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「朝、涙がぽろぽろあふれて」上半身が動かなくなり救急搬送。私が医師に精神科を勧められた理由は

私はあるときから背中や胸の痛みがひどくなり、寝るときも苦しさを感じる日々が続いていました。「もしかしたら心臓が悪い?」と不安に思いながらも、家事や育児、仕事に追われて病院に行くのは後回し。しかし、この選択が結果的に救急車を呼ぶまでの事態となり、元の体に戻ることも難しくなってしまった私の体験をお話しします。

この記事の監修者
監修者プロファイル

医師駒形依子 先生
産婦人科 | こまがた医院院長

東京女子医科大学医学部卒業。米沢市立病院入職後、再び東京女子医科大学に戻り、専門医を取得。同大学産婦人科に入局し産婦人科医として働きつつ、性科学を学び、また東京女子医科大学東洋医学研究所で東洋医学を学ぶ。2019年1月に地元山形県米沢市にて、こまがた医院を開業。著書に『子宮内膜症は自分で治せる(マキノ出版)』『膣の女子力~女医が教える「人には聞けない不調」の治し方(KADOKAWA)』。
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泣いていた毎日は体からのSOS!?

32歳のとき、私は9時間勤務の仕事をしていました。私は家を朝7時に出て子どもを保育園へ送り届け、夜7時に家へ帰り着く毎日。家に帰ってから夕飯を作り、休む暇もなく動いていました。

 

そんな生活を1年ほど送っていたある朝、保育園に子どもを預けて車で仕事に向かっていると、無意識のうちに涙がぽろぽろと出てきたのです。そして、職場に着くまでずっと泣き続けていました。しかも、その日だけではなく、涙は毎日のようにあふれ出てくるようになったのです。

 

涙が出ることが続く日々の中でなんだか肩凝りがひどく息もしづらくて、今日はなんだかおかしいなと感じるように。そして仕事から家に帰ったとき、息が普通にできなくなったのです。必死で呼吸をしようとしていると、だんだん上半身が動かなくなってしまいました。

 

怖くなった私は夫に救急車を呼んでもらい、待っている間にも「自分は死んでしまうのか……」「嫌だ、子どもたちを残して死にたくない」「早く助けて……」と心の中で必死に叫んでいました。

 

病院に着いてもなかなか呼吸が落ち着かなかったので、CTを撮り、血液検査をしたのですが、異常は見られず。看護師さんの指導通りの呼吸をすると、いったんは落ち着くものの、油断するとまた呼吸が荒くなる……ということを繰り返していました。

 

結局、病院に運ばれて6時間ほどしてから私の状態は落ち着いていきましたが、時間が遅くなってしまったのでその日はそのまま病院で寝かせてもらうことに。翌日の早朝、家に帰ることができました。

 

医師からの診断は…

次の日、私は「過換気症候群(かかんきしょうこうぐん)」と診断を受けました。私の上半身が動かなくなったときに、胸の前で手をすぼめるように硬直していたことがこの病気の特長の一つだったため、そのように診断されたようでした。

 

それからは日常生活の中でもたびたび呼吸が苦しくなることがあり、なぜか買い物のレジ待ちをしているだけでも息苦しくなるように。そのたびに、また過呼吸になることが怖くてたまりませんでした。

 

その後もだんだんと症状が悪化していき、次第に自分の体が自分の体ではないような感覚になっていったのです。

 

このころ、買い物のレジに並ぶたびに、息が苦しくなるだけでなく心臓はドキドキ、バクバクとなり、めまいがして立っていることもつらくなっていました。そして、3回目に救急病院で対応してもらったとき、先生に精神科へ行くことを勧められました

 

精神科では、パニック障害、不安障害、うつ病と診断されました。過換気症候群の症状が出たのは一度だけでしたが、精神科を受診したときには、息苦しさ、めまい、体の震え、頭痛、肩と首の凝り、背中全体のゾクゾク感を常に感じるようになっていました。

 

そして音に過敏になり、子どもたちの笑い声さえも体への刺激となって襲ってくるように。うつ病は心だけではなく、体の神経にも影響を及ぼすことを知りました。

 

 

私を壊してしまったものの正体

自分は大丈夫と思っていたから、体を休めず働き続けていた私。無理をした体は、自律神経を乱すまで追い詰められていたのです。

 

パニック障害、不安障害、うつ病になって、症状が落ち着くまで出かけることもできなかったので、子どもたちには申し訳ない気持ちでした。

 

母親なのに子どもと一緒に遊ぶこともできない、ドライブもできない、買い物にも行けなくなる自分が情けなくなり、とてもつらかったです。こんなことになるまで、どうして自分を大切にできなかったのだろうとたくさん後悔しました。

 

精神科で処方された抗不安薬と抗うつ剤のおかげで、体が少しラクになってきたころ「私の体は私を休ませるために、うつ病になったのだ」と思えるようになりました。それから、私がこの病を患ってからは、夫も子どももみんなで協力して家事を手伝ってくれるようになりました。

 

抗うつ剤の副作用で朝は起きられない私のために、当時小学6年生だった長女は弟たちの学校や保育園の支度を毎日してくれていたのです。

 

あのころ、私は子どもたちに「ありがとう」と「ごめんね」を毎日言っていました。今は、パニック障害、不安障害、うつ病ともに症状は軽くはなりましたが、なかなか寛解(かんかい)までいきません。自律神経を整えることを意識して、できるだけ症状が出ないように気を付けています。

 

まとめ

家事・育児・仕事を頑張るお母さんたちはたくさんいると思います。私もそうでした。そして、なんでも完璧にできるようにと頑張ってきました。でも、母親が元気でいなければ子どもに悲しい思いをさせてしまいます。

 

この経験から私は、良いお母さんじゃなくてもいい、家事や仕事が完璧じゃなくてもいい、子どもと笑って過ごせる元気な体でいることが一番だと学びました。母親として頑張らなければならない場面もあるでしょうが「無理せず頑張る」を大切にしながら、精一杯子育てを楽しむ私でいようと思います。

 

 

※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。

※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。

※AI生成画像を使用しています

 

監修:駒形依子先生(こまがた医院院長)

著者:鈴木 マキ/30代女性。7人の子どもを育てるシンママライター。保育園児から高校生の反抗期や思春期まで子どもたちのあらゆることに対応をし、奮闘する日々を送っている。

 

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています

 

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