突然の婚約破棄
結婚式の日程だって決まっているし、先週も私の両親と仲良くごはんを食べていたはず……それなのになぜ……。私が言葉を失っていると、彼は沈黙に耐えられなくなったのか、ぽつりぽつりと語り始めました。
「俺、無理してたんだ。正直、お前といると疲れて……」「完璧すぎて、俺の居場所がないっていうか……仕事も俺より優秀だし、家事だってそつなくこなすし……『俺がいてもいなくても変わらないだろ』って思っちゃうんだよ」
たしかに、彼が私に対して劣等感を抱いているのは薄々感じていました。正直なところ彼の言う通り、私はひとりでも十分生きていけます。それでも彼と一緒にいたいから結婚を選んだのに……。
言いたいことはいろいろありました。ただ、感情に任せたら、さらに彼のことを傷つけてしまうのではないか――そんな不安が押し寄せてきて、私はなにも言わずに婚約破棄を受け入れることにしたのです。
妹からの招待状
婚約破棄から3カ月後、妹から結婚式の招待状が届きました。本当なら今ごろ私も招待状を出していたのにな……と思いながら封を開けると、そこに信じられない名前があったのです。
すぐさま妹に電話をかけ、「どういうこと!? ……冗談だよね!?」と言った私。妹からの招待状を開けると、そこには元婚約者とまったく同じ新郎の名前が書かれていたのです。
「同姓同名の別人なわけないじゃん! お姉ちゃんの元婚約者さんは、今は私の旦那さま♡ 人生ってなにがあるかわからないね~」 と妹。私は血の気がひきました。元婚約者が私に婚約破棄を告げたとき、すでに妹とも関係を持っていたのだそうです。
「……最低! 本当に、心の底から軽蔑するよ……」怒りで声が震えました。しかし、妹は「いつも冷静なお姉ちゃんがブチギレてる! こわ~い!」と、それすらもおもしろがっているようでした。
「男の人はね、お姉ちゃんみたいになんでもできるタイプより、私みたいなかわいくて守ってあげたくなるタイプが好きなんだよ? 次からちゃんと私を見習いな?」勝ち誇ったように笑う妹は、さらにとんでもないお願いをしてきたのです。
「お姉ちゃんは私たちを引き合わせてくれたキューピッドだから、結婚式のスピーチをお願いしようと思ってるんだ」血のつながった妹が、こんなに意地の悪い子だとは思いもしませんでした。
一瞬考えて「……わかった、任せて」と返事をした私に「余計なこと、言わないでね」と妹。もちろん私もそのつもりです。ただ、私の言葉をまっすぐに伝えるだけだと言うと、妹は満足そうに電話を切りました。
姉の静かな反撃
妹の結婚式当日。スピーチを終えた私は、親族控え室でひと息ついていました。すると妹がドレスのまま、激怒しながら入ってきたのです。
「余計なこと言わないでってお願いしたよね!?」とまくしたてる妹に、「私はただ2人がうまくやるコツを教えてあげただけ」と淡々と返した私。
結婚式のスピーチでは「朝が弱いから、やさしく起こしてあげてね」「寝相が悪くすぐに掛け布団をはいでしまうので寝室の温度に気をつけて」と、元婚約者の“扱い方”を妹に伝えました。一方で元婚約者には、「人のものをすぐに取るので目を離さないように、そして好きになると一直線なので結婚したからといって油断しないように」と、妹とうまくやるためのアドバイスを伝えました。お祝いの言葉に添えて、あくまで「心得」を述べた形です。
「ちょっと、あれは言いすぎでしょ!? どう考えても、『この2人、略奪婚です』って遠回しに言ったようなもんじゃない! 絶対にみんなに勘づかれてる! 黙って祝福してくれればよかったのに!」と妹は激怒していますが、まさか、本当に私が心の底から祝福してくれるとでも思っていたのでしょうか。
しぶしぶながら「家族」として出席し、頼まれたからスピーチをしただけです。それに、余計なことを言わず、事実だけを淡々と述べました。妹の希望は、一応叶えたつもりです。
「……あんたなんかに、頼まなきゃよかった!」と妹は言いますが、それは紛れもない事実。明らかな人選ミスだと思います。私にスピーチさえ頼まなければ、幸せなまま結婚式を終えられたのかもしれないのに、私に嫌がらせをしようとしたせいで、その悪意がブーメランになって返ってきただけなのです。
略奪婚は幸せになれるのか?
その後、ゲストの中には、「ご祝儀を返せ」と言ってくる人もいたそう。式に参加していた元婚約者の上司は事態を重く受け止め、事実確認の上、新郎の会社での処遇を見直すことにしたのだと共通の友人から聞きました。元婚約者は重要なプロジェクトに携わる予定だったとのことですが、一時的に保留とされているそうです。
妹からは「責任をとって!」と連絡が来ましたが、そんな筋合いはないので無視しています。
人の口には戸が立てられないもの。略奪婚をしたという噂はじわじわと広がり、妹夫婦は後ろ指をさされるようになり、今では夫婦仲もぎくしゃくしているそうです。
人の気持ちを踏みにじって手に入れた幸せは、決して長くは持たないのでしょう。どんな選択の場面でも、自分が胸を張れる道を選びたい――そう思わずにはいられない結末でした。
【取材時期:2025年11月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。