里帰りから戻ると小さな違和感が
今日から夫と赤ちゃん、3人で新しい生活。ワクワクしながら玄関を開け、ふとリビングの窓に目をやると「カーテンの色が違う……?」と小さな違和感を覚えました。普段家事をしない夫がカーテンを替えるなんて考えられません。その違和感が胸に引っかかったそのとき、ガチャと玄関の開く音が聞こえ「ただいま〜」と夫と義両親、義姉の声が聞こえたのです。
私は思わず「……ただいま!?」と返しつつ玄関に目をやると、義母が靴を脱ぎながらにこやかに「あら? 帰ってたの?」とひと言。続けて当然のように「あんたが里帰りなんてするから! 私たちが一緒に住んで家のこと、してあげてたの!」と言い切ります。その後ろで義父は「息子は仕事でクタクタだ。家のことはこっちで見る」と胸を張り、義姉も「洗濯は私が回しておきますね〜」と軽い調子。さらに夫は「おまえもラクできるだろ? 感謝しろよな!」と言い放ったのです。部屋の中をよく見ると、キッチンの壁には「義母の味メモ」。浴室の棚には義母の洗顔料、冷蔵庫の上段には義父のお酒、テーブルの端には義姉のコスメが……。
どれも“仮置き”ではなく“定位置”のたたずまいでした。私は赤ちゃんを抱き直し、カーテンにも視線を戻しました。これは“手伝い”ではなく“同居”。 その瞬間、違和感は確信に変わりました。
両親に電話。そして“同居宣言”
その夜は寝かしつけがなかなか進まず、テレビの音や笑い声、キッチンで鍋が触れ合う小さな音に赤ちゃんがピクッと反応して寝てくれず……。耐えきれず私は、母へ「帰ってきたら義家族が“住んでいる”状態で……」と電話をし事情を伝えました。すると受話器の向こうで母は「それはおかしいよ。赤ちゃんもあなたも落ち着けないよね」ときっぱり。そして「私に任せなさい」と言うのでした。
翌日、お昼過ぎに玄関のチャイムが鳴り開けると両親の姿が。母は私の肩にそっと手を置き義家族の前で「私たちも一緒に住んで赤ちゃんと娘を手伝います!」と宣言するのです。そして「住むなら公平にお願いします。娘の許可なく住んでいるんですよね? それなら私たちも許可はいらないですよね?」とひと言。すると「今日から“赤ちゃん時間”でいきましょう。声は小さく、テレビは音量ひかえめ。食事は作り置きで回します」と提案する父。その言葉を合図に母が「21時以降の家事は最小限・寝かしつけ優先・洗濯はベビー肌着を最優先」と書かれたメモをリビングに貼り付けました。義母の味メモと同じように……。
義父は深く座り直し、義母は目線を落として小さくうなずき、洗濯カゴをそっと置く義姉。「やっとわかってくれたのね」と告げ、両親は義家族に笑顔を向けるのでした。
夫の発言にブチギレた私は……!
すると仕事から帰った夫が抑え切れない様子で「勝手になにしてるんだよ!? なんで相談なく……」と激怒!私は「勝手はそちらが先です。私に相談なく“住ませた”のはあなたですから、私も私の味方に“住んでもらう”それだけのことよ」と静かに返しました。
何も言い返せない夫を見た義家族が「今日は帰ります」と小さく言い、荷物をまとめ出て行ったのです。私は夫に向き直って「赤ちゃんと3人で暮らせるのを楽しみにしていたのに……。私の気持ちも考えないで勝手なことをした仕返しよ」と告げました。 夫は目を伏せて「……ごめん、俺、ラクなほうに流れてた」と呟きました。私は両親が見守る中で「2度と勝手なまねはしないと約束して!」と伝え「義家族を呼ぶときは私に相談する・赤ちゃんの生活を優先する・家事を率先してする・サボるなと言わない」など条件をあげ、できなければ離婚を考えると告げました。夫も承諾し3人での生活をスタートさせました。
その後、夫は人が変わったかのように子煩悩パパに! もちろん約束も守り続け、赤ちゃんと3人で穏やかな生活を送っています。
◇ ◇ ◇
独断で物ごとを進めれば、表面上は片づいたように見えても、信頼という土台は削れてしまいます。 本当に安心できる家庭とは、必要なことを夫婦で話し合い、合意し、同じ言葉で共有して積み上げた場所。 小さな合意の積み重ねこそが、毎日の穏やかさに繋がるでしょう。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。