“ママの料理”が大好きな夫
一生懸命作ったお弁当はもちろん、朝食や夕食まで「食欲がない」と言って残される日々。
実は私、調理師免許を持っており、独身時代は飲食店で働いていた経験もあります。味にはそれなりに自信があっただけに、「私の腕が落ちたのか、それとも夫の体調が悪いのか」と、ひとりで思い悩んでいました。
そんなある日、義実家に招かれ、義母の手料理を振る舞われることになったのです。
義実家の食卓にずらりと並んだ義母お手製の中華料理。 それを見た夫は、目を輝かせてこう言いました。
「うわぁ~うまそう! 俺、ママの作る中華が大好きなんだよねぇ♪」
家族の呼び方は自由ですが、これまで私の前では義母のことを「おふくろ」と呼んでいたはずの夫が、この日は急に「ママ」と呼んだことに、まず衝撃を受けた私。
気を取り直して、義母が作った麻婆豆腐を一口食べてみました。その瞬間、私は思わず叫び声を上げそうになりました。
(……しょっぱい!!)
それは塩辛いどころではなく、舌が痺れるほどの塩分濃度でした。ふと義父を見ると、つらそうな顔をしてほとんど箸をつけていません。
しかし、隣にいる夫は違いました。
「やっぱりうまい! これだよこれ! これこそがお袋の味だよなー!」 と大絶賛しながら、その塩辛い料理をかき込んでいるのです。
さらに夫は、私に向かって信じられない言葉を投げかけました。
「お前もこれくらいうまい料理が作れたらいいのになぁ」
夫と義母による理不尽な「メシマズ」扱い
すると義母が、勝ち誇ったような顔で口を開きました。
「あの子から聞いたわよ? あなた、料理が得意じゃないんですってねぇ」
その言葉に夫が乗っかります。
「そうなんだよ。時間がかかってるだけで、味は全然うまくないんだ。だからといって掃除や洗濯が得意ってわけでもないしな。とにかく、こいつは“メシマズ認定”って感じだよ」
調理師の資格を持つ私を、味覚が鈍感な二人が「メシマズ」と決めつけるという、おかしな状況。 家に帰ってからも夫の暴言は止まりませんでした。
「料理なんて訓練でどうにかなるだろ! 料理教室に通えよ! それで上達しなかったら、ママに弟子入りしてこい!」
そこまで言われて、私も黙ってはいられませんでした。私は夫の言葉通り、料理教室に通うことにしたのです。自分の料理の腕前を確認したい気持ちもあったのですが、教室の先生からは「料理の基本を教える必要はないくらい、プロ並みの腕前ですよ」と太鼓判を押されました。
義母が仕掛けた「公開処刑」の場
そんなある日、義母から連絡がありました。
「今度、近所の奥様方や私の友人を招いて、あなたたちの結婚お披露目パーティーを開いてあげるから! あなたも手料理を持ってきなさいね」
どうやら義母は、自分の手料理を振る舞いつつ、「出来の悪い嫁」を周囲に紹介して優越感に浸りたいようでした。これは逆にチャンスだと思った私。
「ありがとうございます。私の得意料理を何品かお持ちしますね!」
すると義母は鼻で笑い、余裕たっぷりに答えました。
「まぁ、私の料理と食べ比べられることになると思うけど……主婦としての経験年数が違うんだから、しょうがないわよね!」
こうして、私の料理と義母の料理が並ぶホームパーティーが開かれることになったのです。
運命のパーティー当日
当日、義実家には義母の友人やご近所さんたちが集まっていました。皆さん、義母の上品な振る舞いに騙されており、義母の手料理を食べたことがある方はいないようで、食事を心待ちにしている様子。
義父はこれから起こる惨状を予想しているのか、どこか気まずそうで、申し訳なさそうな顔をして部屋の隅にいました。
テーブルには、義母が自信満々で作った真っ赤な中華料理と、私が持参した出汁を効かせた煮物や和え物が並んでいます。
義母は高らかに宣言しました。
「さあ皆さん、私の特製中華を召し上がって! ついでに嫁が作った地味な料理も、よかったら手をつけてやってちょうだい」
ゲストたちの反応、そして勝敗は
まず、ゲストの方々が義母の料理を口にしました。 その瞬間、会場の空気が凍りつきました。
「……っ!?」
「な、なにこれ……塩の塊じゃない!」
「こんなの食べたら病気になるわよ!」
皆さんは慌てて水を飲み干し、口々に苦情を言い始めました。義母の料理は、一般の人には到底受け入れられない味だったのです。
お口直しにと、ゲストたちが私の料理に手を伸ばしました。すると、表情が一変。
「あら! こっちはすごくおいしい!」
「料亭の味みたいだわ。あなた、お料理上手なのねぇ!」
今まで黙っていた義父も、私の肉じゃがを食べて声を上げました。
「う、う、うまい……! 俺はこの数十年、こんなに身体に染み渡るおいしい肉じゃがを食べたことがないよ……」
義父は涙ぐみながら、私の料理を平らげてくれました。
夫と義母、二人だけの世界へ
周囲の反応を見た義母は、顔を真っ赤にして叫びました。
「私の味をわかってくれるのは、もはやこの世に息子だけね!」
すると夫も、孤立無援の義母をかばうように叫び返します。
「そうだよ! 俺にとってはママの味が世界一なんだ! お前らは味音痴だ!」
私が恐る恐る義母にレシピを聞いてみると、市販のタレを規定量の数倍使い、さらに独自の調味料を大量に追加していることが判明。それは料理というより、調味料の混合物でした。
夫は私を睨みつけ、こう言い放ちました。
「俺は一生ママの料理を食べて生きていく。お前みたいな味音痴とはもうやっていけない。離婚だ、離婚!」
これ以上、味覚も価値観も合わない人と暮らすのは不可能です。私はその場で「わかりました」と離婚を受け入れました。
義父も限界を迎え、2つの家庭が崩壊…
その直後でした。義父が静かに、しかし力強く口を開きました。
「……俺も、もう耐えられないよ。離婚してくれ」
義母と夫が驚愕する中、義父は続けました。
「こんなにしょっぱい料理を毎日出されたんじゃ、体がもたない。何度伝えても俺の意見は聞き入れてくれないし……。自分の寿命を削ってまで一緒にいる必要はないと、今日の妻の態度を見て強く感じたんだ」
義父も長年、義母の料理に苦しんでいましたが、健康に不安を感じ、食べる量を控えめにしたり、なるべく自分で作ったり、外で食べてくるようにしたりして、工夫しながら過ごしていたのだとか。
さらに、義母が周りの意見を聞き入れず、嫁いびりのような言動を繰り返す様子も見るに耐えないと感じたとのことです。
結局、私たちは離婚。義両親も熟年離婚することになりました。
離婚後も元義父とはたまに連絡を取り合っており、あとから聞いた話によると、元夫と元義母は二人で暮らしをしているそうです。しかし、塩分過多な食生活を毎日続けたせいか、二人とも深刻な体調不良に苦しんでいるとのことでした。
一方、私は職場に復帰し、さらに食の知識を深めるために料理教室に通い続けています。 驚いたことに、その教室で元義父と再会! 元義父は「あのときの味が忘れられなくてね。おいしくて健康に良い料理を作って、長生きしようと思ったんだ」と笑顔で語ってくれました。
人の体は食べたもので作られています。 一時の感情や偏った好みに流されず、心も体も満たされる食事を大切にしていきたいと、心からそう思います。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
元夫も義母も、きっと味蕾が死んでるのね。