義母は、相手の話を聞くよりも、自分の意見を一方的に述べることが多い人でした。私が話し始めると必ず途中で話を遮り、自分の話ばかりします。
私たちの暮らしに口を出す義母
義母は、結婚後の私たちの生活について、たびたび口を出してきました。
「これから仕事はどうするの?」と聞かれ、私は「仕事は続ける予定です。夫とも話し合っています」と答えました。
しかし義母は「専業主婦になりなさい。じゃないと、息子の給料が低いと思われるじゃないの!」と強い口調で反対しました。
その理由は、近所の人たちに裕福な家庭だと思われたいからとのこと。義母は、自身の価値観が正しいと疑わず、私たち夫婦の意向よりも体裁や見栄を優先します。
もっとも、夫にとって義母はただ一人の肉親です。温厚な性格の夫は、これまで義母の言動を深く受け止めず、聞き流して育ってきたといいます。私自身も、できるだけ距離を保ちながら接しようと考えていました。
「貧乏飯は処分」と料理をごみ箱へ
転機となったのは、義母の還暦祝いの日でした。
私は夫に義母の好物を聞き、心を込めて手料理を用意しました。
しかし、料理を見た義母は不満そうな表情を浮かべ、「これでお祝いのつもり?」と言いました。そして、料理をそのままごみ箱に捨てたのです。
「私の還暦祝いよ? もっと豪華にすべきでしょ? こんな貧乏メシは処分よ!」
私はショックと怒りで手が震えました。悔しさと悲しさで胸がいっぱいになりましたが、その場では何も言えませんでした。
いつもは温厚な夫が
続けて義母は、「お寿司でもとってちょうだい。罰として、あなたの分は無しよ」と言いました。そのとき、普段は穏やかな夫が静かに口を開きました。
「母さん。二度とうちに来るな」
「今日で縁を切るから。もう仕送りもしない。連絡も取らない」
義母は慌てて「冗談よ」と笑いながらごまかしましたが、夫は真顔のまま。言い逃れできない状況に気付き、それまでの強気な態度を一変させ、言葉を詰まらせました。
いつもは自分の意見を押し通してきた義母が何も言い返せずに立ち尽くす姿を見て、私は初めて「守ってもらえた」と感じました。
その日、義母には帰ってもらいました。
ようやく訪れた穏やかな毎日
それから私たちは、私の実家近くの隣県へ引っ越しました。義母に文句や嫌味を言われ傷付けられることのない平穏な日々に幸せを感じています。その数カ月後、妊娠が判明し、無事に子どもを出産しました。今は両親の手を借りながら、夫と子どもと子育てに励んでいます。
家族であっても、相手を傷つける言動まで受け入れる必要はないのだと、この出来事を通して学びました。自分たちの生活と心を守るために、距離を取る選択もまた、大切な判断なのだと思います。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
捨てた後では冗談という言い訳は無理