは難関私立大をあえて選んだんだから! 最新の設備が整っているし、正直、国公立なんて眼中になかったわ!」
彼女の声は震えていました。そこで私は、とどめの一撃を放つことにしました。
「余裕なんて本当にあるの? あの人……あなたの旦那さん、今は無職になったんじゃないの?」
あの電話のあと、元夫の様子があまりにも不自然だったので、私は友人に確かめました。その時点で元夫は会社の経営悪化による人員整理の対象で、リストラが決定していたことがわかったのです。
「ええええ!? そ、そんなこと、私……聞いてない……」
元親友の悲鳴のような声が、電話の向こうから聞こえてきました。
元親友との電話を切ってすぐに、元夫から「よくも余計なことを言ってくれたな!」と逆ギレの電話がかかってきました。
しかし、私が彼のリストラの主因は、社内で周知の不倫と度重なるミスだったことまで知っていると告げると、彼は言葉を失い、無言のまま電話を切ってしまいました。
息子さんは医者になりたい一心で突き進んだのでしょう。止めるのは親の役目だと思いますが、彼らには覚悟も計画もなかったようです。
数日後――。
「お願い! お金を貸して!」と今度は泣きそうな声で電話をかけてきた元親友。
「入学金と前期の学費で今すぐ数百万円って書いてあって……。彼、実は数カ月前からリストラの内示が出てて、ボーナスも減ったの。住宅ローンと車のローン、塾代で、貯金は思ったより残ってなくて……。教育ローンも無職だから審査してもらえなくて」
と、大学から届いた請求書の金額に、途方に暮れているようでした。
「ついこの間、『住む世界が違う』って言ってたよね。私たちのことを見下しておいて、よく『助けて』なんて言えるよね」と、私は彼女の懇願をきっぱりと断りました。 電話を切った後、私の心は不思議なくらい晴れやかでした。
その後――。
結局、彼らは親戚中に頭を下げてお金をかき集め、なんとか入学金と前期の学費分は工面できたそうです。しかし、その過程で2人の過去は親戚中に知れ渡り、彼らは完全に信用を失いました。
さらに、すべてを知った息子さんは大きなショックを受けながらも、2人に対して毅然とした態度でこう告げたといいます。
「育ててもらったことには感謝しています。でも、僕はあなたたちのような生き方はしない。これからの学費は、奨学金とアルバイトで僕が自分で払います」
そう告げると、彼は実家を出て寮に移ったのだそう。数日後、今度は元親友からまた電話が来ました。
「息子との関係を修復したいの……」「息子は自分で払うって言ってるけど、学費とか、どうにかこっちで払いたくて……。でも連帯保証人が集まらなくて教育ローンが通らないの。分納も大学に断られちゃって……。車も手放したし、ブランド品も売ったけど、まだ足りない……」
泣き声まじりのその説明で、2人の見栄が音を立てて崩れているのがわかりました。元夫は非正規で再就職、彼女はパートの掛け持ちだという。周囲への勝ち組自慢は跡形もなく消えていました。
周囲からの信頼も失い、さらには唯一の自慢だった息子にも見放された2人。彼らは今、終わりのない後悔の中で、自分たちの罪の重さと向き合い続けることになるでしょう。
私にとっては、父親がいなくなってからもまっすぐに育ってくれた息子の存在が誇りであり、かけがえのない宝物です。これからは息子の未来を応援しながら、私自身の人生をゆっくりと楽しんでいこうと思います。
【取材時期:2025年5月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。