夜の公園で
母が電話を終えるまで先に公園を歩いていると、ベンチに若い男性がひとりで座っていました。暗い時間だったこともあり、私は少し怖くて距離を取ろうとしました。ところがその瞬間、シロがぐいっとリードを引っ張り、男性のもとへ駆け寄ってしまったのです。
慌てて追いかけると、男性はシロをやさしくなでながら、「かわいいワンちゃんですね」と声をかけてくれました。その様子に安心して、私は軽く会釈をしました。
すると男性は「A也といいます」と名乗り、健康器具の販売会社で働いていることを教えてくれました。社長から「商品をすべて売るまで戻ってくるな」と言われ、売れ残った分は自分で引き取るよう、半ば強引に押しつけられているのだそうです。
私が「それは大変ですね」と声をかけると、A也さんは少しためらいながらも、「今の会社は嫌だけど、家庭の事情で辞められなくて……」と打ち明けてくれました。
社長の名前を聞いた母は…
ちょうどそのとき、電話を終えた母が合流しました。事情を聞くと、母は「それ、かなり無理をさせられていない? ひとりで抱え込まないほうがいいよ」とA也さんに声をかけ、「会社はどこなの? 代表者は誰?」と尋ねました。
「えっと、B山です……」
名前を聞いた瞬間、母の表情が変わりました。B山は、母が昔から知る地元の知人のひとりだそうです。ただ、ここ数年はあまりいい話を聞かないらしく、母はスマホを取り出して商店街の知り合いに連絡を入れました。
母はしばらく真剣な表情で話を聞き、電話を終えると「やっぱりね。働いている人たちにかなり無理をさせてるみたい。辞めた人も何人かいるって」と、小さく息をつきました。
その言葉に、A也さんは「あの……そんなことまでわかるんですか?」と驚いた様子。すると母は、「この辺りは人づてに話が入ってくることもあるの。困ってるなら放っておけないからね」と返しました。
そして積まれた健康器具に目をやると、「ひとまずその荷物はうちで預かるよ。今日はもう遅いし、明日ちゃんと話をしに行こう。悪いようにはしないから」と続けたのです。A也さんは母の言葉にほっとしたようでした。
会社へ向かうと
翌朝、A也さんが事前に「社長と話をしたく、知り合いと一緒に伺います」と会社へ連絡を入れたうえで、私と母も同行しました。最初、B山はA也さんを見て「話ってなんだよ? 俺、時間ないから手短にな」と言っていましたが、私と母が背後に現れると、絶叫しながら後ずさり。
「久しぶりねぇ、B山~!」と母が声をかけると、B山は「お、お久しぶりです……」と見るからに動揺しています。母はB山に「働いている人たちがどんな状況なのか、見させてもらってもいい?」と伝えました。
その後、休憩中の社員たちが少しずつ事情を話してくれました。売れ残りを自分で引き取るよう迫られたこと、断りにくい空気があったこと、辞めたくても次の仕事が不安で動けなかったこと。母は一人ひとりの話に耳を傾け、「困っているなら、外に相談する方法もあるからね」と声をかけました。そして、母は「社員に負担させた分はきちんと返すべきだよ」とB山に厳しく迫ったのです。
その後、退職を考えていた社員には母が知人づてに相談先を紹介し、何人かは転職先を見つけたそうです。B山の会社はもともと経営が不安定だったうえ、この一件でさらに信用を失い、やがて店をたたむことになったと聞きました。
新しい一歩
A也さんは、母の知人が経営する建設会社を紹介してもらい、未経験でも一から学ぶ覚悟を伝えたうえで採用してもらえることになりました。初出勤の日の朝、私と母はA也さんを見送りに行くことに。
母は「最初は大変だろうけど、焦らず覚えていけば大丈夫。自分のためにも親御さんのためにも、ちゃんと食べて、しっかり働いてきな!」と声をかけました。その言葉に、A也さんは「はい、頑張ります!」と笑い、「僕、将来はあなたみたいに誰かを助けられる人になりたいです!」と決意を語りました。
私はそのやりとりを見ながら、母はただ顔が広いだけではなく、困っている人を放っておけない人なのだ、と改めて感じました。あの夜の公園での偶然の出会いが、いくつもの人生を動かすきっかけになったのです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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