そんなある日、近くに住む義母が階段で転倒し、介護が必要な状態になりました。
不安でいっぱいになりながら、夫に相談すると、返ってきたのは思いもよらない言葉でした。
義母の介護を丸投げする夫
「俺は忙しいから介護なんてできない。プロのお前が全部やれよ」
耳を疑いました。自分の親のことなのに、まるで他人事のように言い切ったのです。
家事も育児も手伝わず、義母の世話まで当然のように私に押し付ける夫。
私は心の中で何度も「家族だから、仕方ない」と言い聞かせました。
けれど、仕事として人の人生に向き合ってきたからこそ、分かってしまったのです。
これは「家族の助け合い」ではなく、私の人生に寄りかかるだけの「依存」だと。
私は静かに「わかった。プロとして引き受けるね」と夫に言いました。
「プロとして引き受ける」の意味
そして数日間、義母の介護を実際におこない、その内容を細かく書き出しました。
入浴、排泄、食事の介助、通院の付き添い、呼び出しへの対応など。それにかかる時間と頻度を洗い出し、一般的な介護サービスの相場をもとに金額を算出して、その資料を、夫の前に置きました。
「私がやっていること、全部ここに書いてあるから読んで」
「これだけの介護を、仕事と育児、家事までしながら、私ひとりでやってる」
そう言って、私は黙りました。
「なに、これ……?」夫は目を丸くしました。
「あなたが言ったでしょう。『プロのお前が全部やれ』って」
「これは、その業務依頼に基づく介護サービス利用料だよ」
家族だからといって、当然じゃない!
言葉を失う夫。
「……正直、こんなに大変だって知らなかった。しかもこんなにかかるんだな……」
私ははっきり言いました。
「あなたの親なのに、お義母さんの介護は全部私任せ。共働きで、子育てもある中で、私ひとりでできると思ってる?」
「無理だよ。それでも“全部やれ”って言うなら、私は離婚を選ぶ」
脅しではなく、現実的な線引きでした。
夫は明らかに動揺し、「そんなつもりじゃなかったんだ! ごめん!」と、初めて頭を下げました。
その後、私たちは義両親と話し合い、介護保険サービスを正式に利用することを決めました。夫と夫のきょうだいも含めて、家族としてできること、専門家に任せることを整理し、役割を分担していく形に切り替えました。
介護は、誰か一人が抱え込むものではない。その当たり前を、ようやく共有できたのです。
家族だからこそ、線を引く
その後、夫とは介護のことだけでなく、家事や育児についても改めて話し合いました。
これまでのように「できるときに手伝う(結局なにもしない)」のではなく、最初から夫の役割として分担する約束をしました。
夫は、保育園の朝の送りや休日の育児を担い、平日もお風呂を洗ったり、ゴミを出すなどの家事をしてくれるようになりました。まだまだ完璧ではありませんが、それでも、「全部私がやる前提」の関係ではなくなり、生活がしやすくなったと感じています。
家族だからこそ、甘えていい範囲がある。
そして、越えてはいけない一線もある。
この一件で、介護も、家事も、育児も、誰か一人が抱え込むものではないのだと、改めて感じました。私はこれからも、自分と家族を守る選択をしていきたいと思います。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。