私は日ごろから子どもたちに「帰ってきたら『ただいま』と言おうね」と教えていました。しかし、肝心の父親である夫は、自分の機嫌が悪いと無言で帰宅。私たちが明るく話しかけても、返事どころか、うなずくことさえありませんでした。
夫が黙って帰ってくるたび、子どもたちは顔色をうかがい、不安そうな表情を浮かべていました。私はその場を必死にフォローしていましたが、夫の態度は悪化する一方だったのです。
「俺の気持ちを察しろ」という理不尽
結婚当初の夫は「俺についてこい!」というタイプで、私はその男らしさに頼りがいを感じていました。ところが月日が流れ、それは単なる「わがまま」へと変貌してしまったのです。
自分に非があっても絶対に謝らず、親としての自覚も欠如している……、そんな夫の振る舞いは、子どもたちの教育上、決して良いものではありませんでした。
あるとき、私は意を決して「黙って帰ってくるのはやめてほしい」と夫を問い詰めました。すると夫は「俺にも外でいろいろあるんだ!」と逆ギレ。仕事が大変なのは理解できますが、それは家庭で子どもをおびえさせていい理由にはなりません。
私が謝罪を求めると、夫はあきれたようにこう言い放ちました。
「結婚5年目なんだから、何も言わなくても俺の気持ちくらい察しろよ」
夫婦といえども、言葉なしにすべてを理解し合うのは不可能です。特に、感謝や謝罪といった大切なことほど、言葉にして伝えるべきだと私は考えていました。
飲み会での傲慢な自慢話
ある日の夜、珍しく上機嫌で飲み会から帰宅した夫は、頼んでもいないのに宴席での出来事を話し始めました。
どうやら同僚たちの間で「家族の中で誰が一番偉いか」という話題になったそうです。夫は得意げにこう語りました。
「俺は、『自分の言うことは絶対で、何があっても謝らない』って言ってやった。みんな驚いてたぜ」
それは驚かれたのではなく、単にあきれられていただけではないでしょうか。夫の話は「どこの家庭も妻より夫が弱い」「男のくせに情けない」と、聞くに堪えない内容ばかり。私は相づちを打つことすらできませんでした。
反応の薄い私にいら立ち、夫は矛先を子どもたちに向けました。支離滅裂な理屈で子どもたちを責め立て、戸惑って黙り込む子どもたちに「聞かれたことに答えるのが当たり前だろ!」と怒鳴り散らしたのです。
あまりの身勝手さに、我慢の限界を迎えた私。
「言わなくてもわかるでしょ? あなただって親になって4年なんだから、子どもたちの気持ちくらい察してあげたら?」
夫が私に放った言葉を、そのままそっくり返してやりました。夫は顔を真っ赤にして黙り込みましたが、私の心の中にはすでに「離婚」の二文字がはっきりと浮かんでいました。
“察して夫”の残念な末路
数日後、私は記入済みの離婚届をリビングのテーブルに置き、子どもたちを連れて実家へ帰りました。夫に気づかれないよう、数日前から少しずつ荷物を運び出していたため、もうあの家に戻るつもりはありませんでした。
帰宅して離婚届を見つけた夫は、パニック状態で私の実家へ押しかけてきました。案の定、私の両親へのあいさつもそこそこに、夫は俺様節を炸裂させました。
「離婚なんて認めないぞ! お前がいつもみたいに謝れば済む話だろ!」
さらに「女が男に口答えするな」「誰の稼ぎで食わせてやってると思っている」と、あまりに時代錯誤で傲慢な言葉を連ねたため、父の手によって夫は家から追い出されました。
最後まで謝罪の言葉はなく、相手を尊重する姿勢も見られませんでした。家族を大切にできず、父親としての責任も果たせない。そんな存在は、私たちの人生に必要ありません。子どもたちを、夫のような大人には絶対にしたくないと強く思いました。
家庭内で威張り散らすことで、職場のストレスを発散していた夫。唯一の捌け口だった私たちを失い、彼は今、誰もいない部屋で孤独な毎日を過ごしていることでしょう。
対照的に、私たちはあの重苦しい空気から解放され、毎日を穏やかに過ごしています。
言葉にしないと、伝わらない。家族という近しい関係であっても、しょせんは他人同士です。何を考え、どう思っているのか。それを相手に届けるためには、誠実な言葉が必要不可欠。これからは、ちゃんと言葉を交わして心を通わせられる、そんな人とのつながりを大切に生きていきたいと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。