3年前、私と当時の婚約者は結婚式場の下見も終え、両家顔合わせも済んでいました。指輪も用意し、あとは日取りを決めるだけ。そんなタイミングで、婚約者から突然長文のメッセージが届いたのです。
「どうしても気持ちが抑えられなかった。彼女と一緒にいると、自分が本当に求めていた人生を歩ける気がするんだ」その相手の名前を聞いて、私は言葉を失いました。それは、私の2歳下の実の妹だったのです。
「君のことが大好きだった時期もあった」「でも心は止められなかった。これは俺の人生に必要な選択なんだ」と、婚約者はどこかドラマの主人公気取りのメッセージを重ねます。最後には、「慰謝料はちゃんと払うから」とだけ送られてきましたが、その後は音信不通になりました。
後日、私や両親に頭を下げに来たのは、婚約者本人ではなく彼のお父さんでした。「本当に申し訳なかった」と深々と頭を下げる姿は今でも忘れられません。そんなお父さんの訃報は、私にとってもとても悲しいものでした。
喪主として現れた妹
お父さんの訃報を知らせてくれたのは、元婚約者の親戚でした。元婚約者や妹と連絡がつかず、困り果てたところで私のことを思い出したそう。
しかし、私も2人の居場所は知りません。できればもう会いたくもないけれど、あのとき誠心誠意謝ってくれたお父さんに、きちんとお別れを言いたい気持ちが湧き上がりました。
親戚の方からも「もしよければ参列してもらえないか」と声をかけてもらい、夫とも相談したうえで、私は葬儀に出席することを決めました。
妹との再会
葬儀当日、会場に入ると、喪主の名前が書かれた札が目に入り、思わず足が止まりました。唯一連絡がついた妹が喪主を務めるようです。
親戚の話によると、お父さんは最後まで息子夫婦と連絡が取れないことを気にしていたそうです。「せめて葬儀くらいは参列してほしい」という思いから、親戚総出で必死に探し、なんとか妹と連絡がついたとのことでした。
妹を避けるように行動していたものの、ちょっとした隙に妹に捕まってしまった私。妹は「お姉ちゃん、お願い……帰らないで。ちょっとだけ話を聞いてほしいの」と、泣きそうな顔で言いました。
拒みたい気持ちでいっぱいだったものの「ここで感情的になって騒ぎを起こすのは、お父さんに失礼だ」と思い直し、式の後に話を聞くことにしました。
駆け落ちのその後
葬儀が一段落したあと、近くのカフェに入った私たち。妹は、開口一番こう言いました。
「私ね、彼となら幸せになれるって本気で思ってた。でも現実は全然違ったの……今になって後悔してる。離婚してそっちに帰ってもいい?」
話を聞くと、駆け落ちの“ロマン”は、すぐに色あせていったことがわかりました。見知らぬ土地でなかなか仕事は見つからず、生活はどんどん苦しくなり、元婚約者は妹に「お前のせいでこうなった」とイライラをぶつけるようになっていったそうです。
「地元の友だちも全部捨ててきちゃって。お父さんとお母さんにも顔向けできないし、誰にも相談できなくて」と妹は涙をぬぐいながらそう言いました。
そして極めつけは、今回の葬儀です。父親が亡くなったというのに、元婚約者は妹にすべて押し付けて、葬儀を欠席したそう。「親戚に何を言われるかわからない」「面倒くさい」と言って、家で寝ているそうです。妹もお父さんへの恩を捨てきれず、喪主を引き受けたのだとか。
にわかには信じがたい話でしたが、妹の疲れ切った表情を見れば、誇張ではないことはわかりました。
妹からのSOS
しかし、私にとっても大きな傷。妹を許すわけにはいきません。今になって泣きついても遅いのです。「今更無理! 自分のしたことは自分で責任をとって」冷たいことを言っているのは承知のうえで、私は妹からのSOSを受け入れませんでした。
妹は「そんな言い方しなくても……」と涙をこぼしましたが、私にも言いたいことがたくさんあります。
実は、彼らの駆け落ち前から、私は元婚約者の本性に薄々気づいていました。友人との電話で、「婚約なんてただの口約束! もっといい女がいたら乗り換える」と冗談めかして話しているのを、偶然聞いてしまったのです。
「もし、駆け落ちしたあのときに、私が『あいつはやめておきな』って言っていたとしても、あなたは『お姉ちゃんの嫉妬でしょ』って笑ったでしょ? 少し遅かったけど、自力で気付けて良かったじゃん」私の指摘に、妹も黙り込みました。
駆け落ちされたときはショックでしたが、「この人と結婚しなくて良かったのかもしれない」と心のどこかで思っていたのです。
妹の現状には同情もありますが、正直「自分で選んだ道だよね」と思ってしまう部分もあります。妹は、私の家に少しでいいので住まわせてほしい、せめて話し相手になってほしいと言いますが、どれも受け入れられませんでした。
妹は「たった1回の駆け落ちで、ここまで罰を受けないといけないの?」とこぼしましたが、その言葉を聞いた瞬間、「あぁ、やっぱりこの子はわかっていない」と納得してしまいました。私はそれ以上、何も言わずに席を立ちました。
元婚約者からの逆ギレ電話
数日後、今度は元婚約者から電話がかかってきました。「あいつに何を吹き込んだ!? 親戚が家に押しかけてきて大変なんだけど!」
どうやら妹が元婚約者の居場所を伝えたため、親戚が訪ねてきて、そこでこっぴどく怒られたそうです。
親戚が押しかけてきた理由はそれだけでなく、お父さんの遺言の話。元婚約者は「自分にも十分な取り分があるはずだ」と思い込んでいたようですが、お父さんの遺言には「息子には相続させない」と記されていたそうで、元婚約者は思っていたよりも受け取れる額が少なかったようです。
「それってひどくないか?」と憤る元婚約者にはため息しか出ません。
実の父親が亡くなったのに葬儀にも出ず、喪主を奥さんに押し付けていたのに、遺産だけもらおうなんて……。遺留分は手に入るのでしょうが、大切なお父さんの遺産……それすらもったいなく思えてしまいます。
遺産の使い道
その後、妹は離婚を決意して実家に戻ろうとしましたが、両親に受け入れてもらえなかったようです。現在はひとりでギリギリの生活を送っていますが、母が私に隠れてこっそり妹を手助けしていることも知っています。それも母の親心だと思うので、とやかく言うつもりはありません。
妹の話では、元婚約者は父が亡くなってすぐ、遺産をアテにして気が大きくなったのか、高額な買い物を続けたり、夜の店で散財したりしていたそうです。その支払いに、受け取った遺留分のほとんどをあててしまったのだとか……。
親戚が「連絡がつかない」と困っていたあの時期、元婚約者は父の死を知りながら連絡を無視し、浪費ばかりしていたなんて、心底呆れてしまいました。
私の心の痛みは、今も完全に消えたわけではありません。けれども、私を傷つけた人たちが、幸せをつかむことはできなかった――その現実を知って、不思議と心が静かになりました。
もう復讐心も憎しみもいりません。私には、今の家庭という大切な居場所があるのですから。
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人間関係の裏切りは、時間が経っても心に影を落とすものです。「もう忘れよう」と思っても簡単には割り切れず、節目のたびに思い出してしまうこともあるでしょう。
それでも、自分の人生を大切に歩み続けていれば、過去に縛られていた気持ちは少しずつ薄れていくもの。相手がどうなったかよりも、「今の自分がどんな幸せを選び取っているか」のほうが、ずっと大切なのかもしれません。
【取材時期:2025年11月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。