お昼休み、休憩室でスマホを手に取った私は、画面に表示された通知の数に思わず目を見開きました。
「不在着信:15件」
電話をかけてきたのは、私の婚約者の妹――つまり、もうすぐ義理の妹になる人です。婚約者との入籍を控え、彼女とはこれから長い付き合いになるのだから、できるだけ良好な関係を築きたいとは思っていました。
しかし、それにしてもこの着信数は異常です。なにか緊急の用事かと、あわてて折り返しの電話をかけてみると……?
おびただしい数の不在着信があったワケ
「もしもし?」と言うやいなや、「あ! やっとつながった~! お願い、今すぐに会員カード貸して!」と彼女の声。やけに明るく、そして切羽詰まった声でした。
「え?」と耳を疑う私に、「今お店の前にいるんだけどね! 会員カード忘れたってごまかしたのに、入れてくれないの! 友だちも一緒で、もう買い物する気満々なのに!」
彼女が求めてきたのは、会員制スーパーの会員カード。たしかに私は持っていますが……そもそも私は職場にいて、彼女はスーパーの前。それに、規約で「本人以外利用禁止」となっているカードを貸せるわけがありません。
「そこらへんは大丈夫! お兄ちゃんの婚約者って、もう家族みたいなものじゃん? 苗字だって同じになるんだから、ほぼ本人じゃん!」
そんな理屈が通るはずもありません。私があきれていると、彼女は焦ったように小声で続けました。
「友だちに『私、会員だから』って言っちゃったんだもん! 今さら嘘だったなんて言えるわけないでしょ!?」「これから姉妹になるんだから、お願い! ね、お姉ちゃん♡」
見栄っ張りな性格だとは思っていましたが、ここまでとは……。
「カードは貸せないし、ルールを破る人をかばうつもりはない。無理なものは無理よ」ときっぱり断ると、彼女はついに本性を現しました。
「ほんっと、融通利かないんだから……ケチ! どケチ! 意地悪女! そんな心の狭い人と結婚したら、きっとお兄ちゃんも苦労するね! どうせすぐ離婚するんだ!」
一方的に罵声を浴びせられ、そのまま電話は乱暴に切られました。スマホを握りしめながら、私はこれから先の長い付き合いを想い、深いため息をつくしかありませんでした。
1時間後――。
今度は婚約者から電話がありました。
「ごめん、また妹が迷惑かけたみたいで……」と言う彼の声は、心底申し訳なさそうでした。なんでも、彼女は「意地悪された!」と彼に泣きついてきたそうです。
私が会員カードの件を話すと、彼は「やっぱりか……」と深く息を吐きました。
「どうせまた自分に良いように話を捻じ曲げてるんだろうって思ってたよ……もう迷惑かけるなってきつく言っておいた」「……まぁ、『お兄ちゃんまで敵なの!?』って逆ギレされたけどな……」
想像通りの彼女の反応に、私も思わず苦笑してしまいました。彼は、昔から妹の図々しさには手を焼いていたそうです。
「結婚してから、うまく妹さんと付き合っていけるかな……」と私が不安を吐露すると、「無理して関わらなくていいからね。妹に振り回されてほしくないんだ」と彼。
そのやさしい言葉と気遣いに、私の心は少しだけ軽くなりました。彼となら、きっと大丈夫。そう強く思ったのです。
図々しい義妹との対決
それから1カ月後――。
私たちは無事に入籍し、穏やかな新婚生活を送っていました。義妹も私たちに関わる素振りがなかったので安心していた矢先――とんでもない電話がかかってきたのです。
電話をかけてきた相手は、私が職場で指導していた後輩でした。
「あの……至急確認したいことがありまして。昨日からうちのホテルに宿泊しているお客さまの件で……」
そして、彼女は義妹の名前を口にしたのです。その瞬間、全身から嫌な汗がどっと噴き出すのを感じました。
「ご自身のカードでチェックインされたのですが、滞在中にご利用が重なったようで、チェックアウトの精算時に限度額オーバーになってしまって……。別のカードか現金でのお支払いをお願いしたのですが、彼氏さんの手前、お金がないとは言えないようで……。突然『姉がここの従業員なの!』と騒ぎ出しまして……。実は、スパの件でも問題がございまして……」
「VIP限定のスパをご利用になる際に、対応したのが先月入社したばかりの新人だったんです。彼女、先輩がお辞めになったことをまだ知らなかったようでして……。お客さまが『今日は姉からのプレゼントって言われてるの。あ、絶対に本人には連絡しないでね! 姉の顔に泥を塗る気?』と強くおっしゃったそうで……。先輩のお名前を出されたことで確認を怠ったまま利用を通してしまった、とのことでした。私の指導不足です、本当に申し訳ありません……!」
後輩によると、義妹は彼氏の誕生日を祝うため、彼氏とスイートルームに宿泊し、シャンパンや豪華な料理などのルームサービスを何度も注文したのだそう。
そして、極めつけは宿泊費の総額。
「総額で……約48万円になっていまして……」
思わず「よ、48万……」と復唱してしまいました。頭の中は真っ白です。燃え上がるような怒りで、体の芯が震えました。
私は後輩に平謝り。すぐに本人に連絡すると伝えて電話を切り、怒りで震える手で義妹へ電話をかけました。
「ちょっと! 今、ホテルから全部聞いたよ! いったいどういうつもりなの!?」
しかし、義妹はあっけらかんと「あ! ちょうどいいところに! お義姉さんから『私が払っておくから』ってフロントに説明しておいてくれる? カードが使えなくって、今ちょうど揉めてるんだよね~」と言い放ったのです。
信じられません。彼女はまったく悪びれる様子もなく、むしろ助け船が来たとでも言いたげな口調でした。
「なんで私が払うのよ! 自分で使ったお金でしょ! それに私の名前を勝手に出して、VIPスパまで利用したんですって!?」と言うと、「え~、別にいいじゃん。ケチくさ~い。なんか夢壊れる~」と義妹。
「もうお兄ちゃんと結婚して正式に『家族』になったんだから、これくらい払ってくれるのが普通でしょ!? むしろ「かわいい義妹のために出してあげる♡」ってなるのが当たり前じゃない?」
もう、彼女とは話が通じません……。
「だいたい、お義姉さんなら従業員割引で半額くらいになるんだから、スイートって言ってもせいぜい5、6万くらいになるはずでしょ?」
「お兄ちゃんの奥さんが高級ホテル勤務なんて、利用しなきゃ損だもんね♡とにかく支払いはよろしく♡」
怒りを通り越して、一種の諦めのような感情さえ湧いてきた私は、義妹に真実を伝えることに。
「私、言ってなかったっけ……?」
「え? なにを?」
たしかに、私はそこのホテルの従業員でした。しかし、結婚を機に退職したのです。
「だから従業員割引も使えないし、立て替えもしません。正規料金を、すべて自分で支払ってね」
一瞬の沈黙の後、電話の向こうから、今まで聞いたこともないような義妹の絶叫が聞こえてきました。
「はぁぁ!? なんで教えてくれなかったのよ!? 正規料金って、スイートもスパもルームサービスも……全部!?」
私が「さっきスタッフに確認したけど、総額で48万円らしいじゃない。フロントで請求書を見たでしょ?」と言うと、「そんなにするわけないじゃない! 何かの間違いよ!ぼったくりよ、こんな!お義姉さん従業員だったんだから、ちゃんとホテルに言ってよ! 払えるわけないじゃん!」と義妹。彼氏には「今回は私が全部出すから♡」と見栄を張ってしまったらしく、今さら割り勘なんて絶対にできないと、泣き叫んでいます。
「また見栄を張ったのね……少しは学習しなさいよ」と私がため息をつくと、「ホテル代くらい、払ってくれてもいいでしょ!」と彼女。
あきれて言葉もありません。私は、はっきりと彼女に告げました。
「私はあなたの義姉にはなったけど、あなたの便利な財布になるつもりはないの。1円たりとも払いません。自分で使った分は自分で払う、それが常識よ。これ以上ホテルに迷惑をかけて業務妨害するなら、法的措置を取られてもおかしくないからね」
「うぅぅ……なんで助けてくれないのよぉお……!」と泣き叫ぶ義妹の声を聞きながら、私は静かに通話終了ボタンを押しました。
すべてを失った義妹
私はすぐに夫に連絡し、ことの経緯をすべて話しました。
夫は「想像の斜め上すぎて言葉が出ない……」と絶句していましたが、「俺たちの未来のためにも、もうあいつとは関わるべきじゃない。俺からも二度と連絡してくるなって釘を刺しておく。両親にも説明するから」と、私の気持ちを汲み、そして決断してくれました。
その1時間後――。
その後の顛末は、後輩と夫から聞きました。私が電話を切った後もフロントで騒ぎ続ける義妹にしびれを切らした支配人が出てきて、冷静に、しかし毅然とした態度で告げたそうです。
「お客さま、お困りのご様子はお察しいたします。ですが、理由がどうであれ、当ホテルをご利用いただいた料金は、お支払いいただくのがルールでございます。他のお客さまへのご迷惑ともなりますので、お話はこちらで最後とさせていただけますでしょうか。ご利用料金につきましては、本日中にお支払いをお願いいたします。これ以上お話が進まないようですと、不本意ながら当ホテルの顧問弁護士に対応を依頼することになりますが、よろしいでしょうか」
「弁護士」という言葉を聞いたとたん、義妹の顔は真っ青になったと言います。隣で一部始終を見ていた彼氏も「ふざけんな! 俺に恥をかかせる気か!」と激怒し、その場で彼女を置いて帰ってしまったのだとか。
一人取り残され、観念した彼女は、その場で両親に電話。電話口で父親に怒鳴りつけられ、まずは自分のカードで限度額いっぱいまでキャッシングさせられた後、残額を渋々振り込んでもらったとのこと。
しかし、彼女を待っていたのは、彼氏からの別れのメッセージと、両親からの勘当同然の叱責、そして私の夫である兄からの絶縁宣言でした。たった一日の見栄と身勝手な行動で、彼女は文字通り、全てを失ってしまったのでした。
身勝手な見栄が招いた結末はあまりにも大きいものでした。人との関係において、誠実であること、そして間違っていることには毅然と向き合うことの大切さを改めて痛感させられた出来事です。これからは夫と共に、穏やかで誠実な家庭を築いていきたいと思います。
【取材時期:2025年5月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。