結婚式直前、噛み合わない会話
結婚式を控えた数日前、職場にいる私へ兄から電話があり「落ち着いて聞いてくれ……。母さんが、事故に遭って亡くなった」と言うのです。ほんの数日前まで、「結婚式楽しみね」なんて笑っていた母が、もういない……? 私は頭が真っ白になり、呼吸がうまくできませんでした。
それでも現実は待ってくれません。 私はすぐ実家に向かいながら、婚約者に電話をかけ続けました。ようやく婚約者とつながったのは、移動中の車内でした。私は泣きながら状況を説明し「式を延期したい」と伝えました。すると返ってきたのは、心配より先に“結婚式”の話。婚約者は「……2日前だぞ? 今さらキャンセルは無理だって! キャンセル料もあるし、招待客だって集まってるんだぞ?」と言うのです。そして「葬儀は、後にできないの? せめて式だけはやろうよ」と耳を疑う一言を放ったのです。「母が亡くなったと伝えた直後の言葉が、それ?」と、私は震える声で言いました。私は冷静に「今、私に必要なのは結婚式を成立させる方法じゃない。母が亡くなったの。わかってる?」と伝えました。私の言葉にハッとした彼は、謝りながらも結局は「でも現実的に考えよう? もう時間がない」と言うのです。
私の気持ちじゃなく、結婚式の段取りの話。それが一番つらく感じたことでした。一方で、式場側や招待客への連絡は、急いで進める必要がありました。 私は兄と相談し、まずは親族に事情を伝え、式場への連絡は婚約者に任せました。 頭も心も追いつかないのに、手だけが動く感じでした。
母が婚約者に託した“お金”
実家に着くと、兄が母の手帳やノート類をまとめた箱を持ってきました。兄は母の手帳を見ながら「母さん、お前の結婚のこと本当に喜んでたんだな。でも、これだけは……気になって」と言い、数ヶ月前に母が書き残したページを見せてきました。そこには「結婚式の費用として、300万円を婚約者に託す」という言葉がありました。
私は何のことかわからず「……え? 私、聞いてない」と呟きました。兄は「母さん、お前が遠慮すると思って、直接は渡せなかったのかもな。でも、なんで婚約者にって思うよな」と一言。しかし、私の中で納得できる理由があったのです。婚約者は、式の準備で何度か実家に顔を出していたのです。婚約者は結婚の報告や帰省した私に合わせて一緒に来ていたり、式場の話や段取りの相談で母と会う機会が度々あったのです。そして母は「礼儀正しくて、優しい彼ね。結婚式も私のことを気にかけてくれてとても信頼できる人ね。安心してあなたを任せられるね」と言っていたのです。だから、“母が婚約者に託す”こと自体は、不自然ではなかったのです。
その記録を見た瞬間、私の中で一本の線がつながりました。 ちょうどそのころから、婚約者の金遣いが荒くなった。 飲み会が増え、財布のひもがゆるくなり、話し合いが雑になったのです。私は「まさか……母が託した300万円を使ってないよね?」と頭によぎるのでした。
婚約者「結婚式だぞ!今どこだ!」私「火葬場…」
結婚式当日、私たちは火葬場にいました。地域の都合もあり、先に火葬をしてから葬儀へ進む流れでした。私は、悲しみに浸る暇もなく、ずっと胸がざわざわしていました。母が亡くなった連絡をした後から婚約者と連絡が取れないままだったのです。
そのとき、婚約者から着信があり電話に出ると「結婚式だぞ!今どこだ!」と怒鳴り声が聞こえてきました。私は「え? 火葬場……」と伝えました。一瞬、婚約者は黙り込み、次の瞬間「とりあえず火葬終わったら来てよ」と言い放ったのです。私は「え? 式場には、延期の連絡をしてって頼んだよね? 今、母を見送ってるの!自分のことばっかりね……」と言い放ちました。すると婚約者は「キャンセル料が払えないから連絡はしてないんだよ!そしたら、式場から“今日来ないなら当日キャンセル扱いになる可能性がある”と言われたんだ。金額も大きいし、親族にも顔が立たないし……。ご祝儀がないと式代が払えないんだ! それに、ご祝儀が多ければ儲けになるだろ? なんとしてでも結婚式を挙げたいんだ」と言うのです。私が「母が託したお金はどうしたの?」と聞くと、沈黙のあと、婚約者は小さく「……使った」とポツリ。
その瞬間、胸の中に残っていた“情”が、すっと消えました。怒りというより、もう「違う世界の人だ」と理解した感覚でした。私は「母の死をむげに扱う人とは、家族になれない。さよなら」と言って電話を切りました。母に申し訳ない気持ちと、「結婚する前でよかった」という現実的な安堵が、ぐちゃぐちゃに混ざっていました。すると兄が「これで良かったんだよ」と声をかけてくれました。この一言で、私は安らかな気持ちで母を見送ることができました。
◇ ◇ ◇
非常事態が起きたとき、相手の“本当の優先順位”がそのまま出ます。言い訳の上手さより、都合の悪い状況でこそ誠実でいられるか。違和感を「気のせい」にしないことは、
自分の人生を守るために必要な判断となるでしょう。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。