私をオバサンと見下す婚約者の妹→絶望する私に意外な助け舟!

仕事一筋で頑張ってきた私ですが、30歳を過ぎて人生の転機が訪れました。それは、5歳年下の彼との出会い。取引先の担当者として現れた彼は、物腰が柔らかく誠実な人でした。年の差を気にすることなく、いつもやさしく穏やかな彼に、私は次第に惹かれていき……。
彼から交際を申し込まれ、私たちは順調に関係を育み、1年記念日にプロポーズを受けました。最高に幸せな瞬間でした。
いよいよ彼のご家族にあいさつをすることになり、私はとても緊張していました。幼いころに両親を亡くした彼は、祖母に育てられたそう。彼がこんなに素敵な人に成長したのは、きっとおばあ様のおかげなのでしょう。
私も祖父母が大好きで、結婚が決まったことも真っ先に報告しました。そのとき初めて知ったのですが、祖父母と彼のおばあ様はなんと知り合いだったのです。この偶然を運命のように感じ、祖父母は私たちのことを心から祝福し、応援してくれました。
執拗に私を敵視する彼の妹
そして迎えたあいさつ当日、彼の実家で笑顔で迎えてくれたおばあ様の傍らには、私を値踏みするように睨みつける女性がいました。その女性は、彼の妹でした。しばらくお茶を飲みながら歓談しましたが、妹はいちいちトゲのある言葉を挟んできます。彼が私の仕事ぶりを褒めると、「仕事ができるから何なの?」と真っ向から否定されてしまいました。
さらに妹は、彼より5つ歳上の私を「30過ぎのオバサン」と侮辱し、「仕事ばかりしているから、そんな歳になっちゃったのね」と嫌み。私は内心、憤りを覚えましたが、彼がきっとフォローしてくれるだろうと、平静を装いました。
しかし彼は、私をかばうどころか、気まずそうにうつむくだけ。そんな姿に、私は彼への気持ちが急速に冷めていくのを感じました。その後も妹の暴言は止まりません。「自分で婚期を逃したくせに、若い男を捕まえて結婚してもらおうなんてクズね! 結婚を迫られたお兄ちゃんがかわいそう!」などと、次から次へとひどい言葉が……。
すると彼は、「お茶が冷めちゃったから……」と言って、逃げるようにキッチンへお茶を淹れ直しに行ってしまいました。妹も彼に付いていき「ねぇ、お兄ちゃん! あんなオバサンと本当に結婚する気なの?」と言いながらキッチンへ。
そして、リビングでおばあ様と2人きりになった私。沈黙してしまい気まずさに困惑していると、キッチンから彼と妹の会話が漏れ聞こえてきたのです。妹に本当に私と結婚する気なのかと問い詰められ、彼は妹に……。
「仕事ができる彼女と結婚すれば俺の株が上がるし、貯金だって結構あるはずだろ? 若いってだけじゃ結婚相手として不安だし、彼女くらいがちょうどいいんだよ。それに彼女にとっても、若い俺と結婚できるのはラッキーだと思うし……」
妹に同調するかのような彼の本心を聞いて、私は心の底からあきれてしまい、この結婚はやめるべきだと確信しました。
彼の本音に絶望…助けてくれたのは?
「あんたたち、今すぐ出ていきなさい」
私が結婚をやめようと決意したそのとき、有無を言わせぬ強い口調でキッチンから帰ってきた2人を叱ったおばあ様。冷たい目で2人を睨みつけるおばあ様のただならぬ雰囲気に、彼も妹も慌てて取り繕おうとしますが、「黙りなさい」と一喝されました。
そして、おばあ様は深いため息をつき、「すべて私のせいね。育て方を間違えた」と悔やみ、ぽつりぽつりと昔話を始めたのです。おばあ様によると、私の祖母はかつての親友で、おばあ様のつらい時期を支えた恩人なのだそうです。
彼と妹のご両親が亡くなったとき、おばあ様もご主人を亡くしたばかりで、頼れる親戚もおらず、ひとりで孫たちを育てられるか不安だったと言います。そんな彼女に寄り添い、励ましたのが私の祖母でした。
おばあ様が困ったとき、私の祖母が彼と妹を預かってあげたこともあったのだとか。「あなたのおばあちゃんが応援してくれたおかげで私は、ひとりで孫たちを育てることができたのよ」と、おばあ様は涙ながらに語ってくれたのです。
そしておばあ様は涙を拭い、2人に向き直ると、静かに、しかし厳しく、「お前たちは、両親を亡くした寂しさから、2人で寄り添いすぎた」と話し始めました。彼は妹を過剰に甘やかし、妹はそんな彼を自分の所有物のように思うようになってしまったと、2人を諭すようにおばあ様は言います。
さらにおばあ様は、妹は自分より年上で、仕事もできるしっかりした私に、彼を盗られると感じ、嫉妬して無礼な態度を取ったのだろうと続けました。
やさしく、厳しいおばあ様の施し
恩人の孫娘である私に対し、侮辱的な態度をとった彼と彼の妹。おばあ様は、2人をゼロから育て直すことを決意しました。「自分たちで生活を立て直してみれば、少しは他人の苦労がわかる人間になるだろう」と、2人に家を出ていってもらうと宣言したのです。
彼と妹は必死に謝罪してきましたが、おばあ様が許しませんでした。もちろん、私も彼との婚約は白紙に戻しました。
それからしばらくして、おばあ様によって自立を促された彼と妹は家を探して、一人暮らしを始めたそうです。2人とも料理も掃除もままならず、初めての一人暮らしで苦労しているようです。
彼とはそれきりになりましたが、おばあ様とは今でも祖父母の家で時々会っています。「本当の孫娘にできなくて残念だった」と言われますが、おばあ様と友人としてお付き合いできるようになった今、私はとても幸せです。
◇ ◇ ◇
結婚前に相手の家族と会うことの重要性を改めて考えさせられますね。家族の前で見せる素顔にこそ、その人の本質が隠されているのかもしれません。つらい経験でしたが、祖父母世代から受け継がれてきた「徳」が、思わぬ形で救ってくれました。人とのつながりを大切にして、自分の周りの人へは、損得なしに思いやりを持って接したいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、結婚を控えた大切な時期に、婚約者の家族の何気ない一言から違和感が生まれていきます。最初は軽い冗談のように見えた言葉も、繰り返されるうちに、相手を見下す本音がはっきりと見えてくるのでした。最初は軽い冗談のように見えた言葉も、繰り返されるうちに、相手を見下す本音がはっきりと見えてきます。そしてその態度は、思いもよらない人物の行動によって、見過ごせないものとして表に出ることになるのでした。
しかし、次のエピソードで描かれるのは、さらに深刻な関係です。今度はすでに家族となったあとも、相手を見下す態度が変わることなく続き、その言動はやがて周囲との関係まで揺るがしてしまい……。
私の離婚を嘲笑する義姉→事実を告げ…絶望の淵へ!

私は夫と娘とともに、都心のマンションで暮らしています。郊外の実家では兄夫婦が私の両親と同居しているのですが、兄嫁である義姉は、どうやら私たちの生活が華やかに見えるようで……。
会うたびに嫌みを言ってきたり、執拗に物をねだってきたりしてくるのです。
そんな義姉が、最近執着しているのは、私の娘がお気に入りのワンピース。
「ピアノの発表会でうちの子に着せたいから譲って」としつこく迫られますが、娘の大切な服を簡単に渡せるはずもありません。サイズを理由に断っても、「ママ友に頼んでサイズ直しをしてもらうから大丈夫」と、無理な理屈を並べて引き下がりません。
義姉には、義姉の頼みを断れない従順な知人がいるようで、周囲を都合よく利用することに慣れきっている様子でした。
義姉との攻防戦
何度断っても、義姉は娘のワンピースを諦めませんでした。今度は「古くて不便な実家で、あんたの両親の面倒を見てあげているのに」と恩着せがましい態度。ついには兄の稼ぎの少なさを引き合いに出して、「あんたみたいにうちはブランド品を買えないの」と被害者面を始めました。
私が「それならお義姉さんも働いてみては?」と提案すると、火に油を注いでしまったようで……。
「金持ちマウント!? 私を見下すな!」
そう言って激昂した義姉は、さらに「美人でもないのに、運良くハイスペックな旦那が捕まってラッキーなだけでしょ!」「タワマンに住んでるからって調子乗んな!」「あんたなんかすぐ飽きられて捨てられるわよ!」などと、次から次へと暴言を浴びせてきました。
それから数日後、事件が起こります。私の留守中に義姉がわが家を訪れ、事情を知らない夫を言葉巧みに言いくるめて、あのワンピースを持ち去ってしまったのです。これまでも借りたものを返さないことが多々ありましたが、娘の大切なものまで奪う今回の行為は、決して許されることではありません。
持ち上がった離婚話
義姉への怒りが収まらない中、私と夫の間で離婚の話が持ち上がりました。原因は夫の不貞。それを聞きつけた義姉は勝ち誇ったように……。
「バツイチで実家に帰るなんて惨めでかわいそう笑」
「タワマン暮らしから転落ザマァ」
そう言って、私を嘲笑する義姉。しかし、私は冷静に言い返しました。
「お義姉さんも他人事ではありませんよね?」
「は?」
義姉は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていました。実は、以前から素行に問題のあった義姉に対し、兄は「次にトラブルを起こしたら離婚する」と告げていたのです。
私が娘のためにワンピースを取り戻したく、相談したことで、義姉の悪行を把握した兄。今回の件が決定打となり、兄はある決意を固めていました。
家族から愛想を尽かされた義姉
義姉は専業主婦でありながら、ほとんどの家事を私の母に押しつけ、外ではママ友を手下のように扱って、無理な要求を繰り返していました。周囲への迷惑を顧みず、欲しいものがあれば手段を選ばないその姿勢に、実の子である姪さえも愛想を尽かしていたのです。
両親を交えた話し合いの結果、実家を売却し、私たちは家族の形を再編することになりました。兄も私もそれぞれ弁護士を介して、離婚協議を進め、同時に新居探しを開始。
ほどなくして、私も兄も離婚が成立し、私たちは新居へ引っ越しました。私たちの新居が以前よりも条件のいいマンションであること、そしてそのマンションを購入したのが私であることを知った義姉は「家政婦としてでもいいから置いてほしい」と泣きついてきました。
しかし、身勝手な言動で周囲を傷つけ続けてきた義姉を受け入れる場所は、もうどこにもありません。その後、義姉は自分の実家に戻り、両親の管理下のもと職を探し、自立した生活を送るべく、厳しく指導されているそうです。
一方、義姉と縁を切った私たちは、穏やかな毎日を取り戻し、幸せな毎日を送っています。
◇ ◇ ◇
他人をうらやみ、力ずくで何かを奪おうとしても、最終的に自分の首を絞めることになりかねません。人の幸せを妬むエネルギーを、自分の生活をより良くするために使うべきだったのではないでしょうか。自分自身が納得できる人生を歩むためには、まず目の前の生活を自らの足で支える覚悟が必要なのだと強く感じます。人に迷惑をかけず、利用しようとなど考えず、幸せのためにまっすぐ人生を歩みたいですね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回の2つのエピソードに共通していたのは、相手を見下す態度が続くことで、関係そのものが大きく崩れていった点です。最初は何気ない一言でも、それが繰り返されるほど、相手の心には確実に積み重なっていきます。
印象的だったのは、どちらのエピソードでも、見下す態度が当たり前になった結果、最終的にはその関係を続けることが難しくなっていったことです。人を軽く扱う言葉や態度は、いつか必ず相手との距離を広げてしまうものなのでしょう。
相手を見下すことで優位に立てたとしても、それは長く続くものではありません。本当に大切な関係ほど、言葉や態度の一つひとつが問われるのかもしれません。