妻の出産、人生最高の日のはずが…
直属の上司は、長期の海外出張から戻ったばかりの仕事熱心な人。ただ、一度思い込むと周りが見えなくなるのが玉にキズでした。
その日、僕は妻の出産予定日に備え、担当していた大きな商談の引き継ぎを部下に完璧に済ませ、万全の体制を整えていました。
そして、その時は突然やってきたのです。早朝、妻から「陣痛が来たみたい……」と告げられ、僕は妻と共に急いで病院へ向かう準備を始めました。そして、タクシーの中から上司へ欠勤の連絡を入れたのです。
「社長に言いつける!」勘違い上司の怒声
「おはようございます!妻の陣痛が始まったので、本日は出産に立ち会わせていただきたく……」
僕の言葉を最後まで聞くことなく、電話の向こうから上司の怒声が響き渡りました。
「はあ!?お前、今日の大事な商談をどうするつもりなんだ!」
どうやら出張帰りの上司は、僕が万全の準備をしていたことを全く把握していなかったようです。
「いえ、その件でしたら引き継ぎは完璧に……」
「言い訳は聞きたくない!会社の一大事だぞ!妻の出産ごときで仕事を放り出すなんて、無責任なやつはうちにはいらん!」
僕が説明しようとしても、聞く耳を持ちません。
プツンッ!と一方的に電話は切られました。あまりに時代錯誤で理不尽な物言いに呆然としましたが、今は妻のそばにいることが最優先です。僕はスマホをポケットにねじ込み、病院へと向かいました。
電話の向こうの救世主は…社長本人!?
幸いにも妻は無事に出産。生まれたばかりの我が子と妻、そして心配して駆けつけてくれた妻の父と感動を分かち合っていると、再び上司から電話がかかってきました。
「おい!いつまでサボってる気だ!今日のことは社長にすべて報告させてもらうからな。会社にお前の居場所がなくなっても俺は知らんぞ!」
電話口から漏れるほどの罵声に、そばにいた妻の父(義父)がすべてを察し、電話を代わるように言いました。
「もしもし、社長の井上だ。木村くん、君が心配していた商談なら、先ほど担当者から無事契約完了したと報告を受けたよ」
「しゃ、社長!?なぜ、そこに……?」
電話の向こうから、上司の震える声が聞こえてきます。すると社長は、心底おかしそうにこう続けました。
「なぜって、私の可愛い娘と孫が頑張ってくれた、めでたい日だからに決まっているだろう?」
上司が「えっ…娘さん……!?」と絶句したのを最後に、電話は静かになりました。
実は僕の妻は社長の一人娘。しかし、その関係を社内では公表していませんでした。コネ入社だと思われるのも、特別扱いされるのも嫌だったからです。
後日、上司は僕の元へ謝罪に来て、「自分の完全な早とちりだった」と何度も頭を下げました。
一方的な思い込みで放った言葉は、ブーメランのように自分へ返ってくる──。 今、僕は新しい家族と、そして少しだけ丸くなった上司と共に、仕事と育児に奮闘する毎日を送っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。