私にとって、義母は第二の母のような存在。料理を教えてくれたのも、転職で悩んでいたときに背中を押してくれたのも義母でした。
毎日、仕事が終わると病院へ駆けつけるのが今の私の日課です。病室のドアをそっと開けると、いつも義母がほほ笑んで迎えてくれます。本当の娘のようにかわいがってくれる義母の顔を見ると、心からホッとしました。
しかし、実の息子である夫は、見舞いどころか電話の一本すらかけようとしません。休日も必ずどこかへ出かけてしまいます。私は夫の言葉通り「仕事が忙しい」と義母には伝えていますが、それが嘘であると、義母はきっとお見通しだったでしょう。
義母が危篤でも見舞いに来ない夫
ある日、病室で義母に付き添っていると、ドアがノックされました。私は「もしかして夫が来てくれたのかも」と期待しましたが、入ってきたのは弁護士をしている私の兄でした。
兄が亡くなった義父が経営していた会社の顧問弁護士をしていた縁で、私と夫は出会いました。親戚となってからも義母は何かと兄を頼り、兄もまた、そんな義母を慕っていたのです。
縁戚の兄でさえ見舞いに訪れるのに、長男である夫の態度はあまりにも薄情です。地方に嫁いだ義妹たちの分まで、義母のお世話をするのが長男の務めではないかと思うのですが、本人にその気はないようでした。
別の日、仕事中だった私のスマホに着信が。ディスプレイに表示された『病院』の文字に、私は胸騒ぎを覚えました。恐る恐る電話に出ると、義母が危篤に陥ったと知らされたのです。
私は頭の中が真っ白になりながらも、ひとまず夫に電話をかけました。何度も電話をかけ、メッセージも送り、やっと電話に出た夫。急いで病院に来るよう伝えると、耳を疑う言葉が返ってきました。
「今ちょっと無理。仕事が終わらないから、今日は会社に泊まる」
母親の危篤より優先される仕事などあるのでしょうか。何度説得しても、夫は「仕事が終わり次第行く」と言うばかり……。
しかし、夫が病院に来ることはありませんでした。数日後、義母は息を引き取り、幸いにも私は最期を看取ることができましたが、悲しみと悔しさで涙があふれて止まりませんでした。
葬儀をドタキャンするほどの急用とは
義母が亡くなって2日、夫とは連絡が取れないまま。私は兄の助けを借りて葬儀の準備を進めました。ようやく電話に出た夫は、開口一番「忙しいと言っただろ!」と怒鳴ります。義母が亡くなったと告げても「あぁ、そう」と返すだけ。「葬儀には行くから」と面倒そうに言われ、一方的に電話を切られました。
ところが義母の葬儀当日、時間が迫っても夫は現れません。電話をかけると、「急用が入った。後で行くから」と言い出したのです。喪主を務めるはずの、長男である夫が不在でどうするのかと私が尋ねると、「お前がやるか、妹たちにでも頼んでくれ」と押し付けてきました。
実の母親の葬儀より大事な用事があるとは、正気とは思えません。義妹たちも親戚も、夫のありえない行動に憤慨していました。
その後、義妹や兄、親族の助けもあり、葬儀は何とか無事に終了。喪主が不在だったせいでバタバタして疲れ切っていた私に兄は「お義母さんも、きっと喜んでいるよ」と声をかけて、「お義母さんの判断は間違っていなかった……」と、意味深な言葉をつぶやきました。
数日後、遺産相続の話し合いのため親族が義実家に集まりました。遅刻して、悪びれる様子もなく現れた夫。そんな夫からふわりと香る、女性用の香水の香り。誰もが夫に冷ややかな視線を送る中、本人はまったく気づかず、ふんぞり返って言い放ちました。
「遺産は長男である俺がすべてもらうのが筋だよな?」
その場にいた全員が絶句する中、義妹たちが「何言ってるの? 法定相続分は子どもたちで均等よ」と反論します。夫は「俺が一番、母さんの面倒を見てきたんだ」と威張りますが、最期まで義母に寄り添ったのが嫁である私だと、皆が知っていました。
義妹たちに責められ、夫が何も言い返せずにいると、兄が静かに口を開き……。
故人の思いをつなぐ
「お義母さんは、公正証書遺言を遺されています」
兄の言葉に、夫は仰天。そして「俺は何も聞いてないぞ!」と声を荒げましたが、それに構わず兄は遺言書の内容を読み上げました。
義母の遺言書には、義妹たちにはそれぞれ預貯金を半分ずつ、そしてこの義実家は、最後まで身の回りの世話をしてくれた私に遺贈し、その他の残余財産は福祉施設へ寄付すると記されていました。
なぜ自分の名前がないのかと夫が激高すると、兄はもう一つ、書類を取り出しました。それは夫が過去に作った借金の返済記録でした。車のローンや投資に失敗して作った多額の借金を、これまで義母が肩代わりしてくれていたのです。
兄は、義母が行なった夫の借金肩代わりが生前贈与(特別受益)に当たると認められる資料を示し、「この受益はあなたの遺留分に充当されるため、遺留分侵害額請求をしても原則認められません」と説明しました。
亡き義母からのまさかの仕打ちに夫は意気消沈。不倫相手に「多額の遺産が入る」とでも言っていたのか、慌て始めました。生前から夫の行動を怪しんでいた義母は、弁護士である兄を通して興信所に調査を依頼していたのです。会社の同僚との不倫の事実は、動かぬ証拠として残っていました。
その場で夫に離婚を突きつけ、慰謝料を夫と不倫相手の双方に請求すると告げた私。すでに兄とは別の弁護士に依頼していたため、その後は弁護士を通して話し合いを進め離婚しました。夫と不倫相手は、勤務時間中に不倫旅行などを繰り返していたことが発覚し、会社から厳しい処分を受けたそうです。
一方、私は夫に振り回されることがなくなり、今はひとりで穏やかに生活しています。これからは自分の時間を大切にしていきたいと思います。
◇ ◇ ◇
血のつながった親子でも、なかなか思いは伝わらないものですね。大変なときに誰がそばにいてくれたか、義母が遺したかったのは財産以上にその感謝の想いだったのでしょう。誠実な行いは、必ず誰かが見てくれているものですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。