祖母の体調が急変し、医師から「余命1カ月」を宣告されたとき、義母が真っ先に口にしたのは、祖母の命ではなく「入院費がもったいない」という言葉でした。
どれほど負担が大きくなろうとも、義母を自宅で看取ることを強制し、私にさらなる重圧をかけたのです。
役目は終わり
祖母が亡くなり、葬儀が終わった直後のことです。まだ悲しみが癒えない私に対し、義母は信じられない言葉を突きつけました。
「ババアもいなくなったし、あんたの役目は終わり。荷物をまとめて出て行ってちょうだい」
義母の攻撃は止まりません。不妊治療の苦労を知りながら子どもがいないことを執拗に責め立て、さらには「息子にはもう、次の良いお相手を見つけてあるの」と、私の代わりを準備済みであることを勝ち誇ったように明かしました。
そこまでしてまで結婚生活を続ける義理はありません。私は義母の言うがまま、淡々と離婚届に判を押し、すぐに家を出ることにしました。
身勝手なSOS
それから2カ月後。平穏な一人暮らしを送っていた私の元に、義母からなりふり構わぬ連絡が入りました。「限界だから帰ってきて!」と泣きつかれたのです。
話を聞けば、新しく迎えたはずの嫁はすぐに出て行き、夫には数年前から既婚女性との不倫関係があったことが発覚。相手の夫から相場を大きく上回る多額の慰謝料を請求され、一家は窮地に立たされていました。
さらに、義父は脳梗塞で倒れて下半身麻痺となり、重度の介護が必要な状態になったそうです。
こうなることは予想していました。私は満を持して「不倫の件、相手の旦那さんに教えたのは私です」と義母に伝えました。
元嫁の置き土産
義母は絶句しました。私は以前から夫の不倫を確信しており、家を追い出されたその足で、集めておいた証拠を相手の夫へ突きつけていたのです。また、義父の不摂生な生活から、遠からず本格的な介護が必要になるだろうという予感もありました。
「なんて薄情な!」と逆上する義母に、私は言いました。
「だってみんな私のこと家族だと思っていましたか? 家政婦みたいに扱われて、最後はひどいこともたくさん言われて……。そんな人たちに情けなんてかけません」
自分たちがしてきた仕打ちが、最悪の形で返ってきたことにようやく気付いたのか、義母は言葉を失くしていました。
クソ嫁とクソ姑
「あんたはクソ嫁だわ……」と力なく呟く義母に対し、私は最後に言いました。「お義母さんこそ、立派なクソ姑でしたよ。他人になれて本当に幸せです」
そんなことを言われたにもかかわらず、義母は最後まで「なんでもするから助けて」とすがってきましたが、私は一切の情を捨て、義母の連絡先をブロックしました。
後日、まだ諦めていない義母から「戻ってきてほしい、追い出したのは間違いだった」と綴られた手紙が届きました。しかし、私はそれを読むなり破り捨て、そのまま封筒に戻して送り返したのです。今さら身勝手な謝罪を受け入れるほど、彼らに情もないのです。
◇ ◇ ◇
家族だからと言って何をしても許されるわけではありません。日々の感謝や尊重を忘れ、相手を「便利な道具」のように扱えば、いざ自分が窮地に立たされたとき、差し伸べられる手などどこにもないでしょう。
「失ってから気付いても、もう遅い」――。壊してしまった信頼は、謝罪や後悔だけで元に戻せるものではないということを、強く感じさせるエピソードでした。
【取材時期:2026年1月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。