夫が突然持ち出した同居話
ある日、義母が認知症の初期段階と診断されたと、夫から聞かされました。まだひとりで生活できているものの、今後は日常生活の見守りや介護サービスの利用も考えていく必要があるとのことでした。
義母は食事や着替え、入浴などは自分でできていたものの、同じ物を何度も買ってしまったり、通院日を忘れたりすることが増えていたそうです。近所に住む義母の弟夫婦が時々声をかけてくれ、私たちも週末に様子を見に行っていました。ですが、このまま1人暮らしを続けるには不安が出てきた段階でした。
私は、まずは地域包括支援センターや自治体の窓口に相談し、義母に合った支援を考えたほうがいいと思っていました。しかし夫は、私に相談する前から結論を出していました。
「母さんをうちに呼んで同居しよう」
私は突然のことに驚きました。今まで義母から嫌な思いをさせられてきても、夫は一度も私の味方をしてくれませんでした。それでも別居だったから、何とか距離を保てていただけです。同居となれば、今までのように受け流すことはできません。
もちろん、家族としてできる範囲で手助けするつもりはありました。通院の付き添いや手続きの確認、介護サービスを探すことなら、私も協力できると思っていたのです。
けれど、同居して日々の家事や介護をすべて引き受けるとなれば話は別です。私たちは共働きで、日中ずっと家にいられるわけではありません。無理に家族だけで抱え込むより、早い段階で外部の支援につなげるほうが、義母にとっても安心だと思いました。
「私たちだけで全部を抱えるのは現実的じゃないわ。まずは公的な窓口に相談しましょう」
「介護サービスや施設入居も含めて、お義母さん本人の希望を聞きながら考えたほうがいいと思うの」
そう伝えると、夫は不機嫌そうに「俺の母親なんだぞ? 冷たいな」と言いました。
「仕事を変えればいい」と言われて
続けて夫は、「同居は決定事項だ」と言い放ちました。そして、まるで最初から私に介護を任せるつもりだったかのようにこう続けたのです。
「お前には今の仕事を辞めてもらうつもりでいる。トイレとか風呂とか、母さんだって同性に手伝ってもらったほうがいいだろ。お前は在宅でできる仕事を探せばいい」
「母さんと弟にも、そういう話で進めると伝えてある。2人ともそれでいいってさ」
その瞬間、胸の奥がすっと冷えていくのを感じました。義母のことを心配しているというより、私に介護を押し付け、さらに在宅で仕事も続けさせるつもりなのだとわかったからです。
そして、私の同意も得ずにその話を周りへ伝えていたことにも、強い違和感を覚えました。長年、私の意見をないがしろにしてきた夫の姿勢に、もう耐えられませんでした。
「自分の母親のことなのに、どうして私が仕事を変える前提なの?」と反論すると、夫は声を荒らげました。
「お前が家にいればヘルパーを頼まなくて済むだろ。余計なお金もかからない」
その後も話し合いは平行線のまま。私がどれだけ反対しても、夫は「もう決まったことだ」と繰り返すばかりでした。さらに夫は、義母の荷物を運び込むために、引っ越し業者へ連絡していたのです。私には相談もなく、搬入予定日まで決めていました。
そして夫は、「俺は来週から出張だから、母さんの家に行って荷物をまとめるのを手伝っておいてくれ」と言い残し、1週間の出張に出ました。
娘のひと言で決意が固まり
夫が義母との同居を勝手に進めようとしていることを、私は娘にも電話で打ち明けました。離れて暮らすひとり娘のA子は、以前から私の悩みを知ってくれている存在でした。A子は少し考えた後でこう言いました。
「お母さん、もう我慢しなくていいよ。私のために離婚しなかったなら、もう大丈夫。私はお母さんが無理してるほうがつらい」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にあった重たいものが少しほどけた気がしました。
娘のために耐えてきたつもりでした。でも、娘はちゃんと見ていたのです。私が夫に話を聞いてもらえず、家事を押し付けられ、義母との関係にも苦しんできたことを。その日、私はようやく決心しました。夫の都合に合わせて自分の人生を後回しにするのは、もう終わりにしようと。
出張中の夫から届いた無神経な連絡
そして私はついに、以前から考えていたことを行動に移す決意をしたのです。
数日後、出張中の夫からメッセージが届きました。
「母さんの荷物はまとめたか?」
それに対して、私は短く「うん。私はもう家を出たよ」とだけ返しました。すぐに夫から「は?」と返信が来ました。私は続けてこうメッセージを送りました。
「お義母さんと同居するなら、あなたひとりでどうぞ」
それでも夫は、状況を理解していない様子。慌てて電話をかけてきて「どういうことだよ」「夫婦なのに別居するっていうのか?」とまくしたてました。
それでも、私はもう迷いませんでした。
「違うよ。離婚に向けて話を進めるということ。家に残っている私の荷物は、後日引っ越し業者と取りに行きます」「お義母さんの荷物は、生活に必要な物は残して、ほかのものは段ボールにまとめておいたから。あとは、あなたが業者さんと直接やりとりして」
とだけ伝えて、電話を切りました。
実は私は、娘に背中を押された翌日、必要な荷物だけを持って実家に戻っていたのです。
私が家を出た後、夫が頼ったもの
それから数カ月、夫からは何度も連絡が来ました。
「帰ってきてくれ」
「家のことが回らない」
けれど、そこに私への謝罪はありませんでした。義母との同居を勝手に決めたこと、私に仕事を変えさせようとしたこと、家事も介護も当然のように押し付けようとしたこと……。そのどれについても、夫は本気で向き合おうとはしませんでした。
夫はもともと家事をほとんどしてこなかったため、義母との生活に相当苦労しているようでした。最初は「お前が戻れば済む話だ」と言っていましたが、私はそのたびに「私に頼るのではなく、市区町村の窓口や地域包括支援センターに相談したほうがいい」と伝えました。
夫はしばらく意地を張っていたようですが、義母の物忘れが増え、家事も回らなくなってきたことで、ようやく公的な窓口に相談したそうです。その後は介護サービスの利用について相談を進め、必要な範囲でヘルパーさんや見守りの支援を頼りながら、少しずつ生活を整えていったと聞きました。
そして話し合いを重ねた末、私たちは離婚が成立しました。今は、この決断をしてよかったと心から思っています。これからは誰かの都合だけで動くのではなく、自分の人生を自分で選んでいきたいです。
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介護が必要になった家族をどう支えるかは、とても大切な問題です。しかし、だからといって誰かひとりの仕事や生活を犠牲にして当然、という考え方には危うさがあります。主人公は、義母を突き放したかったのではなく、夫に一方的に背負わされることに限界を感じていました。家族だからこそ、思い込みで役割を決めつけず、本人の希望や公的な支援も含めて考えることの大切さが伝わってくるエピソードです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています
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