【医師監修】切迫早産とは?原因、出産への影響と予防方法について

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監修者

医師 太田 篤之 先生

産婦人科 | おおたレディースクリニック院長


順天堂大学卒後、派遣病院勤務を経て、平成22年より順天堂静岡病院周産期センター准教授就任。退職後、平成24年8月より祖父の代から続いている「おおたレディースクリニック」院長に就任し現在に至る。

 

 

■主な経歴

平成12年3月 順天堂大学医学部 卒業

平成12年5月 医師国家試験合格

平成12年5月 順天堂大学附属順天堂医院において臨床研修

平成13年10月 埼玉医科大学総合医療センター産婦人科移動

平成14年4月 埼玉医科大学総合医療センター産婦人科助手

平成14年10月 順天堂大学産婦人科学講座 助手

平成15年4月 順天堂大学大学院医学研究科 産婦人科学専攻課程入学

平成17年10月 日本産科婦人科学会 産婦人科専門医

平成18年10月 越谷市立病院産婦人科勤務

平成19年3月 順天堂大学にて医学博士の学位授与

平成20年4月 順天堂大学附属順天堂医院産婦人科助教

平成21年10月 順天堂大学附属静岡病院勤務

平成22年1月 順天堂大学附属静岡病院総合周産期センター准教授

平成23年1月 順天堂大学産婦人科非常勤講師

平成24年8月 おおたレディースクリニック院長就任

 

■所属学会

日本産科婦人科学会

日本周産期・新生児学会

日本超音波医学会

日本婦人科腫瘍学会

日本産科婦人科内視鏡学会


HP:おおたレディースクリニック
住所:神奈川県伊勢原市伊勢原2-2-12
TEL:0463-93-0383

切迫早産のイメージ

 

正期産(妊娠37週0日~41週6日)よりも前にお腹の張りや痛みなどがあると心配になる方も多いと思います。早産になる一歩手前のことを切迫早産といいますが、今回は、切迫早産の症状や赤ちゃんへの影響、対処の内容、出産方法などについてお話していきたいと思います。

 

 

切迫早産とは?

切迫早産とは、妊娠22週0日以降から妊娠36週6日までに早産の兆候があり、早産となる危険性が高い状態です。
早産の兆候とは、次のようなことです。

 

1.頻回なお腹の張り
2.子宮口が開く
3.長さのある子宮頸管が短くなっている
4.破水

 

妊婦健診では、日常生活での自覚症状(お腹の張りや胎動、出血の有無、破水の有無)と、超音波検査(エコー検査)によって子宮の状態を確認します。妊娠22~36週の間に、頻回なお腹の張りや子宮口が開くこと、子宮頸管長が短くなっていること、破水があれば、切迫早産と診断して、その後の妊娠経過や胎児の成長を慎重に診ていく必要があります。

 

妊婦さん本人には、はっきりとした自覚症状がなくても、お腹の張りや子宮頸管が短くなっていることもあります。また、お腹が張っていても子宮頸管長が短くならない場合や、頻回にお腹が張らずに子宮頸管長だけ短くなることもあります。
 

 

 

切迫早産の原因は?

切迫早産は原因がはっきりとはわかってはいませんが、主な原因の一つに子宮の入り口の炎症(絨毛膜羊膜炎)があります。普段は膣の中にいる常在菌によって酸性の状態が保たれており、子宮内に細菌が入ることを防いでいます。妊娠中は特に赤ちゃんを守るために、この作用が強化されています。しかし、妊娠による抵抗力の低下などによって膣内を酸性に保てなくなると、異常な細菌が増えてしまいます。この細菌が子宮頸管から赤ちゃんや羊水を包む卵膜までに到達すると絨毛膜羊膜炎を引き起こすことがあり、お腹の張りを引き起こすプロスタグランジンという物質を作ることによってお腹の張りが起こると、子宮頸管が柔らかくなり、子宮口が開いて子宮頸管が短くなり、破水しやすい状態となります。

 

早産になりやすい傾向としては、過去の妊娠で早産した経験があること、子宮頚部を切除した経験があること、多胎妊娠(双子以上の妊娠)や子宮筋腫を合併していて子宮そのものに負担がかかることなどがあります。

 

 

切迫早産になった場合の対処や出産はどうなるの?

切迫早産と診断されたら、自宅安静や入院での管理が必要となり、内服や点滴でお腹の張りを抑える薬を使います。絨毛膜羊膜炎の症状がある場合は、妊娠中に使うことが可能な抗生物質も使います。自宅安静の場合は、家事や外出、仕事の制限が必要になることがあります。入院をする場合は、点滴でお腹の張りを抑える薬を投与する場合、その点滴は24時間続けて行います。この入院管理は妊娠37週直前まで必要なこともあり、入院中は安静のため、院内での行動範囲や、トイレやシャワーなどの生活動作を制限されることがあります。

 

出産方法は、妊娠週数や母子の状況から、経腟分娩と帝王切開術のどちらが母子にとって最適かを医師が判断します。基本的には、切迫早産の症状をおさえて、なるべく長く妊娠していられるように治療管理します。無事に妊娠37週を迎えられたら、通常の管理に戻しますが、お腹の張りなどの症状を抑えられない場合は、医師が母子の状況から出産のタイミングを決めていきます。

 

切迫早産と診断され、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病などの合併症が悪化したり、常位胎盤早期剝離(分娩するより前に胎盤が剥がれてしまうこと)によって子宮の中で赤ちゃんが生きることが難しい場合は、緊急で帝王切開術を行い、意図的に早産させることもあります。

 

小規模のクリニックや産院で、妊娠週数の早い時期の切迫早産を管理できない場合や早産する危険性が高い場合は、万が一に備えて、NICU(新生児集中治療室)が併設された周産期センターなどへ母体搬送されることがあります。それぞれの病院や地域の連携体制によって異なります早産の時期を乗り越えて、無事に37週以降に出産できるようであれば、元のクリニックや産院へ戻って出産可能なこともあります。

 

 

切迫早産と診断されたら?赤ちゃんはどうなる?

日本の医療は、妊娠22週の500g前後で産まれた赤ちゃんを救命できるほどの世界トップレベルにあります。しかし、早く小さく産まれた赤ちゃんほど、さまざまなリスクが起こる可能性が高く、本来お腹の中で過ごすべき期間あるいはそれ以上の時間を、新生児集中治療室や専門機関での厳重な管理が必要となるケースがあります。
赤ちゃんは、ゴクンと飲み込む機能やおしっこやウンチをする排泄機能、自分で呼吸する肺の機能など、妊娠期間中にお腹の外で生活できるように身体の準備を段階的に整えて産まれる準備をしています。それが早産によって中断された場合には、赤ちゃんは、保育器や人工呼吸器などのサポートを受けながら、生きるための機能を獲得するための慎重できめ細い医療が必要となります。
赤ちゃんが、どれだけお腹の中で長く過ごしたかがその後の成長に影響するため、切迫早産と診断された後も、早産はできるだけ予防することが重要です。また、万が一早産した場合に、赤ちゃんが高度な医療を受けられる環境にいるかが救命率や治療に関わってくるために、妊婦健診で切迫早産と診断された場合は、早急に転院やNICUがある病院へ搬送を勧められることがあります。

 

 

切迫早産は予防できる?

切迫早産は絨毛膜羊膜炎や体質によるものなので、妊婦さん本人が努力しても予防しきれないことがあります。一番大切なことは、妊婦健診をきちんと受けること、医師や助産師の話を守って妊娠生活を過ごすことです。
切迫早産と診断を受けたときに、処方されたお腹の張りを抑える薬の副作用が辛くて、内服を勝手に自己中断する妊婦さんもいますが、処方されたお薬は用法容量を守り必ず飲みましょう。副作用が辛い場合は、次の健診を待たずに受診して医師へ相談しましょう。
自覚症状がないと安静にすることが難しいかもしれませんが、安静にする努力をして、切迫早産が進行しないようにしましょう。

 

 

まとめ

切迫早産と診断された週数が早ければ早いほど、早産しないための治療や行動の制限が長く続くため、妊婦さん本人にとっては、自分の思い描いていた妊娠生活とは異なる日々を過ごすことになるかもしれません。上にお子様がいる方や仕事をしている方などは、安静に過ごすことがなかなか難しいこともありますが、家族のサポートを受けたり、工夫しながらお腹の中の赤ちゃんを守りましょう。

 

 

切迫早産の体験談

10週目の健診を受け、何の異常もなかったのですが、その翌日に生理2日目ほどの出血があり、急いで病院へ。胎児は元気でしたが、子宮内に血の塊があり、それが溢れて出たのだろうということでした。そのまま入院。特に投薬などはなく、安静にして、血の塊が吸収されるのを待つ状態でした。5日目に退院して、なるべく安静にしているように言われました。が、数日してまた出血。今度は鮮血ではなく、チョコレート色で古そうな血でしたが、診察の結果、まだ子宮内に血の塊があり、その状態が長く続くと感染症を引き起こす可能性もあるので、安静にしているよう言われ、結局、その後、会社を3週間休み、自宅でひたすら寝ていました。最初の出血から1ヶ月ちょっとで血の塊は吸収されたようで、その後は仕事にも復帰し、赤ちゃんも順調に育ち、予定日の前日に3135g,50cmの元気な女の子が生まれました!もうすぐ2歳です。
切迫流産の原因を医師に尋ねたところ、「はっきりとした原因は分からない。胎盤が形成される時期には無数の血管が子宮に根を生やしていくので、その過程でプチッと切れてしまった血管があり、出血となったのだろう」というようなことを言われました。私が行った何らかの動作や行動が引き金になったのではないだろう、とのことでした。
自宅で安静にしていた時期は、どうやったら血の塊が早く吸収されるのかなど、色々とインターネットで調べたりしましたが、結局は安静にするしかないようです。今となっては、勤めている会社や家族の協力で1ヶ月以上安静生活ができたこと、そして「出血などしたら、とにかくすぐ連絡するのよ!」と言ってくれていた病院の助産師さんにとても感謝しています。

マンゴーラッシー さん

 

肉体労働の多い仕事をしており、妊娠6か月のときに切迫流産になりました。その日は朝から下腹部が顔をしかめるくらいキリキリと痛みいつもと様子が違いました。脂汗をくらいの痛みを我慢してしまったがために、夕方トイレにいくと鮮血で出血していました。そのまま病院へ行き、止血剤を処方してもらい安静にするよう言われ、自宅へ。薬を飲んで安静にしようとしたら、生理の時の塊が出るような感覚があったのでトイレにいくと生理2日目くらいの量の鮮血出血!半泣きになりながら救急で病院にかけこんだら「切迫流産で入院!」と言われました。

先生からは流産の進行を止めるすべはないから安静しかないとのお話だったので絶対安静と次の日の受診を約束して帰宅。その後1週間は出血が続きましたし、止まったと思ったら再出血してあわてて受診したら「病院にくるなら安静にしてなさい!」とDrに怒られたりしましたが、絶対安静2週間で症状は去り、その後は安静にして過ごしました。絶対安静はトイレ以外は寝て過ごすので、子供の無事を祈って携帯で調べては安心したり、不安になって泣く、の繰り返しでした。

切迫流産は赤ちゃんの力とママの安静があれば大丈夫とDrに励まされ、ベビの力を信じて過ごしました。ベビの力が及ばないときには、キツい言葉だけど自然淘汰なんだとおっしゃっていました。そんなピンチを切り抜けたわが子は無事に生まれ、すくすくと育っていますよ!

yamihime さん

 

うすい出血、茶色いおりものが出たため、切迫流産で1週間自宅安静となりました。病院では、出血があればいつでもすぐに連絡するようにと言われ、多少不安になりましたが、無事乗り越え、出産に至りました。

ゆうこ さん

 

一人目のとき、正月明けで仕事に行き、洗濯して出血に気づきました。病院で絶対安静を言われ、家事も仕事も入浴もできず、数日。出血止まって仕事に行ったら、怖いから、とクビになりました。子どもはその後異常なく、安産で生まれました。単に胎盤がはがれかかったようでした。

瑠璃3 さん

 

第二子妊娠発覚直後、上の子とずっと前から約束していたディズニーランドに家族で行きました。翌朝出血があり、病院に電話。子宮収縮抑制剤を処方してもらいました。特に生活に支障をきたすほどの安静はいわれなかったのですが、検査による通院回数が増えたのでお財布的に痛かったです。
第二子以降の出産だと、産まれたら今まで通りにかまってやれなくなるから今のうちにと無理してしまいがちかとは思いますが、ほどほどにしなくちゃいけません。

ぽぽ さん

 

あと2日で20週という時期の定期妊婦健診の内診で、子宮口(子宮頚管)が短い(標準で25mm以上のところ19mmでした)切迫流産のおそれ、と言われ、出産以外の入院を受け入れてもらえないクリニックだったので、近くの受け入れ可能な病院にその足でタクシー移動、即入院となりました。3日後にはそれ以上子宮口が開かないように縛る手術を受け、入院から9日間の安静の後、退院。23週を迎えた現在も炊事などの簡単な家事とか、荷物持ちがいる場合に限り近場での買い物ができるくらいの安静状態を続けています。

安定期に入り、つわりもなくなってお気楽な2人目妊婦ライフを思い描いていたのに、入院初日はまさに天国から地獄に落ちたような気分でした。検診のために一時預かりにお願いしていた上の子も、私の親に迎えにいってもらってそのまま実家に預け、里心が付いてはかわいそうと退院まで会うことができず、生まれてから1度も別々に夜を過ごしたことがなかったので、入院中はしょっちゅう泣いていました。上の子の妊娠中はそういった兆候も全くなく考えもしなかったし、なぜそうなるかの根本的な原因は分からないそうなので、みなさんも油断しないで下さい。

きょん×2 さん

 

妊娠してもマラソン選手はトレーニングをしている!と知っていたので、普段運動をしない私は、タバコを辞めてから階段などの息切れが少なくなったのが嬉しくて、階段を駆けのぼったり、電車まで少しの距離軽く走ったりしていました。仕事中にお尻が濡れた気がして、トイレに確認しに行くと出血がパンツ全体に広がっていて青ざめました。赤ちゃんは元気だったのですが、絨毛膜下血腫と診断され、子宮頸管が短くなっているのと、子宮内の血が吸収されるまで安静となりました。妊娠3ヶ月から5ヶ月まで自宅安静で、出血を乗り越えて今は臨月です。最初の仕事場での出血は生理2日分位。少し水っぽい塊も出てきました。

りさ さん

 

7週頃~量は多く無いが出血があり、それが3週間程続きました。工場で立ち仕事だったのが負担だったのかな?と思います。その時もすぐ休むよう先生に言われたので、仕事は辞めました(辞める予定だったのを早めた)。

その切迫流産とは関係無く、11週で今度は、朝 起き抜けに破水し、慌てて病院へ。何もあててなかったので、お尻を伝って布団を汚すくらいの、まぁまぁの量。少し血が混じっていたけど、おりものとは明らかに違って、シャビシャビで、ものすごくニオイが強かった。旦那もびっくり。ニオイでただごとじゃないと分かったよう。検査ではハッキリ羊水の陽性反応が出て、絶対安静を言われ、先生と相談して入院に。

幸い羊水量は減っておらず、子も元気だった。1週間入院。風呂トイレ以外は寝て過ごす。薬は12週~しか使えないのが基本のようで、抗生物質(感染対策)だけ処方されたが、お腹が張ることもあったので、張ると羊水を押し出す危険があるのでと、張り止めの薬も飲むことに。退院前の検査で、羊水の減りなどの異常も無く、退治も育ってることから、あの陽性反応は出血が混じったことによるギ陽性と判断されたが、あの時のニオイは、とても尿漏れでもおりものでも無い!と思っている。いま13週なので、まだまだ先が長く不安だが、やっとヒトらしい形になってきた我が子に、はやく健康に無事に会える日を待っている。

新米妊婦 さん

 

妊娠10週に入り経過順調と言われていました。保険センターで母子手帳をもらった翌日、朝から子宮に少しちくちくする痛みを感じつつも朝方寒かったから冷えたのかなと思っていました。出勤前子供たちを保育園に送って車から降りた瞬間、ショーツにサーッと何か流れ落ちる違和感が。まさか…と思い出勤前でしたがトイレに駆け込むと薄いピンク色の水っぽい出血がありそのまま急いで病院へ行きました。

着く頃には赤色の鮮血が大量に出ていました。診察中もかなり鮮血がでていて、赤ちゃんは元気だけど水っぽいかんじの血がでているしと破水も疑われ、即入院となりました。すぐに抗生剤と子宮収縮を抑制される点滴がはじまりました。まだ小さな子宮は手で触れてわかるくらいに石みたいにカチコチになっていて、助産師さんからも万が一ってこともあるからと言われ頭が真っ白になったのを思い出します。

3、4日で出血はおさまり5日目には退院する事ができました。この時点で3ヶ月終わり、ここからが出産までの長い長い絶対安静生活の始まりとなったのです。退院してからは薬を一日3回欠かさずのんでいましたが一週間後再度大量出血、そして2回目の入院。3回目の妊娠生活でしたがここまでひどい切迫流産は始めてでした。
漠然と襲いかかる先の見えない不安と実家に預けっぱなしの子供たちのことや産まれてくる赤ちゃんの事を考えると心配のあまり涙が止まらりませんでした。
10日程入院し退院。まだ4ヶ月という時期なのにとにかくお腹が張るので、食事、トイレ、シャワーは体に負担かけないよう2日に一回さっと、それ以外は布団の中で毎日横になり過ごしました。子供たちの世話や家事は実家の母親と旦那にすべてお願いしなければならない状態でした。それから2週間後の検診、絶対安静生活ですごしていたにもかかわらず、子宮内にかなりの大きさの血腫ができている事がみつかりました。
血腫があることにより感染をおこしやすく万が一感染してしまうと陣痛がきて出産になってしまうと言われ、この日から薬も一日4錠、3日に一回腟錠で予防となりました。ただ母体はかなり深刻な状態でしたがあかちゃんは元気に育っているということが唯一の支えでした。
絶対安静5ヶ月目 、2番目の子供が水疱瘡にかかりインフルエンザAやBにも立て続けに家族がかかりとトラブル続きでしたが、7ヶ月の終わりようやく血腫が小さくなりはじめ8ヶ月頃にはエコーでみえないくらいに消えていました。
ようやく病院以外の外出許可がおりたのは9ヶ月に入った頃でした。しかし、今までの反動か少し家事をしたくらいで切迫早産になり再び横になる生活。ほとんど外出することなく10ヶ月を迎え薬を飲むのを止めた4日後の37週と2日で出産となり、無事に元気な男の子の赤ちゃんを出産することができました。

みー さん

 

一人目は6週から出血が続き切迫流早産で37週まで薬を飲んで実家で絶対安静寝たきり生活でした。つわりも酷くて後期になっても点滴をして貰ってました。初めての妊娠で、周りに切迫体験した人もおらず、つわりも母は酷かったようですが中期は治まってたそうで産むまで吐いてた私は心が何度も折れました…(;o;) 絶対安静なのに姉が1~6才の子供を4人連れて実家に何度も遊びに来て、出血の電話をしたら看護師さんから「子供の暴れてる声がするけど自分の子供じゃないなら今すぐ帰って貰って!」と怒られ…姉に言いましたが夜ゴハン食べてお風呂入れて貰ったら帰るわ。と…おかげで姉とケンカになり今でも分かり合えず表面上の付き合いです。初期から切迫安静だったのに結局予定日4日過ぎて産まれました。

 

二人目は初期に少し出血はあったものの重度妊娠悪阻以外はいたって順調で迎えた妊娠後期、9ヶ月に入り里帰り先の病院へ行くと赤ちゃんの頭に触れる位まで下がっててエコーも撮れない位、子宮口も指1本開いてる!安静に!と言われたのですが、上の子が大丈夫だったしと安易に考えてしまい今まで通り子供のゴハンやお風呂してたら34週の健診で「今日明日にも産まれてしまうよ!」と泣く泣く子供を主人に連れて帰って貰い、ようやく寝たきり生活開始…結局36週0日で早産となってしまいました(^_^;)

 

三人目は今31週ですが、28週では順調だったのに30週には子宮口1cmで安静、31週で子宮口1.5cmで絶対安静…今回は見た目にもお腹下がってるし座るとお腹ハリハリ自分でも進んでると分かる位で毎日ビクビク過ごしてます。次の健診まで持つ事を目標に…保育器NICUは避けたいけど入院も避けたいなぁ…ワガママ願望な私です。休みの日は主人が子供を見に来てくれて、主人が休めない日は母が仕事休んでくれたり子供お風呂入れてくれたり…まだ続くつわりと安静で私も闘ってるとは言え毎回妊娠中は周りに迷惑かけてしまって気が滅入ります。

きゃね さん

 

1人目は順調な妊娠生活で39wで出産。 2人目もそうなるだろうと当たり前に考えて仕事も普通にしていましたが、16w過ぎた辺りから何をしてても生理痛のような筋肉痛の様な不快な下腹部痛を感じる様に。子宮が大きくなるのに靭帯が痛む事もあるとネットで見て、出血もないしそれかなぁ、と思い普通に過ごしていました。18wの検診時、それとなく痛む事を先生に伝えると即内診、NST。結果、頚管長が3.4cm(普通は4cmはある)とこの週数にしたら異常な回数の張りがわかり、切迫流産で自宅安静とウテメリン6錠服用の指示。その日から仕事も休み、上の子もいるので実家のお世話になっていましたが、段々頚管長が短縮、張りもウテメリン8錠飲んでも抑まらず、31w~36w過ぎまで切迫早産で24時間点滴の入院になりました。退院後は37wまでウテメリンを飲み自宅安静の指示で、37w2 dに出産。

 

今3人目妊娠中ですが、妊娠判明からまた不快な下腹部痛があり、早く行っても小さ過ぎて分からないだろうから、と先送りしていた産婦人科受診を早めて病院へ。診察の結果、胎嚢確認は出来たものの、子宮内出血があり絨毛膜下血腫で切迫流産と診断。出血が多くなると胎嚢ごと押し流して流産してしまうと言われ、またもや仕事禁止になり、ズファラジンを処方され自宅安静指示。20w頃から頚管長も短縮し始めたけど血腫もなくなり、先生から許可されたので一旦仕事復帰したものの、すぐに頚管長が2~2.5cm台まで短縮。張りも頻繁になり26wからまた自宅安静、29wには頚管長1.8cmと3~5分間隔の張りが始まった為、切迫早産で点滴入院(ーー;) 現在31w過ぎましたが、張りもなかなか落ち着かず頚管長も1.7~2cmの間をウロウロ。退院までまだかかりそうです…。頚管無力症や感染症が原因ではないので、心当たりは仕事かな、と思います。野外の肉体労働でずっと立ちっぱなし、動きっぱなし、重い物を持つ運ぶ…、妊娠中の体には思いの外負担だった様です。職場が主人の実家で、義母は産む直前まで働いていた、と言われたので自分でも否応なく無理してしまった、お腹の子を危険に晒してしまったと反省。とにかく、入院生活は本人も周りもいろいろ大変ですので、現在自宅安静の方は無理せず遠慮なく赤ちゃんを守る為にもゆっくり横になって過ごされてくださいね。

cowboyママ さん

 

 

◆切迫早産に関連するQ&A

2018/11/08


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