義父はとても穏やかな人で、私にもいつもやさしく接してくれました。一方で義母は、なぜか私にだけ当たりが強く、会うたびに嫌味を言われます。夫もその様子に気づいていて、そのたびに注意してくれていたのですが、義母の態度が変わることはありませんでした。
それでも帰省のたびに「お義父さんに会えるから」と自分に言い聞かせて、なんとかやり過ごしてきました。
突然の訃報
そんなある日、夫から「父さんが……亡くなった」と連絡が入りました。あまりにも突然の知らせで、しばらく言葉が出ませんでした。
本当はすぐにでも駆けつけたかったのですが、夫の実家は遠方にあり、飛行機の距離です。私は臨月に入っており、いつ出産になってもおかしくない状態でした。
「無理はしない方がいい。俺だけで行って来るから」
夫はそう言って私の体を気遣い、単身で帰省し葬儀に参加することになりました。私が一人になることを心配し、夫が戻るまでの間、私の母がうちに来ることになりました。
葬儀の前日、陣痛が
私は自宅で、義父の冥福を祈ることしかできませんでした。別れの挨拶ができないことが無念で、涙がこぼれました。
義父の葬儀の前日、少しずつおなかの張りが強くなり、陣痛が始まりました。母に付き添われて急いで病院へ向かい、そのまま入院することになりました。
次第に陣痛が強くなり、必死に痛みに耐えていたとき、私のスマホには義母から何度も電話がかかってきていたようでした。
そばにいた母がスマホを見て言いました。
「何度も電話きてるよ。一回出るね」
聞こえてきたのは義母の怒鳴り声
母がスピーカーにして電話に出ると、すぐに怒鳴り声が聞こえてきました。
「ちょっと! 嫁が葬儀に来ないとは何事!? 今すぐ来い!」
義母は、電話の相手が私ではなく、私の母だとは気づいていないようでした。
母は落ち着いた声で答えました。
「娘は今、陣痛が始まって入院しています。とても動ける状態ではありません」
電話の向こうが、一瞬静かになりました。そのあとも義母は何か言っていたようでしたが、母はそれ以上言葉を返さず、静かに電話を切りました。
夫は、義母が私に怒鳴っているのを聞き、
「今までも何度も言ってきたけど、もう限界だ」
「陣痛で入院している妻にまで怒鳴るなんて。もう関わるつもりはない」
ときっぱり伝えました。
また後日、夫や義妹たちから聞いた話によると、義母は親戚の前でも、「嫁が葬儀に来ない」と不満を口にしていたそうです。
すると、その場にいた親戚の一人が「臨月なんでしょう? いつ生まれるかわからないのに、飛行機に乗ってさすがに来れないって。しかも陣痛がきて入院してるって聞いたよ?」と言ったことで、その場の空気が一気に変わったといいます。
「そんな状態で『来い』なんて言ったの?」
「それはさすがに無理でしょう……」
親戚たちから次々と声が上がり、義母は何も言い返せなくなってしまったそうです。
夫の絶縁宣言や、義母の私へのひどい態度が明るみになり、義母は親戚たちから白い目で見られることになったようでした。
夫の決断
入院した翌日、私は無事に娘を出産しました。
夫は電話で「もう実家とは距離を置く」と言いました。
義母がこれまで私にしてきたこと、そして今回の出来事で、夫の中でも完全に線を引く決意が固まったようでした。その言葉を聞いたとき、正直ホッとしてしまいました。
その後、義母からは何度か連絡があったそうですが、夫は取り合っていません。娘を会わせるつもりもない、と夫は言っています。当時は義母との関わり方に対していつも不安でいっぱいでしたが、今はとても穏やかな時間を過ごせています。
家族は、安心できる場所であってほしい。そう思えるようになったのは、夫がしっかりと向き合ってくれたからでした。これからも夫と、そして実家の家族と一緒に、この子の成長を温かく見守っていきたいと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。