ある日、幼なじみから弾んだ声で連絡がありました。
「ちょっと謝らなきゃいけないことがあって連絡したの。実はね、私……あんたの婚約者と付き合ってるの~! 来月入籍する予定だから、一応報告しておくね!」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった私。私と婚約者は来月入籍するはずで、この週末には結婚指輪を受け取りに行く約束もしていて……結婚に合わせて建てている新居の打ち合わせも、順調に進んでいたはずなのに……。
幼なじみと婚約者の突然の裏切り
幼なじみは悪びれる様子もなく続けます。
「うんうん! それ、ぜ〜んぶ知ってた! だからその新築も、私たちが住むからね〜!」
その言葉に、私は血の気が引くのを感じました。家の名義は彼ひとりです。
新居の打ち合わせには私も毎回足を運び、壁紙の色からコンセントの位置まで私が中心となって決めてきました。
ですが、ハウスメーカーとの契約書にサインしたのは、婚約者。「ローンの手続きもあるから、僕に任せて」という彼の言葉を、何の疑いもなく信じていたのです。
幼なじみは、私が法的に何も主張できないことを見越して、こんな残酷なことを言ってきたのでしょう。
「今まで私たちのために準備してくれて、ありがとね〜♡」
私が必死に考えた間取りのリビングで、彼女が私の婚約者と笑い合う姿を想像すると、腸が煮えくり返るような怒りがこみ上げてきました。
すぐに婚約者に電話をかけて問い詰めると、彼はあっさりと事実を認めました。彼の口から出てきたのは、謝罪ではなく、あまりにも身勝手な言い訳のみ。あまりの情けなさに、あきれて言葉もありませんでした。
「もういい……こうなったら、この婚約は破棄。今この瞬間から、あなたとの関係は完全に終わりです」
私はきっぱりとそう告げ、自分の両親と彼のご両親に、彼の口から正直にすべてを話すように釘を刺しました。
電話を切り、1人になった部屋で私は崩れ落ちるようにソファに座り込みました。婚約指輪、そして、一番心を注いできた新築のマイホーム。そのすべてが、音を立てて崩れていくのを感じました。
悔やんでも悔やみきれないのは、特に家のことでした。あれだけ情熱を注いで作り上げてきた「私たちの家」は、契約・ローン・名義は彼のため、私が間取りを決めても私の権利にはなりません。結婚準備を円滑に進めるため、彼に名義関係を任せていた自分の人の良さが、今はただただ恨めしい……。
しかし、今の私にはどうすることもできない。その無力感が、何よりも私を苦めました。
悪意の招待状
3週間後――。
元婚約者の父親から「息子から、もう入籍は済ませたと聞いたよ。おめでとう! 新居が完成したら、妻とぜひ遊びに行きたいんだが」と連絡がありました。
その言葉に、私は絶句しました。彼はご両親に何も伝えていないどころか、嘘を重ねていたのです。
私は正直に、婚約は破棄になったこと、その原因が彼の浮気であることをお伝えしました。彼の父親は電話口で何度も謝罪してくださいました。そして、慰謝料は彼本人に支払わせるよう、父親が仲介すると約束してくれたのです。
1カ月後――。
また幼なじみから連絡がありました。
彼女は私の元婚約者との入籍、そして新居の完成を、これでもかというほど自慢してきました。そして信じられないことに、その新居のお披露目ホームパーティーに私を招待してきたのです。
「本気?」と尋ねた私に、「あんたが頑張って間取りとか考えてくれた家なわけだし、その完成形、気になるでしょ? 気遣って招待してあげてるんだから、感謝しなさいよ」と彼女。その歪んだ気遣いに、私は逆に冷静になりました。
「……わかった! 行くわ!」
私がそう返すと、彼女はさらにこう付け加えました。
「豪華な手土産もよろしくね」
その言葉を聞いた瞬間、私は決意を固めました。
「ご期待に応えられるように頑張るよ」とだけ返し、私はその日に向けて最高の「手土産」を準備することにしたのです。
豪華な手土産による略奪夫婦の崩壊
パーティー当日――。
私は約束通り、「豪華な手土産」を持って新居を訪れました。玄関を開けた幼なじみは、私の後ろに立つ人物を見て、顔をひきつらせました。
「なんで勝手に彼のお父さんとお母さん連れて来てるのよ!?」
そうです。私が用意した手土産は、元婚約者のご両親でした。
「え、だって言ってたよね? 『豪華な手土産よろしく』って。だからビッグゲストを呼んであげたの。これなら誰とも被らないでしょう?」
すべてを知っているご両親は、呆然と立ち尽くす幼なじみを一瞥し、つかつかとリビングへ向かいました。そして、友人たちに囲まれ得意げにしている息子を見つけると、顔を真っ赤にして怒鳴りつけたのです。
「これはどういうことだ!! 今すぐここですべて説明しろ!」
パーティー会場は一瞬で凍りつき、彼は顔面蒼白。招待されていた友人たちの前で、2人の裏切りはすべて白日の下に晒されたのです。
数日後――。
元婚約者から泣きながら電話がかかってきました。泣き声で何を言っているかわからない彼に私も困惑。結婚祝いを言っていないことに気づいた私は、とりあえず「結婚おめでとう」と言っておきました。
すると、彼は「全然めでたくないんだよ! あの土地がどういうものだったか、お前も知ってるだろ!」とはっきりした声で私を怒鳴りつけたのです。
新居の土地は、結婚成立後に名義を移す約束で、彼の父が使わせてくれていた土地です。土地代がかからない分、素敵な家を建てられるね、と笑い合ったのが遠い昔のことのようです。
「親父が激怒して……『約束を破ったんだから、名義移転は取りやめ。土地は返すか、査定で出た2,000万円で買い取れ』って言われて……」
当然のことだと思いました。
「お前への慰謝料も一括で払えって言われるし……そんな金ないんだよ! だから、慰謝料を減らしてくれないか……?」
そう懇願してきた彼を冷たくあしらって、私は一方的に電話を切りました。
次に連絡してきた幼なじみは、もっと滑稽でした。
「彼と結婚すれば幸せになれるって信じてたの……。20代で家を建てられるなんて、隠れお金持ちなんだなって思ってたのに……」「まさか土地がご両親からの贈り物だったなんて……。今さら、土地代まで払うことになるなんて聞いてないよ……!」
「ご両親の善意をあなたと彼が結託して利用したわけでしょ? 当然の報いよ」と私が言うと、彼女はしばらく言葉を失っていました。
「彼のご両親を説得してよ! あんたが私にちゃんと教えてくれなかったからこんなことになっちゃったんじゃない!」と責任転嫁してきた彼女。
「そもそもあなたが彼を略奪しなければ、こんなことにはならなかったのよ。自分でやったことなんだから、自分で責任取りなさい」と言って電話を切り、私は彼女の連絡先をブロックしました。
その後――。
しばらくして、私は元婚約者本人から、両親の立ち会い・取次ぎで慰謝料を受け取りました。そのときに聞いた話ですが、彼と幼なじみは土地代2000万円と家のローンの支払いに追われる日々を送っているそうです。あれだけ自慢していた幸せな新婚生活は見る影もなく、略奪婚の事実はあっという間に広まり、友人たちも離れていったと聞きました。
自らの行いが招いた当然の結末。2人が今、どんな思いであの家に住んでいるのか、私には知るよしもありません。
人生で一番大きな裏切りでしたが、この経験があったからこそ、人のやさしさや誠実さが身に染みてわかるようになりました。つらい回り道になりましたが、これからはもっと自分を大切に、前を向いて歩いていけそうです。
【取材時期:2025年7月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。