義母の電話のあと、動けなくなった理由
お正月の帰省が近づいたころ、義母から電話がありました。「いつこっちに来る予定なのかしら? 早めに来てちょうだい。お嫁さんたちには家事を手伝ってもらいたいの。お正月はやらなきゃいけないことがたくさんあるからね」
私は反射的に「はい、わかりました」と答えました。すると義母は続けます。「あなたは次男の嫁だけど、長男の嫁と同い年なのよね? 同い年だといっても、長男の嫁のほうが目上なんだから。失礼のないように。わかった?」
私は「わかりました……」と返しましたが、その言い方が気に入らなかったのか、義母はさらに私の性格まで否定するようなことを言いました。「あなたはガサツなところがあるから心配だわ。まったく品がないんだから。長男の嫁を見習ってほしいわね。片親で育ったからか知らないけど、まともな教育を受けてないでしょうし。礼儀も知らず、テキトーに生きてきたんだろうけど……次男は、なんであなたを選んだのかしら」
電話を切ったあと、私はしばらく動くことができませんでした。
妊娠報告が、なぜか“マナー違反”扱いに
義実家でのお正月をなんとか乗り越えた数カ月後、妊娠がわかりました。安定期前のタイミングで義実家へ報告すると、義母は一瞬、言葉を失ったように固まりました。
「さっき長男夫婦も妊娠報告してきたのよ」と言われ、「そうだったんですか。じゃあ子どもたちは同級生になるかもしれませんね」と、私はつい明るく返してしまいました。
けれど義母は眉をひそめました。「順序ってものがあるでしょ。なんで長男夫婦の妊娠にかぶせるの? 兄夫婦に譲りなさいよ」譲るって、どうやって――? 私は言葉を失い、「そう言われましても……」としか返せませんでした。
義母は「本当に自分勝手ね!」と吐き捨てたあと、まるで“ついで”のように「まあいいわ。次男夫婦もお祝いしてあげる」と言いました。
届いた出産祝いを開けた瞬間、固まったワケ
出産を終え、慌ただしい毎日の中で、義母から連絡が来ました。「出産祝いを送ったから。ちゃんと受け取ってね」私は驚きました。私にも、ちゃんと“お祝い”が届くのだろうか。ほんのわずかでも、気持ちが報われる気がしてしまったのです。けれど、届いた箱を開けた瞬間、私は固まりました。中に入っていたのは、たったひとつのおしゃぶり。その直後、義母から電話がかかってきました。
長男嫁への出産祝いは100万円。そして次男嫁――つまり私には、「おしゃぶりね」と笑いながら告げたのです。「最近の100均はベビーグッズまで売ってるのね。驚いたわ~。100均なんてめったに行かないから」
私は震える声で言いました。「……送料のほうが高くなるんじゃないですか」「あら、たしかにそうね。うっかりしてたわ」義母は、まるでおもしろい話でもするかのように笑いました。
その瞬間、胸の奥で何かが“ぷつん”と切れました。「嫌がらせのつもりですか。私を傷つけて楽しむつもりなんですか」義母はとぼけたように言いました。「さあね~、どうかしら。簡単に言うと、身のほどを知れってことよ。あなたの出産には100円程度の価値しかないわ。あなたの子どもをかわいがることはないから」
私がバカにされるのはまだ我慢ができる。でも、子どもは違う――そう思いながら、私は電話を切りました。
帰宅した夫に、すべてを打ち明けた夜
その夜、帰宅した夫に、私はすべてを話しました。片親を理由に侮辱されたこと。帰省のたびに雑用を押しつけられ、食事も雑に扱われてきたこと。妊娠報告ですら責められたこと。そして今日の“おしゃぶり”のこと。
夫は最初、驚いた表情で黙って聞いていました。けれど途中から、明らかに表情が変わっていきました。拳を握る手が、わずかに震えているのがわかりました。「……なんで今まで言わなかった」
私は「あなたを困らせたくなくて……それに、私が我慢すれば丸く収まると思ってた」と答えました。その瞬間、夫は首を振りました。「我慢で収まってない。お前がずっと傷ついてる。それに、子どもにまで同じことをされたら、俺は一生許せない」
夫は深く息を吸い、はっきりと言いました。「母さんと父さんに伝える。絶縁するって」
絶縁宣言から半年後…義母は別人のように
翌日、夫が義父母に「絶縁する」と伝えると、義母は案の定、「冗談だった」「そんなつもりじゃない」と言い訳をしたそうです。けれど夫は引きませんでした。「冗談で人を傷つけるなら、それは冗談じゃない。母さんは、俺の家族を見下してきた。ここで止めないなら終わりだ」
その後、事情を知った義父も、義母をはっきり叱ってくれたと聞きました。義母は最初、「私は家のために言っている」と反論したそうです。ですが義父は、「家のためじゃない。お前の見栄と気分だ。次男がここまで言うのは、よほどのことだ。これ以上やったら、本当に戻ってこないぞ」と言ってくれたそうです。
それから義母は、しばらく大人しくなりました。そして半年ほど経ったころ、業績が悪化していた義父の会社は倒産。“社長夫人”という肩書きに強くこだわっていた義母は、まるで別人のようになりました。義父の会社で働いていた長男一家も離れていったようです。
私は心のどこかで複雑な思いを抱えつつも……あれほど人を見下していた根っこが、こんなにも脆かったのかと、言葉を失いました。現在、私は義母と関わることなく、家族3人で幸せに暮らしています。
◇ ◇ ◇
相手が「冗談」「そんなつもりじゃない」と言っても、受け取る側が傷ついたなら、それは立派なハラスメントです。無理に理解してもらおうと抱え込まず、必要に応じて距離を取るなど、自分と家族の穏やかな日常を何よりも最優先にしていきたいですね。
【取材時期:2026年2月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※一部にAI生成画像を使用しています。