「え。今日何もしてへんの?」どうして自分だけ…不妊治療、一番苦しめたのは心の闇だった

2021/03/05 12:25
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5.5組に1組。不妊に悩む夫婦の割合です。晩婚化が進み、現実にはさらに高い割合とも言われています。不妊に悩むカップルの半数は男性側に原因があることは、あまり多く知られていません。ベビーカレンダーの独自調査とともに、不妊治療を乗り越えた女性の物語をお届けします。ケース1、安藤かなさん(33・仮名)の場合。
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「え。今日何もしてへんの?」どうして自分だけ…不妊治療、一番苦しめたのは心の闇だった

 

5.5組に1組――。不妊に悩む夫婦の割合です。晩婚化が進み、現実にはさらに高い割合とも言われています。いまや、赤ちゃんが授からない悩みは、特別なことではなくなっています。

 

世界保健機関(WHO)によると、不妊に悩むカップルの半数は男性側に原因があるといいます(※1)。とはいえ、心も体も女性の負担が大きい不妊治療。でも、医療技術は日々進歩しています。ベビーカレンダーの独自調査とともに、不妊治療を乗り越えた女性の物語をお届けします。

 

ベビーカレンダーの独自調査

▲ベビーカレンダー独自の調査によると、子どもをもつ2,868名の女性のうち、不妊治療をしたことがある割合は約35%(990名)。3名に1名は不妊治療を経験していた。

 

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夫の一言に落胆、互いにたまるストレス

「え。今日何もしてへんの?」

 

帰宅した夫が、開口一番言い放った言葉に、安藤かなさん(33・仮名)は落胆した。この日は仕事を休んで不妊治療の処置を受けた。治療内容は顕微受精のための採卵。何週間かホルモン注射を打って育ててきた卵子を、卵巣に針を刺して採取する。麻酔もしたので、帰宅後は何も手に付かず横になっていた。

 

「きつい一言でした。私が今日どんだけ大変な思いをしたか、わかってるはずだよねって。でも今思えば、夫もストレスがたまっていたんだと思います」

 

かなさんは現在、0歳と4歳の育児に奮闘する。1人目は不妊治療の末に授かり、2人目は自然妊娠で授かった。命が宿るということは、医療の手が介入しようとしまいと、奇跡の連続だと実感する日々だ。

 

どうして自分だけ……まぶしく映った「産休育休」

23歳で結婚。子どもはすぐにでも授かりたいと思っていた。ところが結婚の翌年の夏、突然の出血で子宮外妊娠(受精卵が子宮内膜以外の場所で着床すること)が発覚。緊急の腹腔鏡手術(お腹に数か所の小さな穴をあけ、カメラや手術器具を使って手術を行う方法)を受けた。

 

奇跡的に卵管摘出には至らなかったが、小さな傷口が4〜5カ所お腹に残った。約1カ月間入院した大学病院の産婦人科病棟は、お腹の大きい妊婦ばかり。元気な赤ちゃんの声も聞こえてきた。早く妊娠しなければという焦りが込み上げると同時に、「どうして自分だけ」と卑屈な感情が湧いた。

 

「あの時のみじめな思いがきっかけで、どうしても自分の子どもが欲しいってこだわり始めました。職場の先輩たちが『産休』『育休』をとる姿が、まぶしく見えるようになりました」

 

その後、2年間自然妊娠を待ったがかなわず、不妊治療を開始した。

 

タイミング法で結果出ず、自己嫌悪に

日本産科婦人科学会は、子どもを望む夫婦が夫婦生活を1年続けても妊娠しないことを「不妊」と定義する。年齢や病気などで妊娠しにくい場合は、すぐに治療を開始することも。かなさんは年齢的な余裕はあったものの、2年が経過したので不妊治療に踏み切った。ゴールの見えない2人旅の始まりだった。

 

初めは近くの産婦人科クリニックの門を叩いた。卵子が20代から劣化するというグラフを見せられ、ショックを受けた。「まずは基礎体温を付け、タイミング法でやってみましょう」という医師の助言に従った。

 

毎月何本も妊娠検査薬を使い、ちょっとした変化があるたび、インターネットで情報をかき集めた。しかし半年経っても毎月生理はやって来る。妊婦で混み合うクリニックの待合室。人の幸せが喜べない……。穏やかなオルゴールBGMを聴きながら、かなさんはこぶしを握った。

 

「私はなんてひどい人間なんだろうって自己嫌悪に陥りました。その状況が耐え難くて、専門のクリニックに移ることにしたんです」


専門クリニックで治療開始 夫が原因で「妊娠の可能性1%」

不妊治療

 

不妊の原因はさまざまだ。病気や体質、精神的ストレスのほか、原因が見つからない場合もある。男性、女性、または両方が問題を抱えていることもある。原因の半数は男性側にある。(※1)

 

紹介された不妊治療専門のクリニックでは、夫婦2人の血液や卵巣、精巣など、生殖に関する器官の検査から始まった。 検査結果を聞きに行くと医師は告げた。

 

「旦那さんのこのデータから見ると、妊娠の可能性は1%です」

 

夫の精子は数が少なく、動きも活発ではなかった。かなさんにもホルモンの出方などに問題があった。「つまり、毎月ベストタイミングで子作りをしても8年後にできるかできないかといったところですね」と医師は続けた。0%じゃないんだね、と励まし合った。すぐに治療に取り組もうと、二人で決意した。

 

「実現するかどうかわからない自然妊娠を待つのではなく、2人ともサラリーマンである今、経済的に余裕のあるうちに積極的に治療に取り組んでみようって決めました」

 

データから成功を願うもかなわなかった人工授精

不妊治療は、タイミング法、人工授精、体外受精・顕微受精の順にステップアップする。かかる費用も段階を追うごとに高額になる。夫婦が次に選んだ治療は、人工授精だった。

 

「データ的には人工授精でも厳しいとは言われていたんですが、授かったらそれはそれでラッキーだね、ということになりました」

 

だが3回試したものの、成功はしなかった。

 

どうして自分だけーーー。

 

再びこの言葉が襲いかかってきた。治療前にクリニックで見せてもらったデータが頭をかすめる。20代の人工授精の妊娠率を示したあのグラフ。「あぁ、私はまたグラフの“成功”の割合から外れるんだなぁって。ひどく落ち込みました」 

 

高額な顕微受精へ 精神的に追い詰められ

医師に促され、すぐに顕微授精に切り替えた。顕微受精とは、顕微鏡下で卵子に直接精子を注入し、体外受精する方法のこと。かなさんは人工授精の時からホルモン注射は打っていたが、顕微授精となると何個も卵子を育てる必要があるため、注射の量も期間も種類も増えた。

この頃、かなさんは“妊娠=成功”という考えで凝り固まっていた。

 

「当時は本も読めなくなっていましたし、休みの日も妊娠のことばかり考えていました。うつの一歩手前だったかもしれません」と振り返る。どんどんのめり込む妻を、夫は何度もたしなめた。

 

「もうやめようよ」
「そんなに急がなくてもいい」
「二人でも楽しいことはたくさんある」
「仕事の環境を変えてみたら?」
「養子っていう方法もあるよね」
「子どもが欲しいからじゃなくて、俺と一緒になりたいから結婚したんだよね?」

 

しかしどの言葉も耳をすり抜けていった。

 

初めての顕微受精。結果、いくつか状態の良い受精卵ができ、より良い受精卵を選んで体内に戻した。かなさんの場合、顕微受精に向けた事前の検査やホルモン治療、薬代もひっくるめると、1回の顕微受精で約100万円かかった。あとは順調な経過を待つだけだった。


私のせいで……電車で涙が止まらなかった初期流産

不妊治療

 

その日から次の受診日まで、意味がないとわかっていても過剰に安静を心掛けた。「通勤の電車が揺れすぎじゃないか」と無駄に精神をすり減らした。

 

受診日、妊娠が確認できたものの「少し成長が遅いかな?まだ安心はできません」と、翌週の受診まで判断は待つことに。結果は、心拍確認できず初期流産だった。

帰りの電車で一人、涙が止まらなくなった。

 

「自分がとてもかわいそうに思えてきて。子宮外妊娠したときのことも思い出して、なんで自分ばっかりって……。冷静に考えると流産なんて普通にあることなんですが、最新の医療でも私はだめなの?って落ち込みました。ただただ本能的に、子どもが育てられないのかという悲しみでした」

 

日本産科婦人科学会によると、年齢により流産率は大きく異なる。医療機関で確認された妊娠のうち、流産が起こる確率は20代で15%前後だが、40歳以上で50%以上と、決して少なくない。原因のほとんどが染色体異常だ。

 

かなさんの場合、流産が偶然だったのか母体に原因があったのかを調べるため、手術で組織を取り出し検査した。結果、受精卵の染色体には問題はないと判明した。妊娠を継続しにくい「不育症」の可能性をいくつか指摘された。

 

「悪気はないとわかってはいましたが、そのときに先生が『男の子だったんだね』とおっしゃって。私の体がポンコツなせいで、この男の子は育つことができなかったんだ!と考えてしまって、さらにつらくなりました」

 

注射と食事制限で体質を改善 心拍確認、出産へ

不育症への対策が始まったが、負担は想像以上だった。糖尿病予備軍とされ、注射を12時間おきに毎日打つこと、1日1食は炭水化物ゼロ、さらにほかの2食については、食後に血糖値を下げる薬を飲むことが課せられた。

 

食事制限で目に見えてやせたため、会社の人たちにも不妊治療のことを伝え、毎日の注射は更衣室で打たせてもらった。体質が改善してきたところで、2個目の受精卵を体に戻した。 

 

2回目の移植では、心拍が確認できた。しかし安堵と不安がマーブル状に入り組んだ。

 

「心拍が確認できても、また流産の悲しみが待っているのではという気持ちがずっとありました。生まれるまで心からの安心はできませんでした」。妊娠8カ月まで、血糖値の薬は飲み続けた。

 

妊娠の経過は良好だった。不妊治療からおよそ3年経った28歳の春、元気な男の子を出産した。

 

やっと会えた……。

 

立ち会った夫の目は、うるんでいた。治療を通して夫とぎくしゃくしたこともあったが、負の感情もぶつけ合い、より深く互いを知ることができた。2人は、ただただ純粋な喜びに包まれた。

 

タイミング法、人工授精、顕微受精に費やした治療費は200万円を超えた。

 

「今は『あの子は高級な子やからな〜』って夫婦で冗談を言うこともあります。まさかこんな幸せな日が来るなんて。医療に感謝です。医療の進歩があったから、この子に会えたんだと思います」

 

ベビーカレンダーの独自調査

▲不妊治療をしたことがある人のなかで、赤ちゃんを授かるまでにかかった金額は「50万円以下」が半数以上。一方、200万円以上かかった人は全体の約18%と多額の不妊治療費を負担している実態が見える。


2人目の夢を吹っ切れた直後の奇跡

不妊治療

 

母になって2年が経ち、かなさんはいろいろ吹っ切れるようになっていった。2人目は欲しかったが、夫は1人で十分だと言った。夫と息子の家族3人で生きて行こうと決めた。

 

年間5万円かけ凍結保存してきた受精卵。愛おしかったが、サヨナラする決断をした。仕事を辞め、友だちと飲みに行くようにもなった。

すると半年後、体調に異変が。2人目の命が自然妊娠で宿ったのだ。

 

「これまで何十本使ったかわからない検査薬で、初めて陽性が出たんです。お世話になった先生たちは『奇跡だ!』っておっしゃいました」

 

受精卵(胚)の凍結保存

▲第一子出産後も受精卵(胚)の凍結保存を更新した時の領収書「凍結保存した受精卵にも愛着がありました」

 

浅田レディースクリニックの浅田義正院長はこう言う。

 

「体外受精後の自然妊娠は数百人に1人というデータがあり、安藤さんは特殊な事例です。不妊治療にはいろいろな方法があります。不妊の原因も、施設も、医師も、成績もいろいろ。不妊治療にスタンダードも、ガイドラインもまったくありません。

 

中にはつらい思いを続けて、努力しても妊娠できずに自分を責める人もいますが、本来、医療である不妊治療は痛い、つらいものであってはいけないと思っています。しかし、妊娠は努力すれば必ず100%妊娠できるというものでもありません。

 

結果が悪くても決して自分を責めないでくださいね。そして少しでも痛みや苦しみを感じず治療できる環境を選んでください」

 

 

 

安藤さんは昨年、無事女の子を出産した。きょうだい並んで眠る姿、妹の手に愛おしそうに触れる息子を見て思う。あのまま2人目や仕事を吹っ切れずにストレスを抱えて生きていたら……。きっと目の前にある光景は見られなかっただろう、と。

 

もしも当時の自分に会えるとしたら、掛けてあげたい言葉がある。「あんまり自分を精神的に追い込んじゃだめだよ。パートナーのことも大切にしてあげて。治療の痛みに耐えた先には、幸せな未来が待ってるんだから」

 

 

(※1)厚生労働省 不妊治療と仕事の両立サポートハンドブック

※不妊治療費は病院や患者の状態によって異なります


【調査概要】出産のタイミング・不妊治療に関するアンケート
調査対象:株式会社ベビーカレンダーが企画・運営している「ファーストプレゼント」「おぎゃー写真館」「ベビーカレンダー全員プレゼント」のサービスを利用された方
調査期間:2021年1月28日(木)〜2月3日(水)
調査件数:2,868名

 

取材・文/大楽真衣子

 

監修者

医師 浅田義正先生

浅田レディース品川クリニック 院長


名古屋大学医学部卒業。名古屋大学医学部附属病院産婦人科医員として「不妊外来」および、「健康外来(更年期障害・ホルモン補充療法)」の専門外来を担当後、米国初の体外受精施設に留学。主に顕微授精(卵細胞質内精子注入法:ICSI)の基礎的研究に従事。95年に名古屋大学医学部附属病院分院にてICSIによる治療開始。顕微授精症例の全症例を担当し、同年5月、精巣精子を用いたICSIによる日本初の妊娠例を報告。98年ナカジマクリニック不妊センター開設。2004年浅田レディースクリニック(現・浅田レディース勝川クリニック)開院。10年に浅田レディース名古屋駅前クリニック、18年には浅田レディース品川クリニックを開院。多くの不妊に悩む女性と日々向き合っている。『不妊治療を考えたら読む本 科学でわかる「妊娠への近道」』(ブルーバックス、講談社)など著書も多数。


著者

ライター 大楽眞衣子


社会派子育てライター。全国紙記者を経てフリーランスに。専業主婦歴7年、PTA経験豊富。子育てや食育、女性の生き方に関する記事を雑誌やWEBで執筆中。大学で児童学を学ぶ。静岡県在住、昆虫好き、3兄弟の母。

 



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  • 私は22歳で結婚し、25歳から不妊治療を始めました。
    人口受精を半年しても妊娠せず、辛くなって休むことに。でも半年後やはり諦められず高度治療の専門クリニックへ通うことにしました。
    初診でした子宮がん検診にひっかかり、悪性ではなかったものの手術することになり不妊治療に戻るのに数ヶ月かかりました。
    体外受精を始めてわりとすぐに陽性反応が出たものの初期流産、またすぐ初期流産。不育症の検査もし、適宜治療をすることに。
    そのまま10年、結局計4回の初期流産をしましたが、授かることはできませんでした。
    その間に妹はデキ婚のうえ、二人目を病気で亡くし、三人目を出産。そして祖母が亡くなったりと生死を身近で繰り返し、疲れてしまいました。
    年間治療費は100万円をゆうに越え、合計金額は考えたくもないです。授かれば、かけた金額も報われますが、全てムダだったのかと死にたくなりました。
    その後も紆余曲折ありましたが、結婚20年を目前に特別養子縁組のお話をいただきました。産みの母となる妊婦さんとも面会させてもらえたので質問や意向の確認もし、名付けもすることに。出産の連絡をもらい、産まれたばかりの我が子を抱いたときは涙が止まりませんでした。
    申請できる時を待ってすぐに家庭裁判所に特別養子縁組申請をし、今は晴れて実親子です。2才になった我が子にはイライラもしますが、可愛くて仕方ありません。
    とにかく絶望せずに歩いてきて良かったと思います。

    2021/03/05 17:52

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