特集 不妊治療

「え。今日何もしてへんの?」どうして自分だけ…不妊治療、一番苦しめたのは心の闇だった

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「え。今日何もしてへんの?」どうして自分だけ…不妊治療、一番苦しめたのは心の闇だった

 

5.5組に1組――。不妊に悩む夫婦の割合です。晩婚化が進み、現実にはさらに高い割合とも言われています。いまや、赤ちゃんが授からない悩みは、特別なことではなくなっています。

 

世界保健機関(WHO)によると、不妊に悩むカップルの半数は男性側に原因があるといいます(※1)。とはいえ、心も体も女性の負担が大きい不妊治療。でも、医療技術は日々進歩しています。ベビーカレンダーの独自調査とともに、不妊治療を乗り越えた女性の物語をお届けします。

 

ベビーカレンダーの独自調査

▲ベビーカレンダー独自の調査によると、子どもをもつ2,868名の女性のうち、不妊治療をしたことがある割合は約35%(990名)。3名に1名は不妊治療を経験していた。

 

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夫の一言に落胆、互いにたまるストレス

「え。今日何もしてへんの?」

 

帰宅した夫が、開口一番言い放った言葉に、安藤かなさん(33・仮名)は落胆した。この日は仕事を休んで不妊治療の処置を受けた。治療内容は顕微受精のための採卵。何週間かホルモン注射を打って育ててきた卵子を、卵巣に針を刺して採取する。麻酔もしたので、帰宅後は何も手に付かず横になっていた。

 

「きつい一言でした。私が今日どんだけ大変な思いをしたか、わかってるはずだよねって。でも今思えば、夫もストレスがたまっていたんだと思います」

 

かなさんは現在、0歳と4歳の育児に奮闘する。1人目は不妊治療の末に授かり、2人目は自然妊娠で授かった。命が宿るということは、医療の手が介入しようとしまいと、奇跡の連続だと実感する日々だ。

 

どうして自分だけ……まぶしく映った「産休育休」

23歳で結婚。子どもはすぐにでも授かりたいと思っていた。ところが結婚の翌年の夏、突然の出血で子宮外妊娠(受精卵が子宮内膜以外の場所で着床すること)が発覚。緊急の腹腔鏡手術(お腹に数か所の小さな穴をあけ、カメラや手術器具を使って手術を行う方法)を受けた。

 

奇跡的に卵管摘出には至らなかったが、小さな傷口が4〜5カ所お腹に残った。約1カ月間入院した大学病院の産婦人科病棟は、お腹の大きい妊婦ばかり。元気な赤ちゃんの声も聞こえてきた。早く妊娠しなければという焦りが込み上げると同時に、「どうして自分だけ」と卑屈な感情が湧いた。

 

「あの時のみじめな思いがきっかけで、どうしても自分の子どもが欲しいってこだわり始めました。職場の先輩たちが『産休』『育休』をとる姿が、まぶしく見えるようになりました」

 

その後、2年間自然妊娠を待ったがかなわず、不妊治療を開始した。

 

タイミング法で結果出ず、自己嫌悪に

日本産科婦人科学会は、子どもを望む夫婦が夫婦生活を1年続けても妊娠しないことを「不妊」と定義する。年齢や病気などで妊娠しにくい場合は、すぐに治療を開始することも。かなさんは年齢的な余裕はあったものの、2年が経過したので不妊治療に踏み切った。ゴールの見えない2人旅の始まりだった。

 

初めは近くの産婦人科クリニックの門を叩いた。卵子が20代から劣化するというグラフを見せられ、ショックを受けた。「まずは基礎体温を付け、タイミング法でやってみましょう」という医師の助言に従った。

 

毎月何本も妊娠検査薬を使い、ちょっとした変化があるたび、インターネットで情報をかき集めた。しかし半年経っても毎月生理はやって来る。妊婦で混み合うクリニックの待合室。人の幸せが喜べない……。穏やかなオルゴールBGMを聴きながら、かなさんはこぶしを握った。

 

「私はなんてひどい人間なんだろうって自己嫌悪に陥りました。その状況が耐え難くて、専門のクリニックに移ることにしたんです」

ベビーカレンダー記事制作の取り組み

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  • 私は22歳で結婚し、25歳から不妊治療を始めました。 人口受精を半年しても妊娠せず、辛くなって休むことに。でも半年後やはり諦められず高度治療の専門クリニックへ通うことにしました。 初診でした子宮がん検… もっと見る
    私は22歳で結婚し、25歳から不妊治療を始めました。
    人口受精を半年しても妊娠せず、辛くなって休むことに。でも半年後やはり諦められず高度治療の専門クリニックへ通うことにしました。
    初診でした子宮がん検診にひっかかり、悪性ではなかったものの手術することになり不妊治療に戻るのに数ヶ月かかりました。
    体外受精を始めてわりとすぐに陽性反応が出たものの初期流産、またすぐ初期流産。不育症の検査もし、適宜治療をすることに。
    そのまま10年、結局計4回の初期流産をしましたが、授かることはできませんでした。
    その間に妹はデキ婚のうえ、二人目を病気で亡くし、三人目を出産。そして祖母が亡くなったりと生死を身近で繰り返し、疲れてしまいました。
    年間治療費は100万円をゆうに越え、合計金額は考えたくもないです。授かれば、かけた金額も報われますが、全てムダだったのかと死にたくなりました。
    その後も紆余曲折ありましたが、結婚20年を目前に特別養子縁組のお話をいただきました。産みの母となる妊婦さんとも面会させてもらえたので質問や意向の確認もし、名付けもすることに。出産の連絡をもらい、産まれたばかりの我が子を抱いたときは涙が止まりませんでした。
    申請できる時を待ってすぐに家庭裁判所に特別養子縁組申請をし、今は晴れて実親子です。2才になった我が子にはイライラもしますが、可愛くて仕方ありません。
    とにかく絶望せずに歩いてきて良かったと思います。
    +16 -1

 
 

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