夫「荷物がない!空き巣か!?」夫が絶叫→無断で家を出たワケ

私は仕事一筋で、忙しくも充実した毎日を送っていました。夫とは同じ職場で出会い、交際を始めてすぐ、彼は私の住んでいたマンションに転がり込むように同棲生活が始まりました。
当時の私たちは対等で、家事も生活費も自然に分担し、将来の話をする時間が何より楽しかったのを覚えています。
しかし、結婚後に夫から「将来の子どものためにも、少し家庭の時間を増やしてほしい」と頼まれ、私は正社員からパートに切り替えました。この選択が、私たちの対等だった関係を静かに変えていくことになるとは、あのころは思いもしませんでした。
専業主婦になった瞬間、夫は“上司”になった
結婚して少し経ったころ、夫が当たり前のように「俺の方が稼いでるだろ? お前は家賃払ってるだけで、その他のお金は俺が支払ってるんだぞ! だから、家事は完ぺきにしろよ?」と言い放ったのです。
人が変わったかのように威張る夫の言葉に私は耳を疑いました。私が「ちゃんとやってるよ。何か不満があるの?」と聞けば、夫は「いや、別にないけどさ……」と呟くのです。しかし、次の瞬間、別の角度から「俺の方がお金を多く出してるんだから、しっかり節約しろよ!」と釘を刺してくるのです。私は無駄遣いをした覚えはありません。むしろ物価高の中で、毎日の買い物は頭を使っていました。 それなのに夫は、私が少しでも反論すると決まって「俺が稼いだ金でご飯が食べられるんだろ!? 俺の方が立場は上だ! 俺の言うことを聞け!」と言うようになったのです。
結婚した途端、夫は「夫」じゃなくて「支配する側」になっていました。そして私は「まだ新婚だし」「そのうち落ち着くかも」と、自分に言い聞かせてしまったのです。 しかし、我慢の理由を探している時点で、もうおかしかったのだと思います……。
兄のひと言で、違和感が“現実”になった
ある日、私の兄が家へ遊びにきました。私が笑顔を作って迎えても、兄はじっと私の顔を見て「……ちゃんと寝れてるか? 大丈夫か?」と呟きました。そのタイミングで夫が帰宅し、兄を見るなり面倒そうに「へぇ。妹家に来るなんて、お兄さん暇なんですね〜。俺は仕事でクタクタですよ」と嫌味を言うのです。
さらにキッチンを見て「こういうの、ちゃんとしろよ」と、シンクの端に置いたコップを指して一言。夫の変貌ぶりに兄は「……毎日、こんな言い方されてるの?」と静かに聞いてきました。すると、兄の声が聞こえた夫は不機嫌そうに「何?俺が悪いって言いたいの?」と言うのです。そして、夫はかぶせるように「俺の方が稼いでるんだから、俺に負担かけるなよ。家のことぐらい要領よくやれよ!」と言い放ったのです。共働きなのに、家の中の責任はすべて私。それが当然のような空気になっていました。 兄は落ち着いた声で「それ、分担じゃなくて押し付けじゃないか! 注意のふりして、お前の都合だけ通してる」と夫に向かって指摘しました。すると夫は「口出しするな!」と吐き捨て、自室へ行ってしまいました。
静かになったリビングで、兄は「お前、ここにいたら壊れるぞ」とポツリ。私は最近、笑う前に夫の機嫌を考えていたことに気づいたのです。帰り際、兄は玄関で私をまっすぐ見て「帰れる場所はあるだろ?」と言いました。しかし、私はすぐに答えられませんでした。でも兄の言葉は、胸の奥深くに残りました。
出張の日、私は静かに動いた
私と夫は同じ職場なので、夫の出張の予定も帰ってくる日もだいたい分かっていました。私は夫が不在の間に家を出ようと考えました。話し合おうとしても、夫はいつも 「俺の方が大変」「お前が気にしすぎ」と言って終わらせてしまう……。だから私は、言い訳で押し切られる前に動くしかないと思ったのです。
出張当日の朝、私はいつも通りに夫を見送りました。ドアが閉まった瞬間、私が購入したお気に入りの家電を数点、仕事道具、衣類……生活を立て直すために必要なものをまとめました。この部屋には、楽しかった同棲の時間も、新婚の未来の話も残っています。それでも私は、自分を守るために距離を取ることを選びました。夫の荷物や家具には触れず、私は自分のものだけを持って部屋を出ました。そして数日後、夫が出張を終えて帰宅した夜、夫から着信がありました。電話に出ると「おい、家の中どうなってるんだ!? 物が少ないんだよ……空き巣か!? お前はどこにいるんだ!?」と絶叫するのです。私は「荷物を持ち出しただけだよ。よく見て? なくなっているのは私の荷物だけでしょ?」と伝えました。すると夫は私の気持ちを察したのか黙り込みました。その沈黙を破るように私は「別居しよう……。今まで苦しかったの。もし、向き合う気があるなら、これからのことを話し合いましょう」 そう伝えて、私は静かに電話を切りました。
あの夜、私は自分を守るために一歩外へ出ました。 これからのことは、話し合い次第です。 もし夫が本気で向き合うなら、次に築く関係は我慢ではなく、尊重の上に成り立つものであってほしい――そう思っています。
◇ ◇ ◇
収入や忙しさで夫婦の上下が決まるわけではないでしょう。共働きでも負担や我慢が一方に偏り、「当然」として押し付けられ続ければ、関係は静かに壊れていきます。まず自分が壊れない距離を確保することが、状況を変える第一歩になるのでしょう。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、結婚後、「俺の方が稼いでいる」と妻を見下すようになった夫に悩まされる女性が登場します。違和感を抱えながらも結婚生活を続けていた女性でしたが、ある出来事をきっかけに、自分自身を守るための決断を下すこととなったのでした。
続く2つ目のエピソードでは、妊娠をきっかけに態度を一変させた夫に傷つく女性が登場します。妊娠を喜ぶどころか妻を責め続けた夫。しかし、その身勝手な言動は、やがて取り返しのつかない結果を招くこととなったのでした。
「妊婦は偉いのか?」熱がある私を無視し外泊する夫→数日後…

結婚して4年、やっと子宝に恵まれた私。しかし、妊娠がわかったのは、夫が飲食店をオープンして日も浅く、私の手伝いが必要不可欠な時期。そんな時期だったので、夫は喜ぶどころか、タイミングが悪い、管理不足だと私をののしりました。
「無計画なお前の自己責任だ。生まれてからもひとりで育児しろ」とまで言ってきたのです。結婚当初は、早く子どもがほしい、親に孫の顔を見せたいと言っていた夫。それなのに、いざ妊娠したら私を責め立てて……。
私には夫の店の手伝いの他に本業があり、在宅で仕事をしています。つわりもひどく、自分の仕事もある中、夫の店まで手伝うのはかなりしんどいのです。
最近は売上も上がってきて、学生バイトの子もいるので、私が必要とされることは少なくなりました。しかしそれでも夫は、「調味料を切らしたから買ってこい」「銀行へ入金に行ってこい」と、なんだかんだと私に用事を言いつけてきます。
役に立たないと文句を言いつつ、今まで私に店の手伝いをさせてきた夫。少しは感謝してくれてもいいのに……。しかし期待しても無駄。それどころか「もっと早くバイトを雇えば良かった」だなんて言ってきます。本当にひどい話です。
発熱した妊婦の私に…
ある日、具合が悪くて寝ていると、休みで家にいるはずの夫の姿が見当たりません。何か食べられるものを買って来てほしくて夫に連絡すると、これから友だちとバーベキューをすると言われました。
私は熱があることに加え、つわりもひどくて動けないと伝え、夫に買い物を頼みました。自分の夕食と、私にはゼリーを買ってきてほしいとお願いしたのです。
「熱くらいで大げさなんだよ。妊婦はそんなに偉いのか?」
「うつされたくないから俺はホテルに泊まる」
夫は、私を心配するよりも自分の心配。風邪をうつされたくないと言い、しばらくはホテルに泊まるそうで、もちろんゼリーを買って届けるつもりもないようです。体調を崩したのは自己責任、自分でなんとかしろと言われました。
妊娠中の発熱は、赤ちゃんへ影響してしまうこともあります。そう伝えても「甘えるな。体調管理すらまともにできないお前の尻拭いなどしない」と言ってくる夫。
体調を崩すことは誰にでもあり、私はわざと熱を出したわけでもありません。今まで私は、夫が体調不良でつらいとき、仕事が大変なとき、どんなときもサポートしてきましたが、それらはすべて『なかったこと』になっているようです。
夫は、自分は無条件に尊重される存在だと思っているふしがあり、どれだけ私が稼ごうとも大黒柱は自分だと思っています。私よりも稼いでいて、家計を支えてくれているならまだしも、『大黒柱は男が担うもの』と考え、自分のほうが偉いといつも言っています。
子どもが生まれれば、私には育児が始まり満足に働けなくなると言い、「寄生虫になるのだから、大黒柱の言うことは黙って聞け」と、とことん見下してくるのです。
こんな夫、父親はいらない!
そもそも、私が風邪を引いた原因は夫にあります。大雨の日に、店で使う卵が足りないと、強引に買い出しを言いつけてきたのです。土砂降りの雨の中、妊婦の私に買い出しに行かせるなんて異常。私がびしょぬれになったことは言うまでもありません。
しかし夫は、熱を出したのは私の管理不足だと言い張り、謝罪や感謝の言葉を口にすることはありませんでした。
「わかった」
失望した私は、夫がホテルに泊まることに返事をして、ある決意を固めました。ワンオペ確定なら、もう出産も育児も全部ひとりで乗り越えよう。こんな夫が、まともな父親になれるとは思えない。もう二度と夫に頼らないと決め、私は実家に帰りました。
「おい、どういうことだ!?」
それから数日が経ち、自宅に戻り驚いた夫から連絡が。家に私の姿も荷物もなく、テーブルには離婚届。まさかの展開に理解が追いついていない様子でした。
私が改めて離婚を告げると、「たかが言い争いくらいで……」と夫は、ため息をつきました。夫は、私が熱を出したあの日のやりとりを「ただの言い争い」だと思っているようです。しかし、私はずっと前から夫に対して不満を溜め込んできました。
私にはいろいろ雑用をさせる夫ですが、私が何か頼もうとすると断ります。熱を出したあの日、私や赤ちゃんの心配を少しもしてくれませんでした。いかに私のことを軽い存在として見ているのか、わかってしまったのです。
夫は、ひとりで子どもを育てていけるのかと、離婚を阻止しようとしてきました。ひとりで育児しろと言っていたことを忘れたのでしょうか。すでに実家で暮らすことも、シングルマザーになることも私の両親は許してくれています。両親の手を借りられるのなら、私は仕事を減らさずに済み、十分に暮らしていけます。そう説明し、私は最後に「お店ひとりで頑張ってね」と告げました。
自己管理不足は、あなたです!!
その後、夫はしぶしぶ離婚を承諾。夫と別れて数ヵ月後、私は無事に娘を出産しました。ふと気になって夫の店をネットで調べてみると、なんと娘が生まれる少し前に、閉店していました。
あとになって義両親から聞いたのですが、私が手伝わなくなったことで夫は、バイトの学生に雑用を押し付けるようになり、学生がやめてしまったそう。店が回らなくなり、イライラした態度で最悪な接客をして、お客さんが来なくなってしまい……ついには閉店してしまったようです。
「子ども生まれたらしいな……」
私も娘も退院し、生活も落ち着いてきたころ、義両親から聞いたのか夫から久しぶりに連絡がきました。今さらになって、私のありがたみを痛感したと言い、やり直せないかと言ってきたのです。やり直すだなんて考えられるわけがありません。それに、反省したそぶりを見せる理由も見当がつきます。店を潰してしまい、養育費の支払い目処が立たなくなったことに加え、収入がなくなった自分の生活費のために私の稼ぎをあてにしているから。丁寧にお断りして、二度と連絡してこないでほしいと告げました。
それ以来、夫は義両親にもまったく連絡していないようで、今となってはもう、夫がどこで何をやっているのかわかりません。つながりは、月に一回振り込まれる養育費のやり取りのみ。娘にはやはり興味がないようで、面会は一度も希望されたことがありません。娘は父親がいなくても、すくすく成長していて、私は両親と娘と幸せな毎日を過ごしています。義両親には、たまに娘を連れて会いにいき、たくさんかわいがってもらっています。
◇ ◇ ◇
妊娠中など、心身ともに大変な時期のパートナーへの態度は、その人の本質を映し出す鏡です。思いやりや感謝のない態度や発言を続けていては、いつか関係を破綻させてしまいます。相手を思い、相手のために行動したいものです。
勇気を持って環境を変える決断をしたことで、穏やかで幸せな毎日を送れるようになってよかったです。周りのサポートを得ながら、お子さんと共に素敵な人生を歩んでいってほしいですね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、自分を守るために家を出る決断をした女性たちのエピソードをご紹介しました。
結婚や妊娠は、本来なら夫婦で支え合う大切な節目です。しかし、その関係が対等ではなくなり、一方だけが我慢や負担を背負い続けてしまえば、夫婦関係は少しずつ壊れていきます。
どちらの女性も、相手の変化に傷つきながらも、自分自身を大切にするための選択をしました。環境を変えることは勇気のいる決断ですが、自分の心や人生を守るためには必要な一歩になることもあるのだと感じさせられるエピソードでした。