けれど義母は、お葬式のときでさえ「難しいことは分からないから、嫁ちゃんヨロシク~」と丸投げするような人。同居なんて不安しかありません。そんな私に義母は、にこやかにこう言ったのです。
同居の提案、不安でいっぱい
「金銭面で迷惑はかけないわ。生活費は折半でどうかしら? それに、同居してくれるなら家事は私がぜ〜んぶやってあげるから♪」
仕事をしているので家事を全部やってくれるというのは、とても助かります。でもあまりにも私たちに好条件すぎて逆に不安を覚えました。結局、「生活費は折半」「家事は基本的に義母、週末は私たち夫婦でやること」を約束し、同居することになりました。
しかし、実際の義実家はというと、家じゅう散らかり放題で掃除も片づけも苦手そう。義母の手料理を一度も食べたことがなく、義実家では出来合いの食べ物ばかりでした。どう考えても家事が得意だとは思えません。
それでも夫は「母さんとまた一緒に暮らせるなんて最高だ!」と浮かれ顔。私は胸騒ぎを覚えつつ、新生活を始めました。
初めから騙すつもりだったと知って
私の嫌な予感は的中しました。
「疲れたからお茶いれて」「洗濯物の取り込みお願いね」と義母。仕事で遅く帰った日も「もう、遅すぎよ! 今日は中華が食べたいの、早く作って?」と言うのです。
「平日の家事はお義母さんがしてくださる約束でしたよね?」と確認すると、義母は平然と「そんな約束、白紙に決まってるじゃないの」と言い放ちます。さらに夫まで「そう言わないと同居してくれなかっただろ」と笑いながら加勢。
極めつけは、「今日から毎日あなたが掃除と洗濯、お料理もやってね。それから、生活費は毎月10万円よろしく」と告げられたこと。
最初から約束を破るつもりで、騙されたことにショックを受けた私は、笑顔で「おまかせください」と返事をしつつ、自室に戻ってすぐに母へ電話をかけました。
実母の一喝!
私から事情を聞いた母は激怒! すぐに家へ飛んできて、ふたりに厳しい口調で言いました。
「仕事で忙しい娘の代わりにお母さまが家事をするって言うから、私も同居を渋々許したのに……最初から娘を騙すつもりだったなんて! 約束したからには、それを守るのが筋でしょ!?」
夫と義母は顔面蒼白になり、深く頭を下げました。
「私、見ての通り家事が全部苦手なの。だから家のことを嫁ちゃんにやってほしくて……もらった生活費は食費と光熱費に充てるつもりだったのよ! でも、騙すようなことをしてごめんなさいね」と義母。
夫は「俺は母さんと一緒に住みたかったんだ。俺は料理も洗濯も掃除も、なにもできないから、君がやってくれたらいいと思っていた」と理由を語りました。
結局、同居は一旦解消。私は実家に戻り、夫と義母の二人暮らしが始まりました。
変わった家族のかたち
数カ月後、「一通り家事ができるようになった。もう一度、やり直したい」と迎えに来た夫は別人のようでした。家に行くと、部屋はピカピカで整理整頓されていて、夫はてきぱきと家事をこなします。義母も「きれいな家って落ち着くわ。やってみると意外と楽しいものね」と笑顔を見せました。
夫と義母からしっかり謝罪してもらい、「家事は家族みんなで分担し、支えあうこと」「生活費もそれぞれ分担し、負担が偏らないようにすること」「次に裏切りがあったら即離婚」などを条件に、再び同居する決意をしました。
同居再開後の生活は、家事力が上がった義母が平日に、週末や仕事が早上がりできた日は私たちが家事をするようになり、生活は格段に快適になりました。休日は、料理にハマった夫が手料理を振る舞ってくれることも。
その後、私の妊娠が判明。出産後、夫は積極的に家事や育児を担い、義母も孫のお世話をしてくれて助かっています。
不安しかなかった同居生活。何度も「離婚」の文字が頭をよぎりましたが、結果的に家族それぞれが成長するきっかけとなり、新しい絆を生む出来事となりました。同居は決して楽な道ではありませんでしたが、母がビシッとお灸をすえてくれたおかげで夫も義母も変わり、私自身も強くなれました。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。